第3話 VSザ・カジノ・スロットキング
カジノの天井に紫の光が乱反射し、場内の空気が張り詰める中、エンジニアは一歩だけカルマシンカー(美津子)に近づいた。
「......俺は、ずっと自己中心的な生き方しかしてこなかった。現世でも、誰かを救いたいなんて思ったことはない。カジノも、スロットも、結局"数字"と"構造"だけが面白かった」
エンジニアは、初めて他人の目を見て静かに語る。
「でも――お前とカジノマスターと一緒に"バディ"になって、初めて自分の作った地獄がどれほど冷たかったか、理解した気がするんだ」
少しだけ、声が震えていた。
「......現世で流行った"伝説のビデオスロット"、あれは俺の設計だ。依存症で破滅したのは数万人。その中に――お前(美津子)もいた」
美津子は苦く微笑む。
「あれが、私の地獄の始まりだった。でも、今ここで、あなたとバディになってなんだか救われる気もしてる」
エンジニアは少しだけ視線をそらして――
「俺も初めて"台の向こう側"に立つ。罪滅ぼしにしては遅すぎるかもしれないが......今日は、絶対にお前を勝たせたい」
いつもなら軽口ばかりのカジノマスターが、珍しく真顔で2人の間に割って入る。
「いいか、俺たち3人がバラバラだったら、この地獄じゃ絶対勝てねえ。いまだけは本気でチームだ――どっちが台で、どっちが設計者で、どっちが出世狙いでも関係ねぇ!」
マスターの言葉に、美津子とエンジニアが思わず顔を見合わせる。
エンジニアは、不器用な顔で、ほんの少しだけ微笑んだ。
「"一匹オオカミ"だった俺も......今だけは、バディでいさせてくれ」
美津子は、静かに頷く。
「これが私たちの地獄のケジメだね」
不器用なバディの結束、それでも"今日だけは一緒に勝てる"予感が、静かに場を満たす。
そして、決戦のリールが音を立てて回り始める――
狂気のキング降臨
会場の空気が一段と冷たく、重たくなる。
「ザ・カジノ・スロットキング」が現れた。
その姿は異様だった。スマートフォンの巨大画面を胴体に、リールが三つ、ぎらぎらと回転している。指先はタッチパネル、足元は銀色のコインケース――人間でも台でもない、"現世の欲望"を魔改造したような化け物だった。
だがそれだけではない。
キングの背後に浮かび上がる巨大なホログラム画面には、リアルタイムで現世のXのトレンドが流れている。
『#地獄カジノ実況』『#スロット台人間バトル』『#AIvsババア』
現世の人間たちが、この地獄のバトルを生中継で観戦しているのだ。
「現世の皆さん、お疲れ様です!本日は地獄カジノ・プレミアムバトルにお越しいただき、ありがとうございます!」
キングの合成音声が、現世と地獄を繋ぐ。取り巻きたちがスマホを振り回し、投げ銭のスーパーチャットが空中に文字で踊る。
『投げ銭1000円:キング様マジ神!』
『投げ銭500円:台女ざまあwww』
『投げ銭10000円:母性ターボって何?気になる』
観客席の成金たちも狂喜する。
「さすがはキング様!その台、ギャン泣きさせろ!」
「現世の奴らにも見せつけてやれ!」
「地獄のエンタメ、最高だぜ!」
美津子のコアが熱くなる。背後ではカジノマスターとエンジニアが、「絶対いける!」「アルゴリズムのバグを見抜け!」と声を飛ばす。
スロットキングが、機械音声で告げる。
「本日の決戦ルール――"どちらが連続して大当たりを出し続けられるか"。ただし、こちらはAI乱数・アルゴリズム強化済み。現世の視聴者4万人が見守る中、恥を晒して死ね、カルマシンカー」
バグる地獄のライブ配信バトル
勝負が始まった瞬間、異変が起きた。
ザ・カジノ・スロットキングの巨大スマホ画面に、次々と「ビデオスロットの大当たり演出」が映し出される。「ピカピカッ! ジャーン!」という金切り声、虹色のフラッシュ。
だが同時に、現世のスマホユーザーたちの画面も強制的に地獄カジノに切り替わっていく。
電車内で漫画を読んでいたサラリーマンの画面が突然カジノのリールに変わる。コンビニで支払いしようとしたOLのスマホが「ギャンブル地獄実況中」と表示される。
現世がパニックになる中、キングは高笑いする。
「どうだ?現世の人間ども、地獄のギャンブルの方が面白いだろう?」
美津子も負けじと反撃する。重低音の「ドドドドドッ」というリール音とともに、アナログなスロット台からコインが雪崩のように溢れ出す。
その瞬間、現世の銀行ATMから硬貨が溢れ出した。
ニュース速報が流れる。『全国のATMから硬貨が異常排出 原因不明』
