噂話4
いつまでも睨んでいても仕方がないので今来た館への道を戻り始めた。
しばらく軽い雑木林の中を歩いていると、初めて通った時には感じなかった気持ち悪さがあった。見られているような感覚、今にもなにか出てきそうな雰囲気が漂っている。
そんなことを考えていると、不意に佳奈が僕の服の袖を摘まんだ。
「怖い?」
今さらなにを言っているんだろう。けどこうやって偽りでも余裕を出さないと僕の方が先に逃げ出してしまいそうだった。
「うん…なんていうのかな、こう…見られてるみたいで気持ち悪いよ…」
佳奈も僕と同じことを感じたらしい。
「そうだね、僕も感じる。佳奈、本当に怖いなら帰ってもいいんだよ。これからもっと怖い目に遭うかもしれないし、なにもわざわざ自分からそんなとこにいくことはないんだから。僕らに任せて安全なところにいたって誰も文句なんて言わないからさ」
もちろん自宅なら絶対安全とは限らないが、館の中に入るよりは確実に安全だろう。そうじゃないと困る。
しかし、佳奈は僕の言葉に静かに首を振った。
「ううん、17日しか時間がないなら同じだよ。どこ
にいても安全じゃないし怖い。それなら悠くんたちと一緒にいたい」
真っ直ぐに目を見て言われた。幼なじみとはいえ、なまじ綺麗な顔をしているためこんな状況にも関わらず少し気恥ずかしいものがあった。
「おい!ちょっとまてそこのバカップル。俺は弟と別れる覚悟までしてここにいるのになんだお前らは!けしからん、真面目にやれ真面目に。うむ」
「バカップルなんて、そんな…悠くんと私はそんなんじゃ!」
佳奈は少し怒って顔を赤くしながら坂守にくいかかった。
どうやら僕とカップルというのがいただけなかったようだ。やれやれ、昔はなにかある度に僕の服の裾を摘まんで泣くのを堪えようとして結局は僕に抱き着いて大泣きしていたというのに……ずいぶんと嫌われてしまったものである。
なんて、少々残念だったりしたが今はそんなことを言ってる場合じゃない。
「智、なにかおかしいよ。この道、館までこんなに遠かったかな」
「うん、それは僕も思っていた。悠也もそう感じているなら、僕の勘違いではないようだね」
「こんなの迷うような道じゃないし、なにかが起きてる」
館までの道は真っ直ぐだった。それに…いくらコンクリートで整備されていないとはいえ、一応砂利道で人が歩く道は出来ている。そこをただ真っ直ぐ歩くのに迷うことはまずあり得ない。ならばなにか起きていると考えるのが普通だろう。
「確かにおかしいよな、あーあ。嫌な考えがあたっちまった」
「嫌な考え?」
「詳しくは思い出せねぇけど、昔見た映画かなんかにこんなのがあったんだよ。道がそっくりだから、まさかなー。とか思ってたんだけど」
「多分それ、私も知ってる。都市伝説かなにかの特集じゃないかったかな。えーっと、内容は確か…そうそう、一本道なのにどれだけ歩いても目的地にたどり着けなくて戻っても同じ道をひたすら歩き続けることになる。そんな内容だったと思う」
それは少し困ったことになった。その内容が本当なら僕らはここで足止めされているようなものだ。時間に余裕がないというのに…。
「そうそうそれそれ。ちょっと思い出して、コワッ!とか思ったんだけどさ、ぶっちゃけ疲れるだけだよな。なんで昔は怖いなんて思ったんだか」
そう坂守が言ってみんなが、「確かに」と苦笑いをすると、目的の館が遠くに見えた。
「おや?どうやら怪奇現象も、怖がらない人間に頑張るのは無意味だと思ったみたいだね」
智がそう締めくくり、館に入って一回目の怪奇現象(?)は幕を閉じた。本当に怪奇現象だったのかも怪しいところだけど。もしかしたら、ただの勘違いだったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、目的の館までたどり着いた。相変わらず、近くにいるだけで得体のしれない恐ろしさがある。
「本当にお客様に対するマナーのなってない館だよな」
「お客様というよりは不法侵入者だろうからね。ある意味正しいよ」
確かに、この館は来るものは拒むくせに去るものは見逃してくれそうにない。
「二人とも冗談を言ってないで少しは覚悟でもしたらどうだい?もしかしたら、僕達はここから帰れないんだよ」
「俺は死ぬ気なんてさらさらないからな。それに、弟に電話した時。あん時に覚悟はもう決めた。もちろん死ぬ覚悟なんかしてないけどな。なにがなんでも生きて帰る、そう覚悟を決めた。こんな館ごときに呪い殺されてやるわけには行かないんだよ。もし本当にピンチになったらこんな木造建築燃やしてやっから覚えておけよ!」
「僕も、ここで死にたいとは思わないしね。寝心地は良さそうに思えないしさ。やっぱりずっと寝るところならもっと快適なところがいいしね」
「やれやれ、君たちには少しくらい緊張感をもって欲しい…けど、死ぬ気がないのは僕も一緒だよ。さっきも言ったかも知れないけど、まだまだ知りたいこともやりたいこともたくさんあるんだ。怪奇現象程度、簡単に解き明かして帰ってみせるよ」
「私も、まだ死にたくない。絶対生き残る」
智に言わせたら緊張感がないようだけど、そもそも僕達はオカルト研究会だ。これもオカルトなら怯えてばかりもいられない。それを解き明かしてこそのオカルト研究会なんだろうから。
四人が全員なにがなんでも生き残る覚悟を決めた所で僕達の命を掛けた戦いは始まった。
緊張感はないかも知れないけど、心の奥では誰もが恐怖感を持っていた。