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4・残念主人公の登場(ようやく)

空気読まないスキル発動中。

「殿下、いるー!?」

 不意に大声が響いて彼等はさっと振り向いた。中でも、エイメッドは臨戦態勢になって王子の前に立ち塞がる。己を盾にして主君を守ろうとする彼の忠義は、しかしこの場ではあまり意味がなかった。

「……エイメッド、いい」

 彼を制するアダティスの声音は微妙に疲れている。

「しかし……」

 それをエイメッドも気づいているのだろう、気遣わしげに彼を見やるが、その隙にトパジェが身軽く立ち上がった。

「やぁ、ゴルディリア。どうかしたのかな?」

「トパジェ。こんにちは」

 にっこり笑い掛けながら他に人気のない食堂に入ってきたのは、ゴルディリア・エンハートだった。編入したばかりの彼等の同級生でありこの『世界』の『主人公』である少女。

「今日は補習じゃなかった?」

「うん。ようやく終わったの。殿下やみんながどこにいるのかと思って、探しちゃった」

 肩を竦めて笑う様子は可愛らしいが、その格好はちょっと特異だ。長い艶やかな金髪を無造作に下ろしているだけなのも他の少女には見ないし、着ている制服も他の生徒達とは微妙に違う。

 この学園は制服とは別に、一部魔道師や神官を志す者はそれに見合った服を着ることが許されている。それもそれなりの成績を取らなければ許可されないが。落第スレスレの成績であるゴルディリアには、当然その許可は出ていない。そのせいかどうか、どうやら制服を自分なりに改造しているらしい。

 本来の女子の制服は一言で言えばブレザータイプだ。かっちりした短めの上着に膝丈のスカート。靴下はふくらはぎが標準、ブラウスや靴のデザイン、髪型その他にも細かな制限がある。貴族の子弟であるお嬢様達が華美に走らないように、という配慮だ。実際、金も技術も虚栄心もある年頃の女の子達に全員同じ格好をしろというのが土台無理に違いない。創立以来いろいろ紆余曲折あって現状に落ち着いているのだ。中には、女子生徒の間で自然発生的に広まった不文律もあるらしいのでそれにまで対応しろと言うのが厳しいのは確かだが。

 ゴルディリアはスカート丈をずいぶん詰めている。目測で膝上十センチ。ブレザーのウエストも同様に、体に沿って仕立て直しているようでくびれが強調されている。靴下は逆に膝小僧が隠れるほど長く、いわゆるニーハイ。スカート裾との間が空くように調整されている、としか見えない。つまり『絶対領域』というやつだ。ブレザーの中に着ているのは白いブラウス、それも本来の型とは違って結構襟が開いてデコルテというか胸の谷間まで覗きそう。たとえスタイルに自信があったにしたってここまであからさまな煽るような格好をしている女子は他にいない。貴族子女はそうした振る舞いを下品と感じるだろうし、庶民の少女達もここで学ぶ者達は己の容姿を売り物にすることを躊躇うだろう。

 髪も、まだ社交界にデビュー前の「子ども」であれば下ろしたままはおかしくないが彼女の年でやっているのは奇異なものだ。他の少女達は結い上げているか束ねてまとめているか、その上でいろいろ工夫して飾っている。それもリボンやアクセサリーを使いこなし互いに努力と研鑽、そして牽制を含めて作り上げる結果は実に種々雑多だ。少なくとも彼女以外に、無造作に下ろしただけという髪型は見ない。確かに彼女の金髪は美しいが、他の女生徒達の努力の結晶と比べると些か見劣りする。

 特に魔道師は、髪に魔力を宿すため鋏を入れないことが多い。また、手入れすることが魔力を育てることでもあるからその手入れも怠らない。美しく艶やかな髪の魔道師など、意外といるのだ。しかし普段はその髪も結ったりまとめたりしている。手入れしているからこそ、遊ばせたままでは毛先などが傷んでしまう。或いはケープの中に仕舞い込んでいる者もいるし、常にフードをかぶった者もそちらに気を配っている結果だったりする。サーフェイも髪はそう長くないが、普段はうなじでくくってまとめている。実際、解いていると魔力を練るのも一苦労だし練り上げた魔力が髪から拡散することもある。これくらいは魔道師としての基本事項なのだ。彼女にももちろん、そのことは教えられているはずなのだが。

