悠久なる光
1:悠久なる光
暗い月を見上げていた。
彼女の瞳にはそれが映る。
大きな丸い、暗い月。
赤い空に浮かぶそれは不気味に思えたが、だがしかし、彼女には安らぎを与えていたようにも思える。
雑踏の町。人々が行き交う中、少女はただ一人で立ち尽くしていた。
彼女の纏った純白のワンピースが、その世界では異様なまでに奇怪を放っている。
だが人々はそんな彼女には気付くよしもなく、ただただ己の目標と言う名の欲望へと突き進む。
その結果少女の視界を遮り、彼女の瞳から光を奪っていることなど、気付けずにいた。
静かに朽ち果てる希は潰いえてしまう運命の袋小路に迷い混む。
それを誘ったのは誰なのか、あるいは何なのか。
彼女自身も自覚出来ずにいた。
無垢な少女の瞳の光を、人々は知らず知らずに奪っている。
だが少女は文句一つ言わずに、ただその雑踏の中で黒い影の群衆がうごめく垣間から光を再び瞳の中に宿すのだ。
時は刻まれる。それは同時に現在を過去へと葬る。埋葬された過去は二度と蘇えらない。
今この瞬間も、その瞬間も、決して切り取り胸に止めておくことなど出来やしない。
そして、未来はいつまで経っても未来でしかない。未来が現在に到達した時、それは既に未来でなく、さらにその未来だったものは過去の遺産と成り果てる。
なんとも皮肉なものだと純白ワンピース姿の少女は微かに豊艶な笑みを浮かたように伺えた。
突如悲鳴が響き渡った。狂気は狂気を呼ぶ。その波紋は広がりに広がり、ついには世界を包み混む。
狂気は狂気でしかない。だが狂気は凶器にも狂喜にもなりうる。そのことも少女は知っている。
途端に音が止む。黒い影のうごめきもその一片の残滓を残すことなく失せていた。
閑散とした世界で、少女は一人で立ち尽くし続ける。
音のない世界で、少女は空を見上げ続ける。
風は吹かない、止まった世界でただ一つ今なお沈んでいないのは、彼女の瞳に燈された暗い月だけだった。