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2・微妙なバッドエンドが見え隠れする

禁忌の台詞を口にするな

「やあサーフェイ、久しぶりだね」

「……こんにちは、伯父上」

 客が来たと知らされて部屋に戻れば、そこに通されていたのはサーフェイの伯父、王宮魔道士長だった。フードのついたローブは同じ形だが、その材質は高級でそこに更に高度な術が織り込まれている。ちなみにサーフェイも自分のローブに魔法陣を刺繍しようと悪戦苦闘したが、さすがにそんな指先の器用さはなかった。

「伯父上がこちらにおいでとは珍しい。何か、ありましたか」

 問えば出されたお茶を啜って伯父は苦笑した。

「いや、大した用事ではないけれどね。……何でも最近、アダティス王子が連れてきた魔力の高い子がいるそうじゃないか。もう十五・六だと言うから年齢的にどうなのかと思ってね」

「あぁ……」

 これはあれだっけ、王子ルートか。そう考えながらサーフェイも自分のお茶を啜る。

 ゲームの中では王子ルート、つまりアダティス殿下と相思相愛になるのが一番王道だと言われていた。ゲームのタイトルは確か『魔道学園日記〜あなたとこの国を護りたい・戦う乙女のラブキャンパスライフ〜』という微妙に頭悪そうな代物。

 ゲームのルートは熱心なファンだった前世の母が熱く語ってくれたおかげで朧気ながら覚えてはいるが、細かいことは忘れている部分も多い。ただ、確かに王子ルートが一番イベントも多く、他のルートのストーリーも包括する場合が多かった。最終的な攻略相手は別にせよ、卒業後は彼の親衛隊に入って王国軍に組み込まれることになる、のが一番多いパターンだったはずだ。

 そこまで思い至ってサーフェイは眉を顰める。

 彼の前世記憶が確かならば、『魔道を教える教師のサーフェイを納得させなければ辿り着けないエンディング』が存在したはずだ。それはつまり、少なくとも今の彼にとっては望ましいとは言えないルートのはずで。そのルートと、多分伯父はある程度関わりを持っていると思われる。

「魔力自体は高いですが……制御に難があるようで。本人も努力はしているというんですが、今のところ実りませんね」

「ふむ。……どうだろう、その子は……カイヤの、あの理論を組み込めないかな」

「……伯父さん」

 薄々予想がついたとは言え、実際言葉に出されてサーフェイは顔をしかめた。

 カイヤ、はサーフェイの父の名だ。その父が遺した理論は、確かに高い魔力を持ちながら制御能力が低い者を対象にしている。だがしかし、それは本来実用性のない机上の空論だとサーフェイは考えている。何しろ実践しようとした彼の両親は、事故を起こした。彼の家庭は物理的に崩壊し、父も母も命こそ長らえたものの父は床に就いたきりだし母に至ってはそれ以来自我が戻った様子さえない。他の多くの研究好き、実験大好きの魔道士達さえ恐れをなして封印された、そんな理論なのだ。

「無理ですね、確かに魔力の高さは目を見張るものがありますが。そもそもあれは、本人が自分の能力を制御して扱うよりは劣ります」

「最終的にはそうかもしれないが」

「だってそうでしょう、一度きりしか使えないんですよ。……母がどうなったのか、お忘れになられましたか」

 言ってからそういえば、『サーフェイ』がちょっとマザコンだとか愚痴られていたのを思い出した。しかしこの際仕方がないだろう、珍しくばつが悪そうに口を閉ざした伯父に畳みかけさせてもらう。

「あの研究を進展させるのは諦めてください。父があれですし犠牲者を増やすことは魔道士としても賛成できません。……己の扱い切れぬ魔力など、最初から手放した方が安全です」

 サーフェイの反論は伯父も薄々予測していたのだろう。あまりしつこいことは言われなかった。

 しかしサーフェイ自身を攻略するルートが、父の理論を使うルートである可能性があるなら。そのルートだけは諦めてもらわなければならない。はっきり言って当のゴルディリアにも攻略対象にも何一ついいことなんかないのだから。