「殿下、エイメッド、パルミナ。まあ、ソルもいるのね」

 彼等を認めてにっこり微笑むゴルディリアに対し、男性陣はといえば。

「補習はどうだったのだ、ゴルディリア」

 食堂に備え付けてある薄いお茶を啜ってアダティスは鷹揚に応じる。エイメッドは無表情でその傍らに控え、彼女に目も向けない。パルミナもお茶の器を両手で支え、視線をすっかり空になった皿に固定して顔を上げようとしない。ソルは彼等をちらちら見比べ、自分からは口を開かない方がいいと判断したようだ。急須に新しい茶葉とお湯を入れ、次のお茶を淹れられるよう準備している。

 アダティスの口調にはさりげない警戒のようなものが伺える。それを聞くともなく聞きながらサーフェイはこっそりと後ずさった。正直、彼女に関わり合う気はしない。

 ゲームの中なら前向きで頑張り屋、与えられた課題を懸命にこなすゴルディリアは彼女の視界で世界を見ていたこともあって、決して印象は悪くなかった。しかしこの現実に出会った彼女はどうもそれとは違う。魔道の講義にやる気が見られないこともそうだが、何となくやることなすこと真剣味が感じられないというか世間を舐めているというか。

 確かに相当の美少女だし、男達がついつい甘い顔をしてしまうのも判らないではないが本人がそれをいいことに自分を高めることを怠けてはいかんだろうと思う。増して彼女の発現した魔力はとても高い。この年でこの魔力が急に発現するなど、本来まずあり得ないくらいだ。その能力を生かすためにも、努力を怠るべきではない。それが今の、教師としてサーフェイが考えること。

 もう一つ、かつて前世の記憶がある身として、彼女のその高すぎる魔力がうまく制御されないでいることは即ちバッドエンドフラグであることも承知している。だからこそ、それを回避するためにも彼女は努力しなくてはならないのだ。本人がそう判っていないのが一番まずい。しかしかと言って嫌われているエリート魔道師がそんなことを言っても嫌みか讒言にしかならないだろうし、下手な口出しもできない。

 実のところ現実逃避だが、こればかりはどうしようもない、と些か諦めていた。この状態ではゴルディリアと接触する方が精神衛生上とても良くない。

 しかし、この場の雰囲気から察するにどうも彼等攻略対象の方も無条件でゴルディリアを支持しているわけではなさそうだ。ソルは前からそうだったが、先日は彼女の能力の不足を指摘するサーフェイにアダティスもトパジェも激しく反発する様子だったのだが(エイメッドはそうでもなかった。もっとも彼はこの年にして鉄壁の無表情なので内心何を考えているのかは良く判らない)、今は明らかに風向きが異なっている。

 ちら、と向けた視線の先でパルミナは先ほどからずっと俯いたまますっかり空になった皿をいじっている。その表情が、俯いているばかりでもなく顔色悪く見えた。

「……大丈夫ですか、パルミナ殿?」

 そっと声を掛けると弾かれたように顔を上げる。サーフェイを認めて瞬きした黒い瞳が、ふっと眇められた。

「あ、えぇ……ちょっと、疲れているものですから」

「お部屋に戻られます? もう今日は講義もないでしょう」

「いや、今でるのは……ちょっと」

 言いながらそっと伺う彼の視線を追ってサーフェイも納得した。

 パルミナの視線の先ではゴルディリアがアダティスに熱心に語っている。

「それでね、殿下! 今度は私がご飯作るから食べに来てね」

「それは……興味はあるがな、行けるかどうか」

「そりゃまあ、色々うるさい連中もいますしね。あの年寄り共を納得させなきゃ無理でしょ」

「……そもそも殿下は毒味役をつけないで食事をするわけにはいきません」

 アダティスは苦笑混じりで、トパジェはそれに追従するように応じ、エイメッドは相変わらず硬い表情を崩さない。その彼等のやりとりにゴルディリアは頬を膨らませている。

「えー、ソルはいいのに私が駄目なのは何でー?」

「……俺を引き合いに出さないでほしいよ」

「ソルはここの食堂の料理人として登録されているからな。このところ精を出している新しい菓子もなかなか美味い」

 矛先を向けられたソルが嫌そうにこぼすのを拾い上げるアダティスだが、その言葉にソルはちらっと視線をサーフェイに投げる。最近の目新しい菓子の諸々は殆どが彼のアイディアだ。その思いつきに形を与えているのはソル自身だが、サーフェイがいなければ自分はただの料理人でしかないとソルはそう認識している。が、ここで彼を引っ張り出したりしない程度には状況を弁えてくれている。

