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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『意志と感情』

俺の慟哭を貴女は知らない

作者: いかも真生
掲載日:2025/10/24

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

「義姉上、いつかこの力が、義姉上を、そして世界を壊してしまうかもしれない」

「もしそうなったら、またおまえに助けてもらうわ」


幼い頃、義姉の魔力が暴走した。

無我夢中で、何をどうやったのかはまったく覚えていない。

だが、どうやら俺がそれを鎮めたらしい。

不安で震える俺に、義姉は微笑みながら冗談めいた言葉を返した。

その笑顔と声を、俺は今も忘れられない。


それから幾年も経った今、彼女と婚約者が笑顔を交わす姿を見ると、胸が痛む。

腹違いでありながら、俺はずっと彼女を守る存在で在りたいと心に誓ってきた。

しかし、それは日常の平穏に潜む錯覚でもあった。

義姉の未来に波が立つ瞬間を、俺は目撃してしまうことになる。

午後の光が室内を柔らかく包む。

義姉は薄く微笑みながらティーカップを傾け、縁を撫でている。

あれは落ち込んでいる時の癖だ。

その仕草だけで、胸の奥が締め付けられる。

そして婚約者の笑顔が、俺の心をかき乱す。

俺は無力だ。

何もできない。

ただ、守りたいという想いだけは強くなる。

義姉達が穏やかな交流を重ね、義姉の癖を見かける頻度が減ったことに安堵した矢先。

社交界に一人の少女が現れた。

平民出身ながら、並外れた魔法の才を持ったその人は。

仕草や愛嬌で人を惹き付け、あろうことか。

義姉の婚約者をも陥落させてしまったのだ。

義姉の婚約者は吸い寄せられるように彼女へと視線を向け、笑みを浮かべる。

心を揺らしていることまでありありと分かってしまう。

その様子を見てしまった俺の胸は、嫉妬と焦り、そして無力感が渦巻く。

義姉は、ただ優しく微笑むだけだ。


「……義姉上」


声をかけることすら躊躇われた。

何を言えばいいか、わからない。

喉が詰まり、言葉が出ない。

胸の奥で何かがうねり、世界が微かに揺れるような感覚。

俺はただ見守るしかできず、己の無力さに打ちひしがれる。

義姉が一瞬、俺を見た。

微笑み、そしてすぐに視線を逸らす。

無邪気な笑顔、しかしその背後には積み重なった影がある。

黒い影が、蠢く何かが、確実に広がっているような気がする。

俺はそれを止めることも、理解することもできない。


「大丈夫か?」


ようやく声が出た。

義姉の身体が微かに震え、瞳の奥に怯えがちらつく。

理由は聞けない。

聞くことも許されない。

腹違いだからこそ、強く言えない。


「世界を犠牲にしてまでも愛するものを守るという理想は、結局無意味だと思うのよ」

「は?」


ドクリ、心臓が大きく揺れた。

けれど窓の外に視線を投げている義姉は、俺の様子に気づくことはない。


「仮に、守る対象も自身も、世界から独立した存在であるとするならば、世界を犠牲にすることに何の問題もないでしょうね。けど、どちらかがそうでないならば。犠牲になる世界に巻き込まれてしまうでしょう?相手をどこかへ取り残してしまうつもりなのかしら」


苦笑する義姉の視線の先には、何が見えていたのだろうか。

結局、義姉が何を伝えたかったのかは分からないまま。

漠然とした不安だけ込み上げていた。

守りたい。

守らなければ。

その想いだけが空回りして、胸を強く締め付ける。

ある時から、義姉の魔力が乱れるようになっていた。

義姉の婚約者と元平民の少女の逢瀬を目撃する頻度が増えた頃だったように思う。

義姉の魔力が乱れる度に、俺は駆け寄ろうとした。

けれどその瞬間、義姉は必ず一歩引く。


「大丈夫よ」


そう笑いながら、扇で視線を遮ることもあった。

何気ない仕草に見えて、俺を巻き込みたくないという意思表示。

俺にはわかってしまう。

義姉は俺を守っているのだ。

幼い頃からずっとそうだ。

俺が彼女を助けたはずなのに、いつも俺は守られてしまう。

その優しさが、俺をどれだけ苦しめるかも知らずに。

俺は守られるために生きているんじゃない。

義姉を守りたいのに、義姉がそれを拒む。

その事実に、胸の奥で何かが軋んだ。

そして、迎えた悪夢の日。

義姉の婚約者が、婚約の破棄を高々と告げた。

黒い影は背中から広がり、義姉を包み込む。

胸の奥で熱がこみ上げ、涙が溢れそうになって歯を食いしばる。

喉から押し殺した音が漏れた。

義姉は俺の想いも、俺の決意も知らず、静かに呼吸する。

ああ、どうして俺は、ただ立ち尽くすしかできないのか。

そうして、振り返った義姉が低く、落ち着いた声で絶望を告げた。


「さあ、私を殺しましょう」


心臓が張り裂けそうだ。

理解できない。

信じられない。

頭が真っ白になり、体が硬直する。

俺の中で何かが崩れ、声が震えながら喉からこぼれ出る。


「できるか!何を言うんだ、義姉上!」


必死に手を伸ばすが、指先が触れそうで、触れない。届かない。

黒い影は増幅し、義姉の身体を包み込む。

影は墨を垂らしたように広がり、義姉の輪郭を溶かしていった。

魔力が空気を歪め、静寂を引き裂く。

心臓が痛む、全身が熱くなる。

義姉はまろく微笑む。

あのやわらかい笑顔で、俺の胸を貫く。


「そうは言ってもね?ようくご覧なさいな……同化が終えそうだってことぐらいわかるでしょう?」


笑っている。

口角の上がり方、冷静さ。

不自然に感じるほどの普段と同様の姿は。

その覚悟を強く宿した瞳に裏打ちされ。

無力な俺の胸に、深く深く刺さる。

ざわめくホール。

貴族達の視線。

魔力のうねり。

全てが渦巻く中で、俺は立ち尽くす。

義姉の手を取ることも、止めることもできず、胸の奥で絶望が爆発する。

全身が冷えてかたまったように、上手く息ができない。

無力感、嫉妬、恐怖、切なさ──そして、思慕。

全てが入り混じり。

涙だけが止まらない。

嫌だ!と叫びたいのに声が、出ない。

最後に、義姉が低く一言。


「 終わりは、おまえに任せるわ 」


耳に残るその言葉。

俺は気づいてしまった。

義姉の哲学が、あの時の言葉が。

すべてこの瞬間のためにあったのだと。

生きてほしい。

ともにいてほしい。

けれど、優しい彼女に世界を滅ぼさせるわけにはいかない。

強い彼女の心が壊れていく様を見続けることもできない。

そして、義姉が願ったその意志を──俺は裏切れない。

俺の胸に刻まれた慟哭だけは、永遠に消えることはないだろう。


ご一読いただき、感謝いたします

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