「サーフェイ先生」

 呼ばれて振り返ったサーフェイは目を眇めた。もっとも深く被ったフードの下の表情は相手には見えまい。

「何か、エイメッド・ラリス・ヴェルディア次期侯爵」

「……エイメッドで結構です」

 一応敬ってはくれているようだがエイメッドの方が背が高い。年も確か同じか、或いはサーフェイの方が僅かに上だったか。王子がサーフェイより二つ下でそれに近い年齢とふさわしい家柄、能力の子どもが彼の周りには集められている。それは王家の子どもを護るためには当然の行動だろう。

「で、何の用件かな?」

 近くでみればしみじみ綺麗な男だ。確かまだ十代後半、背は高いがすらりと細身でまだ体が出来上がりきっているとは言い切れない。けれども金髪碧眼、そのはめ込まれた部品の一つ一つが精緻な工芸品のように、他にはあり得ない唯一無二の形を描き、絶妙の配置で置かれている。切れ長の目元は凛として鼻筋は通り、引き結ばれた唇は微かに赤い、言ってしまえば最高級の芸術品のような美貌だ。さすがに今はそうでもないが、もう五年前なら美少女にも見えただろう。

「少し、お伺いしたいことがあります。お時間をいただけますか」

 真っ直ぐこちらをみる翠の瞳は澄んで怜悧な光を湛えている。常に物静かで冷静な、しかし剣をとっては王宮の騎士団員でさえ退けるという腕の主だ。華やかな容姿やその出自はともかく、彼自身は自分を一介の剣士として認められることを望むらしい。

「講義もないし構わんが……エイメッドは、授業はないのか?」

「……えぇ」

 僅かに躊躇って頷く。その躊躇いに気づかなかったわけではないが、サーフェイは敢えて突っ込まなかった。場所も思いつかなかったので庭に置かれたベンチに並んで腰を下ろす。

「話、とは? 部屋で密談するような、そういう内密を要する話ではないと勝手に判断したが問題があるようなら場所を移すぞ」

「いえ、それには及ばないと思います」

 思うに、彼の敬語は本人の性格にも因るのだろう。相手を敬っていると言うより、他者と距離を置くことの表れ。

「そう。では、何の話だろうか。きみは俺の講義を受けてはいるけれど主軸を置いているのは剣であって魔道ではない。それはそれできみの、或いは保護者の見識だろうしだとしたら俺との会話に大した意味はないと思うが」

 淡々と告げれば隣に腰を下ろしているエイメッドの気配が強ばった。ちらりと横目を向けると、唇を引き結び、目線を落として地面を睨んでいる。お世辞にも表情豊かとは言い難い彼としては珍しいくらい気まずさを表した様子だ。

「……その、私のことではないのです」

 しばらくの間をおいてようやく紡ぐ言葉にサーフェイは溜息を吐く。

「そうか、それはまた……きみらしくもない、浅慮だ」

「……どういう、意味でしょうか」

 ぎぎ、と軋んでいそうなぎこちない動きでエイメッドは彼の方へ目を向ける。問い質しながらも、けれど自分で薄々その言われたことの意味を知っているのだろう。

「自分のことでないのなら、余計に他者が口を挟むべきではない。……きみ自身が助言なり手助けなりをするのであればそれは個人の自由の範囲だが、他者について俺の助言もしくはそれ以上を求めるのは止めとけ」

 素っ気なく切り捨ててサーフェイはベンチから立ち上がった。二三歩距離を置いてエイメッドに向かい合う。

「きみが、『誰』のことを話したいのかは追求しない。けれど、それはきみにとっても当人にとっても益にならない。そのことは、理解できなくはないと思う」

「……仰るとおりです」

 がくり、とうなだれるその様子が何となく気の毒になる。

 聞かなかったのは大体予想がついたからでもある。この、生真面目な騎士をその意志を曲げてでも動かすことが出来るのは家族の他は主である第二王子アダティスと後は可憐な護るべき少女、ゴルディリアくらいだ。学園内で見ている限り、生真面目で些か頭の固い彼は無茶をしがちな王子と規則なんか端から気にも止めないトパジェに引っ張り回されたり二人に小言を言ったりとお目付役的立場に置かれている。また根が優しいところもあるが真面目すぎるものだから規則よりも情に流されやすいアダティスを理解できなくはないらしい、一方判っていてそれでもルールを守らないトパジェとは時々派手に衝突している。なかなか面倒な立場なのだ。そこへ来てゴルディリアは彼等とは別の意味で扱いにくいことは間違いない。

