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 私の姉、野木(のぎ)(あかね)はチヤホヤされるのだけが大好きで、妹の全部は自分のものだと思っているような、我侭で性格の悪い女だ。

 美点はただ二つ。外面を取り繕うのがうまいこと。外見が美しいことだ。

 いかにも「傷つきやすそうな優しい女の子」に見えるお人形のような顔と、濡れたように艶やかに光る長い長い黒髪。

 それは、中身がどうしようもないと知っている私でさえ、見惚れるくらいに、圧倒的に綺麗だった。

 ああ。神様はどうしてあんな卑しい精神に、あんなにも美しい肉体を纏わせてこの世にお作りたもうたのでしょうか。










 本当に姉は心の底から意地悪なひとだと思う。

 姉は私のものを取り上げるのが大好きだ。

 たとえば、母親が私に買ってくれたお気に入りのぬいぐるみ。わざと泥の中に放り投げられた。

 たとえば、私が授業で描いて県庁賞かなにかもらった絵。目の前でびりびりに破かれた。

 私の傷ついた顔を見て、姉は心底嬉しそうな顔をした。やっていることは悪魔そのもので、それでも、お人形のような顔は愛らしく可憐で綺麗なのが怖かった。

 姉は私が苦痛を感じたり、不幸になるのを見るのがたまらなく快感なようである。

 そんなに私の足を引っ張ることばかり頑張らなくても、別に、普通に彼女はルックスに恵まれて幸運のはずである。頭と成績が悪いのはただ努力してないだけだ。

 成績のことで両親に叱られるたびに、比較的成績の良い私を物凄い目で見るんだけどさ。私、関係ないよね?

 普通に地道に勉強頑張って、ちゃんと学生の本分まっとうしたらどうかなって、妹的には思うんだけどね。

 いつでも、間違った方向に全身全霊なんだよね。私の姉は。




 そして、本日。

 私の巧妙に隠したつもりでいた初恋まで、姉は汚した。

 泥まみれにしたぬいぐるみように。びりびりに破いた絵のように。

 さっきのことだ。

 授業がおわって、学校から帰宅する途中。というか、家の前での出来事だった。

 姉と、とある男子が情熱的なキスをしていた。

 私が2年間もずっと好きだった遠藤先輩だった。

 姉に覆いかぶさって夢中でキスしていた。

 顔を真っ赤にして「こんな可愛い女の子に触れていいのか」って感じで、こわごわと姉を抱きしめていた。

 彼の周りの空気だけが甘ったるくて、ピンクがかっていた。

 嘘だ。嘘だと言ってよ。誰か。

 ショックで頭が真っ白になりつつ、回れ右をせざるを得なかった。そんな私の震えるほどの情けなさは、語りたくはないので察して欲しい。

 なぜ私が避けねばならんのだと思う。思うけど、二人の横を絶対に通りたくはなかった。

 キスを受ける瞬間、姉は先輩の首の後ろに手をまわしながら、私をみつけて、目を合わせた。

 「にやり」と唇を得意げに吊り上げて、黒い髪をかきあげる微笑みがたまらなく気持ち悪かった。

 なにかに勝ったような微笑みだったけれど。あれは、なにに勝ったつもりなんだろう。

 傷つくまい、傷つくまいと、何度も深呼吸を繰り返した。

 けれど、胸の一番柔らかい部分を、土足で滅茶苦茶に踏まれたような痛みと屈辱はぬぐえなかった。



 走るな。走るな。と言い聞かせながら、足をゆっくりと動かして公園に着いて、周囲が無人なのを確認して号泣した。

 はじめての恋で、はじめての失恋だった。

 優しい先輩だった。

 顔はあんまり整ったほうじゃなくて、どっちかっていうと、のびたくんみたいな顔だったけど、姉の影響で美人が怖い私にはそんな顔が魅力的だった。

 きっちりしてるようで天然ボケで、なにかポカをするたびに困ったように頬をかくくせが好きだった。

 美術部の部活が一緒で、なにかと面倒を見てくれた。

 声が穏やかで、基本なにごとにも落ち着いてて、優しくて…。

 いつか、告白だってしようって思ってた。なのに。なのに。

 ああ。胸がむかむかする。気持ち悪い。

 っていうか。キスだよ。キス。

 姉さんはどーせ先輩のこと好きじゃないくせに、妹にあてつけるためだけにキスできるの?どういう神経なの?乙女の唇だよ。そんなに安いの?

