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 約一ヵ月ほど。

 私は志野森先輩のストーカーと化した。

 校内にいるときは、可能な限り彼を後ろを追いかけて、彼の様子を探り、登下校だって一緒にしてみた。こんなにあからさまなことは遠藤先輩にだってしなかった。

 志野森先輩は噂通りに、女の人にだらしない生活のようだった。

 異常なことに、付き合ってるらしき人が複数人いる。

 どういう関係なんだろう?と興味が出た。

 謎めいた人をつけまわすのは、ちょっと探偵のようで楽しかった。

 失恋して暇だったのだろう。

 私は、またたく間に志野森先輩のことに詳しくなった。

 校内と校外に恋人が複数いる模様だが、校内では基本一人でいる。さみしいボッチくんだ。

 いつ見ても服装・髪型がだらしない。それをよく面倒みてる女子がグループで存在しているが、直されたとたんにシャツなどはぐしゃぐしゃに戻す。落ち着かないらしい。まさか、おしゃれで着崩してる訳ではないと思う。

 成績は上の中程度。頭はいいらしい。

 男友達は少なく、遠藤先輩は数少ない友達。

 よく図書館で借りた小難しい本を読んでる。休み時間は本を読んでるか、図書館にいるか、机に突っ伏しているか、女の子に絡まれているか。読む本は数時間~数日で変わる。多読派。ただ、表紙から判断するに『ゴトーを待ちながら』は、丸一週間かけて何度も読んでいた。たぶん哲学的な話が好きなんだろう。インテリ臭いぜ。

 コーヒーは無糖しか飲まない。かと思えば、冬場でもないのにホットおしるこにチャレンジしてしまうチャレンジャー。(平然と飲んでいた)

 絵を描くのはおそろしく速い。そして、やっぱりモチーフもデッサンも普通なのに、どことなく怖い絵にしあがる。


 うん。なかなかのストーカー具合である。

 そんな日々をすごすこと、一ヶ月。


 ターゲットが「餌」にかかった、ようだった。


 二度目の姉のキス現場だった。

 今度は、私に見せ付ける意図はなかったらしい。

 私がそこを通りがかったのは、気まぐれで図書室に行こうとした結果であり、まったくの偶然だったから。


 大きな木の下、旧校舎の古ぼけた壁を背にしながら、姉と志野森先輩が唇を合わせていた。

 くっついては離れるを繰り返す情熱的なキスだった。

 思わず固まってしまうほど、いやらしい感じがした。

 姉は私に気付かず、夢中で志野森先輩に抱きついていた。

 志野森先輩が私を見つけて「にやり」と唇を得意げに吊り上げて、ひらひらとこちらに手を振った。

 まるでいつかのデジャヴのようだった。

 あと、志野森先輩は姉とキスをしているくせに、姉にすこしものぼせ上がっていないのが見て取れた。

 ……おかしなことに、このとき、ほんのちょっとだけ志野森先輩を見直した。

 はじめて、ちゃんと彼に興味をもった。

 色目を使う姉の前で鼻の下の伸びない男の子をはじめて見たから。


 ひらひらと振られる手に、どう反応したものか、と思いつつ、図書館へ歩いていく。

 顔が赤くなる。

 足早に通りすぎた。



 さっきのキスを見て思い出したことがある。

 姉についた嘘で、結局、本当になったことがひとつあった。

 私はもうすこしも遠藤先輩を好きじゃない。もうこれっぽっちも。

 多分、姉とのキスシーンを見た瞬間に、恋心は綺麗に消えていた。号泣したのは、2年間の壮大な時間の無駄っぷりと自分の見る目の無さに涙が出ただけだ。

 涙を流したらすっきりしてしまった。

 私は根本的に「姉を好きになるような男の子」が好きになれないのだと思う。

 姉はあけすけで単純である。

 自分に優しい顔をしてくれるものだけが好きで、ちょっとでも厳しいことを言うと嫌いになる。甘ったれで、こらえ性がなくて、醜いくらいに我侭で自分勝手だ。いっそ清々しい。

 そんな姉を認めて「可愛い」と保護する者にだけに姉は可憐で美しい微笑みをむける。わたしを甘えさせてね、とわざとらしく媚びる。

 姉の「この小さな世界では私が女王さまよ」的な言動は、傍にいればすぐに嫌ってほどわかる。

 わかったうえで、姉が可愛いからと許してしまう男が嫌いだ。

 周囲がそんなのばっかりだから。

 姉は少しも成長してくれない。

 頭がからっぽで、ただ妹のほしいものをほしがり、付き合いはじめて一ヶ月の彼氏がいるくせに、別の男(しかも彼氏の友達)とディープキスをしてる。

 一回是非、洒落になる範囲で痛い目にあって、反省してほしい。

 

 でも、意外だった。

 姉が志野森先輩に興味を向けるよう誘導したのは私だが、予想外以上に姉は志野森先輩に積極的だった。

 というか、さっきの空気では、姉がまるで、志野森先輩を好きみたいだ。

 あの姉が? 誰かを好き?