 サーフェイ自身の前世の記憶がはっきりと戻ったのは、彼女を見たときだ。正確に言うなら、この世界が前世で当時の母が楽しんでいたゲームの中、だと認識した。その原因もゴルディリアなのだろう。

 そもそもそのゲームも、彼女が学園に入るところから始まる。オープニングでは故郷の村を魔物の襲撃からその魔力で護る。もっともそれも、自分の魔力が大きすぎて扱いきれず暴発するのだが。そしてそれを視察に訪れていたアダティスに見出され、学園へと誘われるという筋書きだった。そしてそれに伴い、他の攻略対象であるエイメッドやトパジェ、そして更に教師や騎士団とも関わり合いになる。

 今のところ、それは順調に進んでいるようだが微妙にサーフェイの記憶とは違っている。例えばソルだ。

 彼は、サーフェイの前世の記憶が正しいなら子どもの頃からゴルディリアを好きで彼女を護ろうと王子に喧嘩を売ったこともあるほどだ。現在はそれほどの思い入れはない、というより今のソルにとってゴルディリアは同じ村で育った顔馴染みという以上の意味を持たないようだ。

 元々ソルは、ゲーム世界では若干粗暴な印象を与える少年だった。子どもの頃母を亡くし、その寂しさをゴルディリアとの交流で埋めているという設定。しかし現在のソルの母は郷里に健在である。そもそも彼女の死因は、貧しい農家の生活で病に倒れたことに因るものだ。そのため父が王都の学園で料理人として働くことにもなった。しかし今のソルの実家はサーフェイの助言もあってちょっとした商人並の財産を築いている。父親が学園の食堂で働いているのだって、その開発した新しい料理を次世代の子ども達に慣れさせて流行らせようという目論見のためらしい。

 腕が立つソルは朗らかで人なつこく友人も多い。平民なのに貴族の子弟達にも物怖じせず彼等とも平気で打ち解けている。最低限の礼儀は示すが学園内で地位を振りかざすのはみっともないこと、という意識が根付いているせいか多少の無礼は許容されていることもある。実際、王子とも気安く会話しているくらいだ。

 王子の方も意外と位の低い貴族の子弟やソルのような平民の子どもと触れ合うことを気にしない。誰とでも言葉を交わせることが一つの理想像だと思っている節も見受けられた。

 そういえばもう一人、ゲームとしてはかなり人気があったキャラクターであるはずのパルミナがゴルディリアと接触しているのをサーフェイは見たことがない。彼は一応王子の護衛の一人に数えられてはいるが、神官の家系で他者との交流が少なく些か人嫌いの傾向も見られる。護衛にしても護符さえ身につけさせておけばいい、と考えている様子もあってそれがちょっと気になっていた。確か、ゲームでのパルミナはその態度をゴルディリアに咎められたことから紆余曲折あって彼女を恋うようになったのではなかっただろうか。

「……エイメッド、いい機会だからちょっと聞きたいことがあるんだが」

 尋ねるとうなだれていた彼は顔を上げた。

「何でしょうか」

 表情豊かとは言い難い美貌には、微かに警戒する色が漂っている。

「大したことじゃないけど。……最近パルミナはどうしてる? 彼も神官位はあるとは言え、魔道の講義には出てもらわなきゃならないんだがこのところ顔を見ないのでね」

「ああ……」

 その問いにエイメッドは眉を顰める。そういう表情に色気が漂う十代男子というのはどういう存在だ、と思いながらサーフェイは彼の言葉を待った。

「それが……彼はこのところ、我々にも顔を見せないのです。講義も、欠席が多く……」

「……それは、また……他の教師に怒られそうなものだが」

 この学園は王都でも、もちろん国内でも一番の学舎だ。入るのは容易いが資格を取って規定の年数で卒業できるのは実は半分ほど、特に貴族子弟では七割方が規定年数では取得単位が足りずに留年するという。後ろ盾がない平民の子どもの方が必死に勉強するので成績はいいが、それでも幾らかは脱落する。もちろん平民は最初から才能を見込まれた者しか入学できないことも理由だが、継続して学業に励むには根気も必要だ(貴族の子弟はそれだけで入学出来るので、実力がない者も少なからず在籍している)。

