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1・思い起こせば記憶の果てに

口にしてから、聞き覚えのある台詞だと気付いた。

 遠い記憶は曖昧で不確かだ。今知っているものとは全然違う家族、町並み、その生活。

 それが、いわゆる『前世』とでもいうべき時代の経験だったと悟ったのはかなり自我が確立してから。

 自分を養ってくれた父は今一つ頼りない研究の虫で、母はもう亡い。正確な事実ではないけれど、いずれにせよかつて『自分』を育てていたのは母だけだったので、その辺から既に違う。


 その、前世の母は父と離婚して一人息子の自分を育てていた。それなりに収入は良かったが忙しく、平日は滅多に家にいなかった。たまの休日の楽しみは、その頃流行っていた女性向け恋愛シミュレーションゲーム、という辺り年甲斐もないと言うか妙に気が若いのか。

『今回のはね、これファンタジーで! なかなか期待値高いよ!』

 嬉しそうに見せびらかされたパッケージは中世風の背景ときらびやかなマントや剣を身につけた美形の騎士っぽい男が三人ばかり描かれている。その他にもずるずるの黒いローブを着たまた違うタイプとか逆に白いマントと木の枝を編んだ冠をかぶった神官っぽいのとか。明らかに全員自分より年下だろうとかつっこむ気力も今更沸かない。

『そりゃようござんした。……じっくり楽しみなよ』

『言われるまでもないわよ』

 実際テンションを上げた彼女はそれを存分に楽しんだのだろう。

『王子様ったら結構可愛いんだよー、『国のためとはいえ、おまえを犠牲には出来ないっ』なんてねー』

『あー、でも騎士団長もいいよねぇ、真面目でさぁ。でも好感度あがると気を使ってくれるんだけど、それがまたぎこちないんだわ。神官様もそういう意味ではなかなか萌えるよね』

『この、伯爵の三男坊とか言う奴、ちゃらいくせに意外と熱いの。そういうのも捨て難い!』

 わざわざ教えてくれなくてもいいのにいちいち攻略キャラの解説をしてくれた。というか、あれはただ単に本人が語りたかっただけに違いない。パッションが高まっても一緒に盛り上がる相手がいないのは、気の毒だと思うけれど。

『これこれ、こいつがエリート。いけ好かない奴なんだよねー』

『何、いけ好かないのも攻略する必要があるのか?』

『いや、こいつに限っては恋愛的に攻略するんじゃなくて自分の能力で納得させることになるの。……いやそれが嫌みったらしいんだわ、もう!』

 ディスプレイに映し出されたのは今までの彩り鮮やかで美麗な男達ではなく、濃い灰色のフードをかぶった人物だ。宝石らしい飾りを額辺りに巻いているのが僅かに覗くが、それ以外は陰になって顔も見えない。ただし紡がれる言葉は十分彼女の意見を納得させるようなものだ。

『やる気がないならさっさと出ていけ。使いものにならん奴まで相手にしてやる余裕はない』

 声を当てている声優が男性だからキャラクターも男なのだろうが、素っ気なく吐き捨てるその口調から確かに甘い感情は期待できそうにない。『恋愛シミュレーション』の本道から言うとストーリーのスパイス的役割であって主人公とのラブ展開はないのだろう。

『また面倒な……何、こいつ乗り越えないと見られないエンディングでもあるわけか?』

『だと思うんだよね、それ以外は一通り見たから。エリート魔道師様を納得させて王国の特別部隊に抜擢されるルートが埋まらないのよ』

 その、無駄な情熱は何とかならないものかと思ったが。反面、これが彼女のストレス解消であってそうして他愛のないゲームに熱中することが、何よりの息抜きだということも判っていた。


 しかしだからって、『この世界』がゲームのそれだと言うことに納得したわけでは毛頭ない!


 数年前両親の事故後、伯父に預けられるため訪れた王都の寄宿学校を見たとき、初めてのはずなのにどこかで見たことのある建物だとは思った。だがそれが前世の、しかもゲーム画面で見たものだったなどと気がつくはずがない。増してや伯父が王宮の魔道士長でしかも父親譲りの魔道の才に長けた自分が、僅か数年で教育課程を吹っ飛ばしてこの学園でも教える側に回る、いわば非の打ち所のない選良(エリート)になるとは。

 魔道士は基本的に他者と触れ合うことがない、というかそれを推奨されない。その容姿も人目に晒さぬ方がいいと言われ、フードのついたローブをまとっていることが多い。特に自分は顔を見せると侮られるので殆ど誰にも顔を見せない習慣が既に根付いている。学内にはいろいろ噂があることも承知しているが、それを気にするつもりもない。エリートはエリートで、それなりに努力もしているしそのために多くの犠牲も払っているのだ。

「やる気がないならさっさと出ていけ。使いものにならん奴まで相手にしてやる余裕はない」

 言い放てば目の前にいる少女がさっと顔色を変えた。それを見ながら言葉を継ぐ。

「何より、そんな人間を連れてきた殿下の名にも傷がつく」

「そ、そういう言い方はないだろう!」

 慌てて割って入るのは当の『殿下』、つまり少女の攻略対象であるこの国の第二王子だ。

 この寄宿学校は貴族の子弟のほぼ全てと裕福な平民の子ども、そして特別に才能を見出されれば貧しい家の子どもでも入ることが出来る。というか強制的に入らされる。もちろん、最後のパターンは最高の出世街道だ。女性の場合は玉の輿に至ることもあり得る。

