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4.フォローしてみた。

「どうして今まで黙ってた」


 悠くんが帰ると、すぐさま部屋に連れ込まれた。ですよねー。話し合いは大事です。

 腕を組んで、真正面から睨まれてるよ。距離が近い。夫婦だし、この距離は慣れてるからいいけどね。


「前世などということは、信じがたいことですし」

「俺は信じる。せめて勇者を召喚してあいつの正体に気がついた時には言ってほしかった」


 拗ねてる拗ねてる。かわいいなぁ。……おっと、にやけたら睨みが強くなった。

 うーん、魔王討伐に向かう夫と勇者様に余計な情報を与えて混乱させたくなかったからっていうのが大きいけど、私自身も混乱してたしね。

 え、圭介さんに似てる。しかもユウスケって名前? もしかして悠くん! なんで!? ってビックリしてたわ。しかも召喚したのは我が夫。ちょっと私自身が気持ちを落ち着ける時間が必要だったのは確かだ。

 それに、最初は名乗る必要はないかなって思ってたのも事実。だって三歳になる前だったあの子は、二十歳になっていた。その間にいろんなことがあったのだろうし、相模悠子という母親がいない生活を送ってきたあの子に、今更名乗りでても苦しめるだけじゃないかなって思ったし。

 でも二人が討伐に行ってる間に、無事を祈りながら悩んで悩んで、ちゃんと言おうと腹を括った。

 せっかく会えたんだ。会えないはずの母と子が、転生とか召喚とかいろんな奇跡の果てにもう一度会えた。それを私が一方的に知っているのは不公平だろう。この奇跡があの子にとって良いものであれ悪いものであれ、知る権利がある。というか、私はあの子に母だと名乗りたい。

 そんなわけで夫に頼んで場を設け、名乗りでた。名乗るだけじゃ嘘くさいから、ものすっごく久しぶりに和食を作った。悠くんがばーちゃんと言ってたのは、圭介さんじゃなく私の母親のほうだろう。あの甘い味付けは相模悠子の家の味だ。材料が違うから同じじゃないけどね。

 そんな感じにいろいろと補強要素を散りばめたから、なんか思ったよりもあっさり信じてくれた。ありがたい。


「わたくしも驚いておりましたし、なによりお二人は魔王討伐というお役目についている最中ですもの。話すなら、帰還後にお二人の前でと決めておりましたの。第一、勇者様が前世の私の子だと聞いて、冷静にいられましたか?」

「……無理だな」


 ムスッとした顔で認める正直な人だ。


「前世であろうと、俺以外の男を愛して、結婚して、あげくに子どもを産んでいたとか腹が立つに決まってるだろ」

「まぁ。愛されていてうれしいですわ」


 もっとも、腹は立てても悠くんに八つ当たりはしなかったと思うけどね。だって無理やり召喚して勇者に仕立てあげたことには罪悪感あるみたいだし、個人的な感情はさておき、しっかりと悠くんのことを支えていたはずだ。

 心配だったのは、私が悠くんの母だと知っていた場合に、魔王との戦いでそこを突かれて精神攻撃うけることだったりする。夫の弱点は私だと自惚れているけど、たぶん間違ってない。


「前世の記憶は大切なもので、相模悠子として愛していた人達もとても愛しいですが、今ここにいる私が愛しているのはあなたです。あなたがいるから、私は相模悠子を受け入れた上で、アナベルとして生きていられるんです」


 まっすぐに目を見て告げると、夫の表情が緩んだ。頬と耳が赤くなってるよ。かわいいなぁ。好きだ。

 本当に、今の私があるのは彼のおかげだ。あの幼い日、何気なく慰めてくれた言葉が、私を救ってくれた。彼に出会わないまま成長していたら、私はアナベルの仮面を被った相模悠子として生きていたかもしれない。アナベル個人としての人格を放棄して。

 もしくは、強すぎる相模悠子の記憶を疎んで、かつて大事だった人達のことすら憎んでしまった可能性もあるかな。そんなことになっていたら、こうやって悠くんが勇者様として召喚された時に、私はあの子を害していたかもしれない。想像しただけで怖い。