 それだけの厳しい環境では、少し気を抜いているだけでついていけなくなる者もいる。特に地方から王都に出てきて、周りの賑やかさに浮かれてしまったりするとてきめんだ。それは多少の才能があったところで、回避できるとは限らない。

 パルミナはそれなりの才能はあるという。実際、まだ十代半ばという年齢で王子の護衛を任されているだけで、その才を測るには十分だろう。少なくともそれが出来ると見込まれる程度には認められているわけだ。しかし、如何にそのパルミナであろうとも講義の欠席が長く続けば成績の下降は免れまい。

「何故そんなことに? 俺もパルミナはよく知らないが、人付き合いは好きでなくとも講義をさぼるような子ではないと思ったけど」

 自分が口出しするのもおかしな話だとは思う、神官として学ぶ彼は魔道師のサーフェイとは路線が少しずれている。彼がとっているサーフェイの講義は魔道の初級、いわば必修講義だけだ。しかしエイメッドのこの言いようだと、サーフェイの講義だけでなく他の授業も出ていないのではないだろうか。教師として、生徒達を導くような心構えは正直なところ出来ていないがそれでも彼の行く末が些か気になる。

「私も、そう思っているのです。……何か、悩みがあるようなのですが……それを、打ち明けてもらえるほどに親しくはなくて」

 いつの間にか相談を持ちかけてきたエイメッドの方が自分の相談とは別の話に集中しているようだ。一つに、彼自身持ちかけた相談に内心忸怩たるものがあるのかもしれない。それくらい、彼らしくない話だ。

「そうか……神学の教官はレイル先生だな、そちらから話を聞いてもらった方がいいかもしれない」

「そうですね……ただ、あれでパルミナもなかなか気が強いし人に弱みを見せることを嫌います。それもあって、顔を見せたがらないのかと」

「……それはまた、難儀だな」

 サーフェイは前述通り、パルミナと親しく付き合っているわけではない。彼のことは前世の記憶で知っていることの方が多いくらいだ。それがどこまで今現在の彼と一致する情報かは判らないのだが。

 ただ、その記憶に拠れば彼は確かに、おとなしそうな見かけより遙かに気が強い負けず嫌いだった。神官としては将来を嘱望されているが生まれは平民で一部の貴族達に蔑まれていたり苛められたりすることもあったらしい。それで余計に、自分の感情だの弱みを人に見せなくなった、という設定だった。その辺はこの現実でもあまり変わっていないのかもしれない。

 パルミナルートってどんな話だったかな、とサーフェイは記憶を検索する。

 ぱっと見は大人しやかで控えめな少年ながら、パルミナは実は気が強く負けず嫌い。その内面を隠して優しく微笑む彼に、主人公は「表面だけで笑ってるのって気持ち悪い」と身も蓋もないことをいう選択があった。しかもそれがパルミナルートの必須条件だったはず。

「……まあ……彼は出来がいいし、誰かに妬まれたとか身に覚えのない悪口でも言われたとか、そういうこともあるかもしれないな」

 何となく思い至ってしまった原因を誤魔化すために口にして、それからふと隣を見やればエイメッドは驚くほど真剣な目でこちらを伺っていた。

「? 何か?」

「いえ……失礼しました。その……サーフェイ先生がそんなに、彼のことを気にかけていただいているとは思わなかったので」

 素直な言葉に肩を竦める。まあ、深くかぶったフードの陰の表情は見えまい。

「俺とは畑違いだがパルミナは高い能力を持つ、先が楽しみな逸材だ。……そしてそれ以上に、あれはここに来るまでに十分な努力をしている。ここで腐ってしまうのでは、余りにもったいない」

 それは裏を返せば、やる気なく努力も伺えない相手だったら見捨てるということでもある。あくまで自分は、という個人的な意見でもあるが。

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