2.もてなしてみた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
緊張した様子で挨拶をした勇者様のお辞儀は、形は綺麗だけどぎこちなさ満載で微笑ましかった。
こちらの形とは少し違うし、勇者様の故郷のお辞儀だとすぐにわかった。しかも、先に挨拶を口にしてからお辞儀をする分離礼。お辞儀の角度も四十五度の最敬礼。ああ、就活対策とかで面接指導を受けたんだなぁと思ったことは表に出さず、ドレスを摘んで私も挨拶をした。
「妻のアナベルです。本日はお越し下さりありがとうございます。どうぞ、楽になさって」
それでも勇者様の緊張はほぐれないけど仕方がない。招かれた家で緊張するなというほうが無理だ。今は玄関フロアだから使用人達も出迎えているし。
「行くぞ。腹が減ったしさっさと食事をはじめよう」
夫が砕けた服装と物言いをしたことで、勇者様も笑顔になって夫の後をついていく。ああ、意外に懐かれているんだね。
正直、勇者様が夫を嫌うなり反発心を持っていてもおかしくはないと思っていた。だって、無断でこっちの世界に召喚した張本人は我が夫だ。もちろんそれは夫の独断ではない国の意向ではあったけど、その役目を担ったのは確か。しかも、目つきは悪いし態度も偉そうだし、若い男の子が慕うには難しいタイプだろうに。私が勇者様の立場なら、ムカついて噛み付いてる。
でも、慕う理由だってわからなくもない。言動や態度でわかりにくいけど、夫は自分が召喚した勇者様を気にかけていた。召喚後はなかなか家には帰ってこなかったもんね。その間、ずっと勇者様の傍にいたと聞いている。きっと、無理やり召喚し魔王討伐という役目を押し付けられたことに対する怒りを、自らが受けるつもりだったんだろう。そういうところが、好きだ。
「なんだこれ」
「……和食?」
先に食事が用意された部屋に辿り着いた夫が、ドアを開いた状態で立ち止まっていた。それに続いて部屋の中を見た勇者様も、驚きいっぱいの顔で呟いている。
そう、勇者様の言うとおり、本日用意したのは和食だ。勇者様の故郷の郷土料理。長年のリサーチのおかげで、和食を作る材料は把握済みだったのが幸いして、この食事会が決まった後にもすぐに用意出来た。
献立は、白ご飯に肉じゃがと玉子焼きとお味噌汁だ。お茶はもちろん緑茶を用意している。
「勇者様が日本人だとお聞きしたので、わたくしが作りました。お口に合えばよろしいのですが、久しぶりなもので少し不安ですわ」
「なぜお前が勇者の郷土料理なんて作れるんだ」
うふふと笑えば、夫に睨まれる。まぁそりゃそうだ。私達は幼い頃から婚約していたし、王都で不自由なく暮らしていた私を知っている。箱入り娘で、自分で料理をする必要性がない状態だったことも知っている。なのに自分で料理しているうえ、勇者様の郷土料理を作っているとかおかしいに決まってるよね。
「あら、それは食事をしながらお話すればよろしいじゃありませんか。冷めてしまいますし、早く食べましょう」
すでにデザート以外の食事は並んでいる状態だし、給仕の必要はないからと使用人達には退出してもらった。食べ終わったら、デザートを持ってきてもらうために呼べばいい。
夫は何か言いたそうだったけど、とりあえずは席についてくれた。「がんばって作ったので、冷めないうちに食べていただきたいのです」って言葉によって、渋々とだけどね。彼は私を愛してくれているから、私の手料理が目の前にあったらそりゃあ食べたいはずだもんね。ぜひたんとお食べください。
「いただきます」
「いただきます」
「……」
私と勇者様が手を合わせると、夫が私達を交互に見つめて訝しげな顔をしているけどスルーだ。せっかく和食を前にしているんだから、日本のマナーに合わせてもいいでしょう。なんでお前が知ってるんだって思われるのはしょうがないけどさ。
ああ、それにしても久しぶりの和食はホッとする。味見はしたけど、こうやってちゃんと食べるのは今の私になってからは初めてだ。似た食器がなかったのが残念だけどね。中身は和食なのに器がちぐはぐなのが不満ではある。
ちなみに私と勇者様にはお箸を用意したけど、夫はスプーンとフォークとナイフだ。だって絶対にお箸は使えないと思ったし。
不審げに夫は味の染みたじゃがいもにフォークを刺して食べた。おいしかったようで、次はにんじんにフォークを刺している。よかったよかった。一応夫好みに甘めの味付けにしたんだよ。それは私好みでもあるけどね。
「おいしいです! うちのばーちゃんもこういう甘めの味付けなんですけど、それに似てて懐かしいです」
勇者様も気に入ってくれたようでうれしい。ばーちゃん。ばーちゃんね。たぶんそうだろうなって思ったから、意外には思わないよ。
「アナベル、どこでこの料理を覚えたんだ」
ひと通り口をつけた夫が、改めて聞いてきた。食事をしながら話せばいいと言ったから、当然の流れよね。
「その前に、勇者様にお聞きしたいことがございますの」
でも、夫は後回しにして先に勇者様のほうを向いた。事情を話すにしても、先にこっちを確認しなきゃ混乱する。
「貴方の名前は、サガミ ユウスケでお間違いないですね?」
「え、はい」
「漢字はこうですか?」
予め用意していた紙にペンを走らせて「相模悠介」と書けば、勇者様はポカンとした顔で頷いた。ああ、その間抜けな表情はあの人によく似ている。でもこれで予想は確信になった。
私は背筋をピント伸ばして、驚いている夫を見てから勇者様に視線を戻す。そしてゆっくりと告げた。
「相模悠子。それがわたくしの前世の名前です。――悠くん、大きくなったね」
勇者様の手からこぼれたお箸が、カランと音を立てた。