 ……というか、恋愛シミュレーションとして考えればそれが最終コースかもしれない。この、今目の前でふるふる震えている少女は何の身分も持たない平民で、しかも家柄や後ろ盾を持たない。しかし強力な魔力を発動させたということでここに入学を許されたのだ。

 しかし正直なところ、教える側のエリートとしてはいろいろと納得がいかない。

 普通、この学園に入ってくるのは十二・三の頃が多い。魔力の発動もその頃までには出来上がっているのが普通でそれ以上強まることはまずない。

 にも関わらずこの少女は確か十五、しかも未だに不安定で自身の制御も危うい。このくらいの年になれば他の子は大体自分の力の使い方を覚えてそれを更に磨くべく努力をしているのだ。

 ところが途中編入してきたこの少女、確かに魔力は大きいが制御の甘さと不安定さ故にしょっちゅうその力を暴発させ、周りに迷惑を及ぼす。彼女を見出した王子の庇護が無ければとっくに魔力を封じた上で放り出していた。正直、自分でそれを制御し使いこなそうという気概が感じられない。そう感じているのは自分だけでなく、他の教師達も同様だろう。ただ、やんごとなきお方を慮って口に出せないだけで。

「殿下、この際あなたにも申し上げておきますが、よくよくお考えください。如何にその持つ魔力が高くともその使い方を身につけねば危険なだけです。あなたは彼女と親しくお付き合いしてらっしゃるようですが、何か事が起きた時にあなたを巻き込んでは何もかも無駄になるのですよ」

 確かに可愛らしい少女だ、ぱっちりと円らな瞳、それを縁取る長い睫。つやつやと流れ落ちる金色の髪、華奢だが出るべきところは出て引き締まるべきところは引き締まった肢体、鈴を転がすような甘い声。物語に出てくるような美少女だ。王子を始め、彼の友人達のそれぞれ有力な貴族の子弟達がこぞって庇い立てる気持ちも全く判らないわけではないが、どうも誰より本人のやる気が伺えないようなのが困る。

「無駄、はないでしょ、サーフェイ先生」

「私は本気で言っているつもりですよ、トパジェ」

 へらっと笑って口を挟んでくる優男(これも伯爵の息子で三男坊ながら意外と腕は立ち、将来の側近候補だ)にぴしゃりと言い放てばさすがに鼻じらんで口を噤む。それを見定めてから再度彼女に視線を向けた。

「私から言えるのは、三日後の再々々試験にあなたが合格しなければ、退学を勧告させてもらう、ということです。それを弁えて出来るだけの準備をしなさい、ゴルディリア・エンハート」


 エリートにはエリートなりの苦悩や努力があり、その結果として得たものに対しても維持するにはまた別の努力が必要だ。この世界に生まれ落ちて以来、本人が選ぶより先から努力が必要とされた。少なくとも彼、サーフェイ・ブリューはそうだった。

 幼い頃、物心つくかどうかの頃から「何だか違う」と思っていたのはどうやら生まれる前の記憶、いわゆる前世と引き比べてのものだったらしい。記憶をはっきり取り戻した今はそれが判る。

 彼は元々優秀な魔道士の家系に生まれついた。今国内でもっとも高い地位にある伯父はもちろん、その弟である彼の父親も極めて高い能力を持つ魔道士だった。母親もそうだったのだが、その夫婦が事故に遭って以来彼は伯父の元に預けられ、学園で育ってその伯父に次ぐ、或いは比肩するとまでいわれる魔道士になった。

 実を言うと彼の魔道士としての功績には前世の記憶が影響している部分もある。距離がある者同士が会話を交わすための魔道具を、各個人が識別できるようにすることで誰とも会話が成り立つようにした。言ってみれば個人の通信端末だ。これが他国との技術的格差になってサーフェイの名を知らしめる原因になっている。また、魔道とは関係ないが燻す・蒸すという料理法を持ち込んだのも彼だ。

 もともと前世での『彼』は料理も好きだしそれ以上に食いしん坊だった。母子家庭と言うこともあって家事は一通り出来たしそうしてその記憶を取り戻してしまうと今の世界は何かと不便なことが多い。魔道、という超常技術が進化しているせいか却って普通の物理学や化学が発達していない。その手のいわゆる理系は得意だったこともあってちまちまささやかな技術改革をしてみたり、電気やその他の動力が発達していない分を魔道で補ってちょっとした発明をしたりもしてみた。

 井戸の釣瓶や瓶詰めの食物など、今では市井にまで普及したものも多い。一くくりにエリートとは言っても、ずっと王宮勤めの伯父などと違ってサーフェイはあまり貴族とのつながりはない。むしろ学園内の食堂や菜園を管理する使用人や市街の商人とも親しくし、そこから技術者や職人を紹介してもらった。だからこそ作れたものも多い、いくら知識があっても実際の技術は別だ。