 うわぁーーー。やだー。

 考えたくない。考えたくない。あんなひとの思考回路なんて考えない。考えたくない。

 深呼吸をしよう。

 別に恋が叶わないのはかまわない。

 そんなことは、よくある話だ。

 もし万が一、姉が遠藤先輩をなんの裏もなく好きなら、心の底から祝福しよう。花束でも贈ってあげよう。

 ただ、遠藤先輩を姉の戯れで傷つけるのは、許さない。

 妹だから。ある程度まで姉からの迷惑は我慢できる。被害が私だけなら。

 だけど私のせいで、遠藤先輩が弄ばれるのは絶対に許容しない。

 どうせ姉は本気ではないのだ。

 優しさだけが取り得のさえないタイプの遠藤先輩はたぶん姉の好みのタイプではない。

 いつものように私が欲しそうなものを見つけたから、泥をつけて踏みつけて汚したくなっただけだ。


 なら。


 私だって、考えがある。










 罠を用意する。

 幸い、ターゲットは嬉々としてこちらに近付いてくる。

 食後まったりした気分のときに、リビングで座っていると。姉がいかにも演技っぽい謝罪を顔に浮かべて話しかけてきた。

「ねえ。百合。変なものみせてごめんね? 私たちのキス、みえちゃったんでしょ?」

 浮かれきった高い声が私に絡みつく。

 くすくすと笑う顔が気持ち悪くてしょうがないけど、平然を装って対応する。

「ええ。びっくりしました。遠藤先輩とつきあってたんですねー、姉さん」

「うふふ。百合、ごめんね?」

 舌なめずりせんばかりに嗜虐的な歓喜を浮かべている姉に、私は小首をかしげる。

「なにがですか?」

「えー。だってぇ百合ってぇ、雅也くん…うふふ。遠藤くんがすきなんでしょ?ごめんねぇ。とっちゃって」

 ああああああ。

 小さい「ぇ」が気持ち悪いよ。

 わざわざ名前で一回呼ぶなよ。うふふじゃねーよ。ああもう血がつながってるの情けなくなるくらい性格悪いなあ。

 反射的に顔に出そうになる怒りと嫌悪感を無理やり押さえつける。

 自然に、自然にふるまうんだ。


「え?」

 心底キョトンとした声を出せた。オッケー。演技は完璧。

「やだなぁ。姉さん、なんか勘違いしてますよ。」

 呑気にニコニコと微笑んで続ける。

「私が好きなひとは違う人です。他の先輩ですよ。」

 姉の顔がギギギと引きつった。お望みの反応がひきだせなくてよほどご不満らしい。

「……へえ、なんだそうなの?やだぁ私勘違いしてたみたい。えーじゃあ、好きなひとってさ……誰なの?」

「えー。秘密ですよ」

 ここで素直に教えたら逆に不自然だ。言わない。

 でも、さっき、他の先輩だって分かりやすく誘導してる。

 私が「先輩」と呼ぶ人間なんてそう多くない。

 たぶん、姉は「餌」にすぐにたどり着く。




「餌」とは……志野森 恭助という名前の美術部の先輩だ。

 遠藤先輩の同じ学年同じクラスで、美術部一の変わり者。

 髪はぼさぼさでもじゃもじゃ。眼鏡はなぜか汚れまくって、正しい視界が見えてるのか怪しい。制服はいつもだらしなく着崩し、猫背が酷い。

 だけど、美術部における受賞暦は華々しい。

 彼の描く絵は、ただただ超絶に巧い。写真のようだ。

 そして、彼の絵は現実に写真のように写実的でありながら、どうしようもなく破滅的で攻撃的だ。

 「写真」のようでありながら「テーマ性」がある。矛盾してるけど、成立している。

 こう言っては悪口みたいだけど、彼の心の底にあるものが、たぶん破滅的なんだろうと思う。

 彼はただ目に見えるように描いてるのに、破滅的なモチーフに見える。それが、幸運にも絵画って枠に収められたときには、「芸術っぽい」んだと思う。あんまり羨ましくないけど。