「えー。……ソルは何を作ってるの? 市場には、もう行った?」

「毎週のように通ってるけど、それが?」

 そう言えば一緒に市場探索、というのはソルルートのイベントだったことをサーフェイは思い起こした。

 本来ゲーム内の設定ならソルは主人公より後にこの学園にやってくる。その彼に町を案内したり父親の料理長との険悪だった仲を取り持ったりして親睦を深めるのだ。

 しかしソルは父と仲が悪いわけではない。むしろ料理人の先輩として尊敬しているくらいだ。そもそもゲームのソルは料理ではなく剣の腕を頼みにしていてアダティス達とも折り合いは良くなかった。

「……無茶を言うものだ」

 ぽそりとパルミナは呟く。それはおそらくゴルディリアにも他の少年達にも聞こえなかっただろう。ただ彼の近くにいたサーフェイの耳にだけは届いて視線を向ければ、彼はゴルディリアを見つめながらごく小さな声でぼそぼそと続けた。

「殿下は尊い御身、そう気安く素人の手をかけたものなど口には出来まいに。その程度のことも、判らぬのだろうか」

「判らないのでしょうね、本気で」

 苦みを含んだ口調にサーフェイはさらりと応じる。はっと振り返る彼を見ずに皿をまとめながら言葉を継ぐ。

「聞いたところによれば彼女は先日ここに入学するまで、全く一介の庶民として生きてきたそうです。しかも王都からは遠く離れた田舎育ち、正直で率直であることが何よりの美徳だとそう思っているのではないですか? 料理にしても同じこと、人を雇わぬ市民ならば料理の上手い女はそれだけでもいい嫁になると思われるでしょう」

 実のところサーフェイは貴族の中でも上流に属するが、それは今現在建前だけだ。彼の両親は今のところ辛うじて存在している状態で家族はサーフェイ一人。その彼もこの学園内の職員寮で一人暮らしなので全く人を使っていない。そうでなくとも父も母もあまり人を使うことを好まなかった。辺境の森で魔道の研究に勤しみながら、基本的に自分達のことは自分達で処理していた。それは一つに、いかに上流貴族であっても怪しげな魔道の研究者に雇われるのを喜ぶ者が少なかったこともある。母はともかく、父は若干人嫌いの気配もあったことは否定できない。

 だからゴルディリアの感覚も判らないでもない。増して、前世の彼は母子家庭の家事を一身に負っていたくらいで料理も得意、でなければわざわざこんな世界で懐かしい味を追求したりしないだろう。ただ、それでも状況はある程度弁えているつもりだ。

 本来ならば彼女も、それを知っていなければならない。ゲームの中でそういう描写があったかどうかはさすがに思い出せないが、自分が料理を振る舞うというイベントはあった。だがそれは、かなり話が展開した後……物語が佳境に至ってからのはずだ。場所も学園内ではなく、野営の場か何かであったように思う。

 曖昧な記憶によれば、その場でゴルディリアは王子の苛立つ気持ちを和らげ、トパジェの取り繕った表情を奪い、エイメッドの蓄積した疲労を癒し、更にパルミナやソルをも勇気づけることになるはずだった。もっともそれも、ミッションをクリアできたらの話なのだが。

 今現在、彼等が前線に赴くような事情は見受けられない。サーフェイも記憶に基づいて隣国からの干渉やあちこちの情勢を集めてはいるが彼もまだその手の経験は浅く、あまり結果は出ていない。そう言うことに詳しくまた強いのは伯父である王宮魔道師長だ。立場的にも彼の得る情報は広く精密で、かつそれを活かす術を心得ている。