 私へのあてつけでもなく(私の視線を認識してる様子はなかった)、多分ちやほやしてくれることへの報酬でもなく。誰かを好きになった? 

 そしてその相手が志野森先輩?

 どこにそんな魅力が。不可解だった。


 まぁ、でも。

 志野森先輩が女性にモテる理由を、私は、こんなにストーカーしてるくせに、すこしも分からないわけだから。

 彼には花が蝶を吸い寄せるがごとく、女を魅了するなにかがあるのかもしれない。

 大事なことは、姉に好きな人ができた、その一点だ。それなら、そのうちに姉は遠藤先輩とは別れるだろう。

 うん。まだつきあって一ヶ月だ。

 きっと遠藤先輩の傷は浅い。

 よかったよかった。




 …………ってそんなわけはない。

 よく考えなくても、遠藤先輩にとっては、せっかくできた恋人にフラれるのが確定したわけで「よかった」わけがない。


「姉は私へのあてつけで遠藤先輩を弄んでるだけ。早く開放すべき」なんていうのは、私の、完全完璧なる自己満足だ。

 そのことは、姉に「私は志野森先輩を好き」という嘘をつきはじめて、一日で気付いた。

 正確には「茜さんと、僕、つきあうことになったんだよね。えへへ」と笑う遠藤先輩を見たときにはっきり気がついてしまった。

 ぎくりとした。

 姉に弄ばれていようと、なんだろうと、彼はとても幸せそうだった。

 その幸せを私は壊そうと動いてる。

 姉が遠藤先輩を傷つけないように、と動いていたはずなのに。

 結局は、私が遠藤先輩を傷つけているのと同じだ。

 罪悪感はある。

 でも、私は姉を勘違いさせるのをやめなかった。

 

 いろいろ言い訳はできる。


 だけど、


 結局のところは、楽しかったからだ。

 

「妹の片思いの相手は遠藤 雅也ではない」と判断した途端。姉は遠藤先輩に甘く擦り寄るのをやめた。あからさますぎるほど、距離をとったのは少し愉快だった。ほんとうに悲しいくらい分かりやすいひとだ。

 そんな冷たくなった姉に動揺してオロオロしてる遠藤先輩は、可哀想で滑稽だった。

 正直に言うと、胸がすっとした。


 ただの憂さ晴らしなのかもしれない。

 私の大事なものを踏みつける姉。私の2年間の片思いにはまるで気がつかず一瞬で姉によろめいてしまう遠藤先輩。


 二人に傷ついてほしい。そう願う心がある。

 滅茶苦茶になってしまえと願っている。

 自己嫌悪?してるよ。


 でも私は特にそれが悪いことだとは思ってない。


 だって。

 本当に好きでもない人と簡単につきあう姉は、少しぐらい痛い目にあうべきだ。

 ころころと気まぐれで態度の悪くなる姉を、諭すこともできない遠藤先輩は、姉とつきあうべきではない。


 これくらいの他愛のない悪意で破綻する交際なら、破綻するほうが悪い。


 かといって、私が悪くない、わけがない。


 私だって、最低だ。


 さすが、あの姉の妹なことはある。





 図書館で本を選びつつ、そんな自嘲めいた考えごとをしていたら、目の前に志野森先輩がいた。あいかわらずモジャモジャヘアーで、猫背で汚れた眼鏡だ。これのどこがいいんだろう。


「やあ。百合ちゃん」

 一緒に部活をやっているはずなのに、声をはじめて聞いた気がした。

 掠れるように低い、男っぽい声だった。

 ぞわりと背筋に寒気が走った。たぶん嫌悪だと思う。

「志野森先輩に名前で呼ばれる筋合いはありませんので。どうか野木と呼んでください。野木です」

「冷たいこと言うんだな。百合ちゃん」

「野木です野木」

「ほんとに強情だな」


 うわわ。志野森先輩が近づいてきた。距離つめるのが早い。

 壁際に追い詰められて、至近距離に顔がある。

 壁ドンってやつだ。

 あ。

 この人普段眼鏡曇って気がつかないけど、隠れ美少年なのかも。

 ボサボサの髪の毛を綺麗に切りそろえて、服をちゃんとすれば、アイドルめいた美少年になるだろう。目がとにかく綺麗で睫毛が長い。うわーでも、美少年って私、大の苦手なんだわ。気持ち悪い。嘔吐しそう。顔がいい人にろくな人間はいないんだ。姉を見てればわかる。(確信)


 そんな、現実逃避をしていると、志野森先輩が私の耳元で囁く。

 吐息がかかって気持ち悪いのでやめてください。


「君って俺が好きなんだよね?」


 ついでにからかうように「くくく」と低く笑われた。




……ちなみに。顔がいい人にろくな人間はいない。は作者の意見ではありません。


主人公の偏見として書いています。あしからず。

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