残りものはお嫌でしょう?
幼少期のアネッサ・シンディーナをどんな娘か一言で形容するなら、『姉御娘』であった。
気が強いがしっかり者で、年下の面倒見も良い子爵令嬢として評判だった幼少アネッサ。
母親が王妃とアカデミー時代からの親友だった縁もあり、彼女が8歳の時に 2つ年下の第一王子の友人兼お目付役に抜擢された。
さて、その第一王子。名をリルブロといった。
どんな子供だったか一言で言うと――『クソガキ』である。
「初めまして、リルブロ様」
「おまえがアネッサか?」
「そうです」
「ふうん、なかなかかわいいじゃないか。いいだろう、おれのけらいにしてやろう」
初対面でそんなことを宣ったリルブロ。
初対面で受けた印象に違わず、大人の言うことを聞かない、勉強はサボる、アネッサにちょっかいをかける、なんてことは日常茶飯事だった。こっそり王城を抜け出して周囲が大騒ぎする中、芋畑で昼寝していたこともある。
初めは我慢していたアネッサ。
しかしある日、同世代の集まりに参加したとき、「残り物は嫌いなんだ」と順番を無視して断りなく一番にプレゼントを奪い取り、最後に残った菓子を図々しく頬張ったあたりで、元来気の強い彼女の堪忍袋の緒が切れた。
叱り飛ばし、「態度を改めないともう遊んでやんない!」と啖呵を切ったあたりでリルブロは泣き出した。
以後アネッサとリルブロの間には姉弟のような上下関係ができ、その関係は十二歳になったリルブロが国外に留学するまで続くことになる。
さて、そんな二人が久しぶりに再会したのは、リルブロが留学から帰って王立アカデミーに編入してきた時。
アネッサは18、リルブロは16になっていた。
再会の日、アネッサは後ろから話しかけられた。
「おっす、アネッサ!」
振り向くと、そこには見覚えのある人懐こい笑顔があった。
ただ、面影こそ記憶のままだが、髪も身長も伸び精悍になった姿のリルブロがそこにはいた。
「……なんてね。すぐに僕だとわかってくれたかい?」
「勿論ですよ。でも、すっかり大人になられていて驚きました。こうして再会できて嬉しいです」
「不躾に話しかけてすまなかったね。こちらこそ……ええっと、君がこんなに美しくなっていて驚いたよ」
「いえそんな、わたしの方こそ、過日は大変な失礼を申しておりましたことをお詫び申し上げます」
リルブロ様、素敵な紳士になったなぁというのがアネッサが初めに抱いた感想だった。
一方で彼らしいちゃめっ気も残っており、それもなんだか嬉しい。
さて、そんな再会を果たした二人ではあるが、身分差も学年の差もあり、昔のように親しく付き合うことはなかった。
ただ、アネッサが王立アカデミーにいる一年間は、すれ違うに度にお互い微笑みあったり、こっそり手を振るような関係が続いた。
一年後、アネッサは優秀な成績でアカデミーを卒業し、この時から、リルブロとの交流はさらに減る。
手紙でやり取りは続いていたが、顔を合わせる機会は殆どなくなり、会話することはもはや皆無となった。
アネッサもリルブロも結婚相手を探す時期なので社交パーティーには当然参加する。
ただ王子であるリルブロの婚約者候補となるのは、ほぼほぼ伯爵以上の高位家格の令嬢だ。つまり、子爵令嬢のアネッサとは場が合わない。
この頃、アネッサの花婿探しは中々難航していた。
中々良い縁談が来ず、やっと来たと思った場合もどういったわけか、最後の方に相手方から断りの連絡が入るのである。
もしかしたら幼少期、お姉さんキャラとしてリルブロをはじめとした歳の近い子供達をシメていたのが伝わったのかもしれない。
婚活と並行し、父親の事業を補佐してバリバリ活躍しながらも『気の強い女よりも従順で可憐な方が好まれるのだろうか』などとちょっぴり凹むアネッサ。
一方、リルブロからの手紙を読んでいると、彼もまた結婚相手が中々決まらないらしい。