 付き合いがある一般臣民の中には、サーフェイが魔道士であることを知らない者さえいる。知っている者に口止めしているわけでもないが、魔道士のローブを脱ぐと彼は年の割に身長はあっても細身の少年でしかない。青い瞳とグレイがかった髪もそう珍しいものではない、支給されている制服をまとえば教わっている側の生徒にしか見えないのだ。

「ま、大概は誤魔化されるよな」

「別に誤魔化してるつもりはないぞ」

 しみじみ溜息を吐く職人にむっすりと言い返す。

 職人、とは言っても彼もサーフェイとそう年の変わらぬ少年だ。子どもの頃から見様見真似で父のやることなすことを習い覚え、今はその右腕として働いている。彼の父親は学園内の食堂で働く料理人で、息子のソルも一応他の生徒達に混じって教育も受けている。実際、彼にも少しばかり魔力はあるし鍛錬も嫌いではないようだ。

 実はこのソルも本来は彼女、ゴルディリアの攻略対象の一人だ。同じ村で生まれ育った幼馴染みで、彼女が学園に入学したのを追って父を頼り食堂に潜り込む、はずだったのだが。彼の祖父がサーフェイの教えた薫製食品を売り出すのについて先に学園に来てしまった。ゴルディリアも知ってはいるが大した思い入れはないという。

「昔から何つーか、ちょっと変わった子だったよ。妙な上から目線っていうか、思いこみ激しいって言うか。……可愛いんだけど俺ちょっと苦手」

「俺としてはせっかく入学したんだから真面目に勉強してほしいだけなんだがな」

 ぼやきながらサーフェイは薫製にした腸詰めをフォークで刺してかじりつく。

「ん、なかなか」

「だろー? 親父も力入ってたぜ、これパンに挟んでも美味いな!」

「後、野菜とスープにするとか。……腸詰めだと今まで利用法が限られてたくず肉も使いようが広がるのがいいな」

 ソルは熱心な料理人である以上に食いしん坊だ。サーフェイの提案に飛びついていろいろ新しい食べ物を試行錯誤して作り、試食するのが日々の日課であり楽しみだ。豚を飼い肉を売りさばいている祖父もその研究成果を活かして販路を広げ、大儲けしているらしい。

 また、平民ながらソルはソルで結構腕も立つ。学園内では貴族の子どもだけでなく全員に魔道と剣術の基本を教える。魔道はもちろん、剣術も身を護るためには必要だしまた使える人材を育てて将来的に登用するためでもある。ソルの場合は柔な貴族の子息などより腕っ節も立つし度胸もある。まだ在学中にも関わらず「将来は騎士団に」と誘いを受けているほどだ。

 王宮の騎士団に既に配属されている生徒もいる。殿下、ことこの国の第二王子アダティス・トランペア・ノウカラム二世の護衛を務めている貴族の子弟達だ。実はその全員がソル同様、ゴルディリアの攻略対象である(もちろん王子も含む)。

 一人はシトリエ伯爵の三男坊、トパジェ・フルーラ・シトリエ。褐色の巻き毛と金色の瞳で顔立ちも甘く、一見は誰彼無く女性に声を掛ける腰の軽い男、だが実は意外に考え深く周囲を観察している。そう見せかけているより遙かに頭も良く冷静な人間だ。

 もう一人はヴェルディア侯爵の長男でエイメッド・ラリス・ヴェルディア。攻略対象は皆見目がいいがこの男はまた並外れている。白晢の秀麗な美貌を彩るのは金糸の髪、澄んだ翠の瞳。その華やかささえ感じさせる容姿に対して生真面目で冷静沈着、無口な男だ。剣の達人でもあるという。まだ在学中の身でありながら、騎士団トップクラスとも渡り合うと言うから群を抜いている。

 トパジェが政治で、エイメッドが剣術で王子を護っているとすれば彼を魔道で護衛するのがパルミナ・ブーランカ。正式には魔導師ではなく神官職を目指しており、平民の出ながら既に地方の神殿に所属している。地位は低いのだが、極めて高い魔力とそれを精緻に扱う能力を持っている。大人しやかな黒髪にやはり黒い瞳の少年だ。先の二人に比べれば線も細い。

 当然、彼等の主である第二王子その人も見た目はとても良い。身長はエイメッドに劣るし彼ほど美貌ではないが、プラチナブロンドと煌めく紫の瞳は王家にだけ現れる希少な色彩だという。幼い頃から英才教育を受け、人の上に立つ者としての覚悟を求められそしてそれに応えてきた。大人達からの信頼も篤く、将来を嘱望されている。

 だからこそ、彼が見つけた強い魔力の持ち主としてゴルディリアを学園に入れようとした時もあっさり許可が出たのだ。このしっかり者の殿下が言うのだから間違いあるまい、と。

 今のところゴルディリアの資質を疑う者はまだサーフェイくらいだ。だがサーフェイにしても彼女の魔力の高さ自体は疑わない、ただ本人がそれを使いこなす能力もなく、それを身につけようと努力することもしてないとそう見て取れるだけで。

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