1.お願いしてみた。
異世界から勇者様が召喚された。
ビックリだ。本当にそんなことができるんだ。しかも召喚したのは我が夫だ。二重でビックリだ。
私は関係者の妻だし、お顔を拝見したことはある。夫と話をしている声を聞いたことがある。でも直接言葉を交わすことはなかった。
そもそも王宮に勇者様がいらっしゃる期間が短かったから、ちゃんとお会いする機会がなかったんだよね。こっちに召喚されて早々に、勇者様は魔術士の夫を連れて魔王討伐の旅に出て行っちゃったんだよ。たった二人でって思うけど、そのほうが効率的なんだと夫が言っていた。ぶっちゃけ、魔王を倒して浄化するには勇者様の特別な力が必要だけど、魔王の元まで辿り着くのは夫がいれば十分らしい。チートだね我が夫。
勇者様が召喚されて、魔王討伐が達成されるまでの期間は一ヶ月と少し。その内の半分は勇者様がこちらの事情を飲み込むのにかかった時間だから、実質半月で魔王を倒したと言うんだからすごい。むしろ魔王達がかわいそうになってくる。いや、あいつらは人間を食料にしてたからかわいそうとか思う必要ないか。
とりあえず、夫が無事に帰ってきてくれてうれしいし、異世界から召喚されるっていう突然の拉致に遭遇した勇者様が無傷らしいのはホッとした。こっちの世界の事情でただでさえ精神的なダメージは受けてるだろうに、怪我までして痛い思いをするのはかわいそうだもんね。
いやまぁ討伐の最中は怪我したのかもしれないけど。我が夫がいれば治癒魔法で治っちゃうから、帰ってきた時はピンピンしてたって可能性はある。もし痛い思いしてたらごめんなさい。この世界に生きる人間のひとりとしても謝りたい。
「勇者に会いたい?」
それはそうと、私は勇者様にお会いしたいと夫に申し出た。
討伐から帰ってきても、凱旋パレードや祝賀会やらなんやらに駆り出されてなかなか家に帰ってこれなかった夫が、ようやく帰宅して部屋でくつろぎはじめると同時に申し出たせいか、顔をしかめられてしまったけど。
言い訳をするなら、出迎えた時には真っ先に夫の無事を喜んだよ。彼なら大丈夫だと信じていても、やっぱり心配はしていたしね。不測の事態が起こるかもしれないし、治癒魔法が及ばない精神的なダメージを受けることだってある。
魔にとって人は肉体自体が食料だけど、負の感情に満ちた魂も極上の食料だと聞いている。奴等は人の精神の弱いところを察する能力に長けていて、言葉や暴力で蝕むことを好むらしい。
夫は精神的にも強い人ではあるけれど、人間なのだから弱い部分だってきっとある。不安を感じないわけがない。討伐の旅に出てから――それこそ勇者様の召喚が決定してから、ずっと夫と勇者様の無事を祈っていた。
だからこそ、夫が討伐から王宮に帰還したと聞いた時は腰が抜けるほどだったし、この家に帰ってきた時だって涙を堪えることができなかった。抱きしめてくれたぬくもりに、どれほど安心したか。
でもまぁ、夫の無事を実感したら、次に勇者様のことが気になるのは仕方がない。
主に帰還後の祝賀や報告事務による疲れで自室のソファーに沈み込んでいた夫が、勇者様に会いたいと申し出たことに不満気な顔を見せたって、気づかないふりで微笑む。
「ええ、この世界のために剣を手にしてくれた異世界の方にお礼を申し上げたいのです。あなたが召喚し、あなたと共に魔王討伐を果たした方を、あなたの妻である私が直接お礼申し上げないのは礼儀に反すると思います」
無用な嫉妬を流すために「あなた」といちいち強調してみたけどね。不満そうな顔は相変わらずだけど、それを口に出すことはやめたようで、ため息をつかれた。
「あいつも祝賀が多くて王宮疲れしているようだし、一度こちらに呼んでもいいかもな。手配をしておくから、もてなす準備はまかせた。仰々しくはするなよ。俺達三人でゆっくり話をできる場にしろ。そのほうがあいつも安心する」
釘を刺してきた夫にビックリした。もともとゆっくりお話ができる場にするつもりではあったけど、わざわざそれを口にしたことが意外。夫が気にするほど勇者様が気疲れしているのか、単純に勇者様のことを個人的に気に入っているから堅苦しくない場を設けようとしたのか。
どちらにせよ、自分が召喚して共に旅した勇者様に労りの気持ちがあるようでよかった。