 彼の存在もまた、サーフェイの記憶にあるゲームのものとは異なっている。元々ゲームに出てきた王宮の魔道師はまだごく若い青年で、例によってゴルディリアに惚れ込んでいた(ただし攻略対象ではなく、どちらかと言えば当て馬的存在)。しかし伯父は年齢もそこそこ上だしそれ以上に色恋沙汰に溺れて己のなすべきことを見失うような人物ではない。或いは彼とは別にその部下にでも彼女に入れ込むような若者がいるのかもしれないが。彼自身、見た目は穏やかな紳士だがその裏側は高度な政治的手腕を揮い、国王には届かずとも宰相には比肩すると言われるほどの実力者である。

 そういう意味でサーフェイはあまり伯父には似ていない。そもそも伯父と父も兄弟でありながら似ていない、彼の父親からしてむしろ生家の中では外れ者だった。政治的なあれこれより魔道を愛し、それを高めることにのみ心血を注いできた。その妻もまた己の魔道を高めることが一番の喜び、と言う人種だった。だからとても気は合って夫婦仲はよかったが、どちらの実家からも距離を置いていたらしい。仕舞には滅多に人の訪れない辺境の森を領地として譲り受け、夫婦二人で魔道の実験三昧。好きでやっている本人達は良かろうが、それに否応なしに付き合わされるたった一人の子どもはなかなか大変ではあった。

 物心ついた頃から一人で放って置かれ、曖昧な記憶を発掘して自分で食事を作り、服を洗って風呂を沸かした。父も母も彼のことは可愛がってくれたが、その反面面倒を見られた記憶は殆どない。

 正直なところ、パルミナはその頃の自分と同じ、或いはよく似た気配を感じさせる。誰も当てには出来ないから、自分は自分でやっていくしかないと言う決意とその幼い危うさ。良くも悪くも、そういう意味でちょっと放っておけないのは確かだ。

 唇を引き結んで考え込む彼に、サーフェイはお茶を新しく煎れ直してやった。それに気づいたソルも黙々と残る三人の貴族の少年のお茶も煎れ直している。

「本当に! 私料理は得意なのよ、美味しいってみんな言うもの!」

 その間も、ゴルディリアはよく響く声で訴えているが正直アダティス達も持て余し気味の様子が伺える。

「……悪い子じゃないんだろうけど、状況を理解し切れていないから。あまり、気にしない方がいいかもしれません」

「ああ、俺もそう思うわ。ちょっと、なんて言うか……空気読めないっつーか人の話を聞かないとこがあるから」

 そちらに視線を向けながら小さく囁いたサーフェイにソルも同意する。それに、パルミナも小さく頷き返した。

「そう、なんでしょうね……」

「……何か言われました?」

 ふと思いついたように尋ねるソルにパルミナは苦笑を浮かべる。

「ええ、ちょっと……『表面だけで笑ってるのって気持ち悪い』と」

「……うわー」

 さらりと告げられた言葉にソルは呻き、サーフェイも頭痛を覚えてこめかみを押さえる。それは確かに、彼の前世の記憶にある台詞だ。

 パルミナルート、この少年と思いを通じるための第一歩なのだが実のところ彼は見た目を裏切って気が強い分、プライドの高さも相当だ。ゲームのパルミナルートは、他の攻略対象の好感度が上がると彼の方はがっつり下がる。要は他の男にも媚びを売るような女性はお断りということらしい。それ故パルミナを落とすためには彼一筋でいかなくてはならない。誰かと天秤に掛けると一挙に好感度は下がり、甚だしいときは戦闘中にパルミナの補助魔法が効力を失ってデッドエンド、というパターンさえあったくらいだ。

 まあそこまでいかないにせよ、潔癖なところもある実際の彼にはやたらと愛想のいいゴルディリアを受け入れかねているのだろう。ルート選択のためとはいえ、その台詞もなかなか手厳しいこともある。

 そこまで考えてふと思いついた。そんな台詞を知っているという事は、ゴルディリアも或いはサーフェイと同様の転生者ではないだろうか。そう考えれば、今一つ勉強に身の入らない様子も納得はいく。自分がこの世界の主人公だという自覚があって絶対に処分されたりここから追い出されたりしないという自信があるから。