 私は相模悠子でもあった、アナベルという女。この人の、妻。


「……そういえば、お前がなかなか俺の名前を呼びたがらない理由を、今日ようやくわかった」


 どうしよう。夫がニッコリ笑ってる。さっきまで赤い顔して緩んだ表情してたのに、怖いくらいにニッコリ笑ってる。目つき悪いせいで、普通の顔をしている時でも不機嫌に見えるのがデフォルトの我が夫だけど、私に向けて表情を緩めて笑う時はけっこう柔らかさがあるんだよ。

 なのに今は、意識的な笑顔だ。彼の意識的な笑顔は、威圧感があるってか挑発的なんだよな。ってか名前に関して言及されている今、この笑顔ってフツーに不機嫌な時のだわ。


「ケイスケ、というんだな。お前の前世の夫は」


 はい、圭介さんです。夫よ、笑顔の凄みが増してますよ。


「俺の名前を言ってみろ」

「――ケイネス様、ですね」


 アハハ~。そうだね。圭介さんとケイネス様似てるよね。ぶっちゃけ、幼い私が目つきと愛想の悪い彼に懐いた最初のきっかけは、名前だよ。ケイ様ケイ様と呼んで、うちに来た時には遊んでもらった。

 外見とか似ても似つかなかったけど、記憶の中にある圭介さんに似た名前を口にすることができるのがなんかうれしくて、ケイ様って呼んでた。ケイネス様って呼ばなかったのは、ケイスケって言い間違いそうだったからだ。

 ちなみに圭介さんのことも、結婚するまでは圭くんと呼んでた。今から思えばひどい身代わり行為だね。でも、「それもアナベルだ。受け入れろ」って言葉をくれた後は、心苦しくてケイ様呼びはやめた。だからといってケイネス様って呼ぶのも言い間違えたら土下座したくなるし、どうしても必要な時以外は名前で呼ばない。

 早くに婚約したから、人に話す時は「私の婚約者」とか言っていたし、本人に呼びかける時は「ねぇ」とかですませてた。代わりに、傍に寄って袖を引くようにしてた。

 正直結婚して夫婦になってからは楽だね。周囲には夫と言えばいいし、本人には旦那様と呼びかければいい。バンザイ!


「絶対に言い間違えるなよ?」


 了解です。肝に銘じております。実は過去に何度かポロポロと言い間違ってるけど、圭介さんのことを知らない時は聞き間違いとか滑舌が悪かったとか思われているだけだと思うし、バレてはいないはず。バレてないことを祈る。

 ってか、少なくとも結婚してからは言い間違えてない。言い間違えたのは娘時代のみのはず! ……だから見逃してくれ。


「当然間違えません。ケイス、……ケイネス様」

「おい」


 いろいろ考えながら答えたら、即効で言い間違った。ホントごめんなさい。今日はものすごく久しぶりに圭介さんの名前を声に出して何度も言ったから、つい。

 お詫びに、ケイネス様と連呼してみた。言い間違えなかったけど、連呼したら普通に噛んだ。そのうち早口言葉のノリになって、ケース様になった。睨まれて頬を引っ張られた。ごめん。ホントごめん。


「もう、旦那様でいい」


 我が夫は諦めた。へこんで肩を落としちゃったから、慌てて袖を引っ張って「申し訳ございません、旦那様」と謝った。そういえば、心の中ではごめんなさいって何度も思ったけど、口に出して謝罪してなかったわ。

 そのまましばらくへこんでたけど、大きくため息をついてからこっちを見て、頭を撫でてくれた。子供の頃から、私の頭を撫でるの好きだよね。私も撫でてもらうの好き。でも、私ばっかがいい思いするのも申し訳ないし、お礼に私も夫の頭を撫でてみた。……微妙な顔をされた。


「アナベル」


 ああ、やっぱり夫に名前を呼ばれるとうれしいなぁ。じんわりと染みていく。名前を呼ばれるのがこんなにうれしいんだから、夫のこともちゃんと名前で呼びたいなって思う気持ちもあるんだよ。言い間違えが怖いだけで。子供の頃から練習しているけど、自信ないんだよ。ごめんね。


 名前を呼ぶ代わりに、キスで応えるから許してね。愛しい人。


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