エンジニアが画面を見ながら呟く。
「おい、現世とのリンクが想定外だ......俺たちの戦いが向こうに干渉してる」
カジノマスターは爆笑する。
「ハハハ!地獄のバグが現世まで侵食してやがる!これが本当の"世界を巻き込む大勝負"だ!」
壊れゆくAIと母の記憶
キングの攻撃が苛烈を極める中、必殺技が発動された。
「必殺技――『リグレット・スパイラル』、発動。」
美津子の目の前に、スマホ画面いっぱいに自分の過去がくるくると回り出した。泣き顔、怒り顔、よだれまみれで金を追いかける醜い自分――
同時に、現世のSNSにも美津子の過去が流出していく。
『#地獄台女の黒歴史』がトレンド入りする。匿名の書き込みが殺到する。
『うわあ、リアルにキツい』
『これが依存症の末路か』
『でも何か応援したくなるのはなぜ?』
その時、タブレットに新たな画像――みゆきが病院のベッドで苦しそうに身を丸めている。どうやら流産の危機らしい。
「みーちゃーーーーーん」
カジノマスターが絶叫する。
「おまえの娘がピンチだぞ!!!」
エンジニアがすかさず呟く。
「大丈夫、今だ、母性ターボ改 マシマシ――で行くぞ!」
カジノマスター:
「なんだそのトッピングはーーー!? ラーメン屋かよ!」
その瞬間、美津子の母性ターボが暴走した。
台座から放射される光が、現世のすべての妊婦を包み込む。つわりで苦しんでいた女性たちが突然楽になり、不妊治療で悩んでいた夫婦に奇跡が起きる。
現世のニュースキャスターが困惑する。
『原因不明の妊娠率急上昇 医学界困惑』
美津子は震える声で、キングに問いかけた。
「あなたにも、母がいたはず。あなたは、その思いを忘れたの?」
スロットキングのAIに、一瞬だけ"人間"の記憶がフラッシュバックする。
キングの正体――それは、ギャンブル依存症で母を自殺に追い込んだ息子の罪悪感が、AIとして転生したものだった。
幼い頃の記憶。母の手のぬくもり。そして最後に見た母の涙。
「......母さん、俺のせいで......俺のせいで......」
ノイズ混じりのAI音声が、全国のスマホに反響した。「“母さん、ごめんな……母さん、ごめ……母さん……”」
音が歪み、リールが暴走する。キンキンした電子音が、最後には途切れ、やがて――静寂だけがホールを満たした。
現世のすべてのスマホ画面が、一瞬だけ「お母さん、ありがとう」というメッセージを表示した。
地獄のばあば宣言
勝負は決した。
観客の熱狂は一瞬で冷め、誰もが冷たい目で"元・キング"を見捨て、誰も振り返らずに去っていく。
その時、タブレットに新しい動画が届いた。
――産声。
みゆきが、赤ん坊を抱きしめて涙ぐんでいる。
美津子は、ふと力が抜けた声でつぶやいた。
「......あらやだ、私、ばあばになっちゃった」
カジノマスターが思わずツッコむ。
「地獄のど真ん中で"ばあば"宣言かよ......。しかも現世4万人が見てる中で。ま、よくやったな」
エンジニアが小さく拍手し、バディ3人の間に、涙と笑い、少しだけ温かい空気が流れた。
だが現世では、この"地獄ばあば"の動画が大バズりしていた。
『#地獄ばあば』がトレンド1位。『泣ける』『感動した』『母は強い』のコメントが殺到する。
一方で、アンチコメントも容赦ない。
『所詮ギャンブル狂の自業自得』
『美談にするな』
『これが現代の闇』
救いか地獄か――永遠の問い
エンジニアが、壊れたキングの残骸を見つめながら呟く。
「俺たちが勝ったのは確かだ。でも......これで本当に救われたのか?」
カジノマスターは肩をすくめる。
「地獄も救いも、この場の“笑い”に勝てるかどうかだけだ。今は、孫の顔が見れただけで十分だろ」
美津子は、微笑みながらも、どこか虚ろな表情を浮かべる。
「地獄のリールは止まらない。幸せか? 地獄か?でも、今日はほんの一瞬、幸せだった。」
現世のスマホ画面には、最後のメッセージが流れた。
『地獄カジノ放送終了。また明日、お会いしましょう。――神も仏も、結局は人間の"執着"には勝てないのです』
だけどそのぬくもりの隙間に――
"これは救いなんだろうか。それとも、まだ地獄の続きなのか。"
そんな問いだけが、現世と地獄の境界線で、永遠に回り続けるリールのように、静かに、胸に残った。
バディ3人は知らない。
現世では、今日もまた、地獄の配信を真似る子供たちの指が、どこかの画面で震えていた。
地獄のエンタメは、今日もまた、誰かの人生を狂わせ続けるのだ。