引く手は数多のようだが「妥協したくない」と断っている様だった。
立派にはなったが、我儘なクソガキ成分も残っていたのかしらとアネッサは思った。
結局、リルブロと同年代である伯爵以上の家格の令嬢は全滅し、やむなく子爵位の令嬢との縁談話が持ち上がる。
その一発目としてアネッサに白羽の矢が立ったのは、彼女が24でリルブロが22の時だった。
(え、やだ。リルブロ王子、めちゃくちゃカッコよくなってるじゃない)
久しぶりに会う、すっかり大人になったリルブロを見てアネッサはそんな事を思った。
ただ、自分はもう結婚適齢期を過ぎつつある、いわゆる『残り物』だ。それと男性王族は30を過ぎた頃に10歳以上年下の妻を迎える前例が多々あり、そうなる可能性が高いと噂になっていた。
「王子の方からご足労くださりありがとうございます。それでは、今回はお互いご縁が無かったと言うことで……」
だから変なこと期待をして傷つくよりも、あっさりスマートに別れようと、アネッサはそう考えた。
「いや、ちょっと待ってくれ!僕は今では結構な優良物件になったと思うよ」
「はあ、まあそれはそうですよね。評判も良く、実績も多々あげられていますし」
「じゃあ、なんですぐ破談にしようとするんだよ!」
リルブロの言葉に、まあ確かに色々説明を端折りすぎてちょっと失礼だったか、結論は変わらずとも、手順を踏むことは大切だったなと思い直す。
「だってほら、私ではつり合いが取れませんし、殿下は昔から『残り物』はお嫌でしょう?」
「そうか……まあ確かに昔言ったよ、『残り物は嫌だ』って」
ジョークを交えて話しつつ、アネッサは「ほら、やっぱりね」と少々卑屈な気持ちになった。
しかし、それに気づいたらしいリルブロは、「待って、結論を急がないでくれ!」と慌てた様子で付け足す。
確かに『残り物』は嫌だよ。でもね――
『最後の一つ』は好きなんだ。
珍しい呆けた顔でポカンとするアネッサ。
意味をじわじわと理解した頃、彼女の頬は赤く熱を帯びていった。
「色んな高位令嬢と会ってみたが、家格の高さを付加しても、アネッサよりも良いと思う女性はいなかったよ。だからアネッサ……僕と結婚してほしい!」
どうやらリルブロは、留学の少し前にはアネッサを異性として意識し始めていたらしい。同世代の周囲がだいたいが媚びてくる中、一番近くで言うべきことを言い、遠慮なくグイグイ引っ張ってくれるアネッサは彼にとって特別な存在だったようだ。
そして、再会した時により一層美しくなったアネッサを見て、改めて惚れたのだと言う。
ただ、その時二人には身分差があった。
しかし、どうしてもアネッサと結婚したかったリルブロ。王族として方々で期待された以上の成果を出しつつ、根回しをしながらチャンスを窺っていた。
幸いにもアネッサはアカデミーを優秀な成績で卒業しその後も父親の事業補佐で実績を積んでいた。
そんな彼女の有能さや、母親同士の絆の深さも後押しとなって、この縁談話が実現した訳である。
「そういえば初めて会った時、リルブロ様は開口一番に『家来にしてやる』って言ってきましたね」
「あー……アネッサを一目で気に入ったから、ついそんなことを言ってしまったのだろう」
初めて会った時からこの未来に導かれていたようで、アネッサはなんだか嬉しくなった。
ただ勿論、運命の相手だろうと夫婦がずっと円満というのはあり得ない。
特にこの夫婦は、元来気の強いアネッサと、成長したとはいえ元はクソガキだったリルブロの二人だ。
当然、少々揉めることだってある。
でもそういう時は、頃合いを見計らって「態度を改めないともう遊んでやんない!」とアネッサが啖呵を切り、リルブロが「おいおい、勘弁してくれ……」と白旗をあげる。
そして笑い合うのが、この二人の特有の仲直りの合図。
8/26追記
沢山のポイント、ブクマありがとうございます。
新作できたので、下にリンクを貼りました↓