「……困ったものだ」

「んー……何でなんだかなぁ」

 溜息を吐くサーフェイにソルも同意し、パルミナも溜息を吐く。と、アダティスとまだ何やらやりとりしていたゴルディリア本人が振り返った。

「ああ、ソル。良かったら市場へ一緒に行かない? 美味しいお菓子を売ってるの」

「いや、俺忙しいから。この後夕食の仕込みして講義の復習もしとかないと、追いつけない」

 ソルは平民で、素養はそれほどないから一般教養を前提とした講義には結構苦戦している。時にはサーフェイも勉強を教えてやったりするが、彼は基本武を認められている割に文にも努力を惜しまない。今ではそれなりの力を付けた実家の家業を支えるためにも、自分が出来るだけのことはやろうという気概がある。

 翻ってゴルディリアも平民の身分は同じなのだが(むしろ今のところ実家の立場でいえばソルの方が上にあるくらい)、そちら方面もどうにもやる気がない。特に女生徒には淑女たるべく礼法の講義が設けられているのだが、その担当教官が彼女のことを口を極めて(しかし大変お上品に)罵っていた。曰く、人の話を聞かない、仕草ががさつである、おしゃべりの割に内容がない。確かにそれはサーフェイが見ていても感じる、他の貴族の子女が優雅な立ち居振る舞いを身につけているのはもちろん、一般市民の少女達だってこの学園に何年も在籍していればそれなりのものを身につけている。経験の浅い分彼女はどうしてもその辺が浮く。

「えー、つまんないこと言わないで。村の話とか、聞きたくないの?」

「いやだって、村のことだったらたまに配達にくるステファンとかヨセフが教えてくれるし。粉屋のダレン爺さんが若い嫁さんもらったとかリージェの兄ちゃんが騎士団の試験にようやく受かったとか」

「え、何それ?」

 自分で言い出した割にソルが言うような村の噂話も知らなかったらしい。目を丸くして立ち竦んでいる彼女にソルは呆れたような溜息を吐いた。それに唇を尖らせ、ゴルディリアは標的を変える。

「なら、パルミナ。今日の魔道の講義の、復習に付き合ってくれない? 一度、実践してみたいの」

「あいにくですが、僕は今日の魔道の講義はお休みさせていただいたので。その内容を存じません」

 パルミナが今日の講義を休んでいたのは事実だ。そしてこの言い方だと、ゴルディリアはそのことを知らなかった、もしくは気づいていなかったという事になる。もちろんパルミナもそれに気づいたからぴしゃりとはねつけたのだが。

「ええー、ほら、火球を操るっていう火の魔道を……」

「そんなもの実践しないでください」

 口を挟むつもりは無かったのに、ゴルディリアの言い出した内容に思わずサーフェイは口走っていた。何こいつ、と言わんばかりの彼女の表情には気づいていたがこれは見過ごせない。

「何処でそんなものを実践するんですか、危険なのでとりあえず基本理念を学ぶだけ、という講義でしたよ今日のは」

「理屈だけこね回したって仕方ないじゃない、実際に使ってみなきゃ。……何、あなたも魔道士? 今日の講義にいた?」

 不審そうに睨まれて肩を竦める。

「いましたよ。あなたが気づいてなかっただけでしょう」

 もっとも彼女が気づかなくても無理はない、確かにサーフェイは講義にはいたがそれを受講していたわけではなく講義する側だったのだから。講義の時は派手な魔道師のマントをまとい、深くフードをかぶってしかも声色も変えている。そのことを知っているソルは笑いを堪えるような顔で彼を見ていたが、サーフェイは素知らぬ顔で続けた。

「あなたは講義の間中、隣の男の子に話しかけてましたよね。私語するな、と注意受けても何度も。仕舞には居眠りしてるみたいだった。……だったら危険性についての話を聞いてなかったのかもしれないけど」

 そういう意味で本当にやる気が伺えないのだ、ゴルディリアは。なのでそれなりに真面目な他の生徒にも煙たがられている。編入してきた最初の頃はともかく、今の彼女に声を掛けているのは不真面目な一部貴族の子弟とここに連れてきた責任を覚えているらしいアダティス達だけだ。

 頬を膨らませたゴルディリアはまだ何やかや言っていたが、もうあまりサーフェイも話を聞く気になれなかった。その間にさすがに思うところのあったらしいパルミナは何やら考え込んでいる。


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