 あー。えーと。そんなことは今はあまり関係ないか。

 大事なのは、彼が髪の毛とかボサボサで一見そうは見えないのに、噂にきくかぎり、女の子を月代わりでとっかえひっかえしてる、男女関係にだらしない男だということだ。

 よって、姉のことも簡単に好きになり、簡単に捨ててくれるだろう。そういう安易な作戦である。



 私は今日から彼に恋をする、ことにする。

 なので、今は部活なわけですが、決して遠藤先輩のほうは見ない。

 なにか言いたげにこちらをちらちら見てるけど、無視する。

 さっき、実際に「茜さんと僕、つきあうことになったんだよね。えへへ」って言われたけど、耳が遠いふりをした。ちょっと寂しそうだった。

 できるだけ志野森先輩を見ては、目を潤ませて、ため息をつく。ああ。金田一耕介みたいなモジャモジャヘアーが素敵だわー。(棒読み)

「どうしちゃったの?百合」

 落ち着きがなく、課題は静物デッサンのくせに、そわそわと視線を彷徨わす私に、親友の珠美――由岐村 珠美――が声をかけてくる。

「うーん。志野森先輩への片思いで胸が苦しい、みたいな?」

「……ああ。そうなんだ。」

 絶対零度のあきれた声で返された。

 すみません。部活やります。静物描きます。ティッシュ箱とコップを描きます。だから見捨てないでください。

 あわててスケッチブックに向かう私に、珠美はため息をつく。

 でもさー。

 昨日の今日で集中できないんだよね。

 ほら。なんか、線がふにゃふにゃする。描いては消し、描いては消す。まじめに10分くらい格闘してみたけど、やっぱりなんか全体のバランスがおかしい。

 ……ちなみに、珠美にはちゃんと説明してある。今日から、私は姉を騙すために志野森先輩に苦しくも切ない片思いをすることになっている、と。

 伝えた瞬間、かわいそうなものを見る目で見られた。…おおう。分かってる。哀れだよな。私。


「でもさ。……片思いですむのかな?」

 結局デッサンに集中できなくてぼんやり鉛筆をまわす私に、珠美はつぶやく。

「はい?」


「志野森先輩、あんたのこと好きなんじゃないかなあ」


 珠美は心底楽しそうににやにやした。

「はー。そんなわけないでしょ。そんなに接点ないし」

 そんなわけない。

 っていうか、好かれていたとしても、お断りだ。勘弁してほしい。

 だって、あのひと、描く絵が怖いんだもの。

 絵って、書き手の人格がなんとなーく滲みでるものだと思う。飽き性だとか、凝り性だとか、優しいものが好きだとか、神経質だとか。

 彼の絵はいつ見ても、なぜかとても怖い。

 危うい、と言ってもいいかもしれない。

 遠藤先輩とは真逆の個性だ。

 遠藤先輩の絵は、なんというか、ほわんとしている。安心する。

 志野森先輩のことは絶対に好きにならない。

 だからこそ姉の「餌」になんかできるのに。

 珠美ったらなにをおっしゃいますの?


「なんかね。志野森先輩、百合のことよく見てるよ」

 にひひと笑う珠美に作り笑いで返す。


「やだー。どーしよう。うれしー。」

「……ものすっごい棒読みよ。百合…」




もう、連載増やさないです。(決意)


「ヒロイン(笑)」で性格の悪い女の子を書こうとしたら、

このキャラめっちゃええ子やんって話になったので

どうしようもない人を書こうとして出来上がりました。


…ちょっとやりすぎた気がします。



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