2話 魔改造バディ
「最終段階、始める」
エンジニアが、放射能レベルで光る蛍光グリーンの液体を注射器に吸い上げる。その背後で警告灯が発狂したように赤く瞬き、天井からは「死の霧」と書かれたガスが白骨のように降りてくる。
「これは"絆強化血清"。企業秘密だが——副作用で記憶と現実が、完全にバグるかもしれない」
彼はいつもの無表情、朝のコーヒーに毒を混ぜるみたいに無造作に私の配線に針を突き刺す。
「おい、"完全に"って何だよ! 前回お前が"少し"って言ったせいで、俺の台が3日間逆回転して客が吐きまくったの忘れたのか?」
カジノマスターが機械音声みたいな悲鳴を上げる。
「あれは予想の範囲内だ。今回は大丈夫——いや、絶対に大丈夫ではない」
「"絶対に大丈夫ではない"が一番ヤバいやつじゃん!」
美津子——私は「まあ、爆発しなきゃ御の字です」と、どこか他人事みたいに答える。
「だから怖いんだよ、あんたのそういう末期的な天然が!」
現世侵食開始
液体が配線を流れ、私の中枢へ。途端に、視界がグラグラと揺れ、現世の記憶と異世界のデータが大爆発した。
画面に、みゆき——幼い日の娘が笑う。
だが次の瞬間、謎のエラー音と共に、夫との結婚式の映像が「呪いのリール演出」としてエンドレス再生され始める。
「おめでとう......オメデトウ......オメデトウ......」
自分の祝福ボイスが異様に反響し、スロット台の外部スピーカーから垂れ流される。
カジノの空気が絶対零度まで凍る。
「おい、エンジニア、これ何の拷問だ!?」
「副作用。記憶の"母性領域"が、スロットの勝率演算と競合している。実に興味深い地獄だ」
「興味深くねぇよ!」
さらに、カジノの壁一面に"みゆきの日常"ライブ映像が流れる。
娘が職場で上司に詰められ、「すみません、すみません」と頭を下げている。
私の内部で、何かが核分裂した。
母性暴走モード
「......今の映像、リアルタイム?」
美津子の声に、いつものボケが消え、殺気が宿る。
「ああ、現世とのリンクが一時的に開いている。想定外だが、理論上は現世への干渉率が1%から——**30%**まで上がった」
「30%って......もう現世乗っ取りレベルじゃん!」
カジノマスターが妙な目をする。
「ってことは俺も、娘の婚活アドバイスを現世で全国放送できる!?」
「理論上は可能。ただしエネルギー消費が地球破壊級なので、長時間は推奨しない」
「5分で十分だ! 娘に"出会いガチャ"の必勝法を——」
その時、私のシステムが急に再起動を始めた。
「母の呪詛インフィニティ:レベル∞」
次の瞬間、日本中のテレビとスマホが一斉にバグる。
駅のホームでは『夜ふかし禁止』が発車メロディになり、“幸せになれ”の通知が全ネットを駆け巡る。
現世と異世界が完全に逆流している。
カオス・シンフォニー——
一瞬、音も光も消えた。
私は、ただ娘の名を叫んだ。それすらバグとして処理された。
「バグだ!」「いや、進化の暴走だ」
エンジニアは興奮気味にタブレットを連打。
「カルマシンカーの善行レーダー、発動。半径200m以内の困った人を自動検出——」
映し出されたのは、みゆきの隣人の老人が転倒して動けなくなっている映像。
「自動介入プログラム、起動準備中」
「もう、宇宙がカオスすぎる......」
カジノマスターが呆れ顔で言う。
「で、こんな世界崩壊状態でスロットキングに勝てるの?」
美津子が不安そうに言う。
「人の心"を計算できるアルゴリズムはない」
「母性と執着は、時に確率を殺す」
エンジニアの目が初めて、ほんの少しだけ狂気を帯びる。
地獄バディ結成
「じゃあ作戦会議だ!」
カジノマスターがパンッと手を叩く。
「天然バグのカルマシンカー、理屈の墓場掘りエンジニア、そして俺の絶叫兵器——この地獄バディで天国まで核爆弾持参で殴り込むぞ!」
「天国って、本当にあるんですかね......」
「なければ力づくで作ればいい」
エンジニアが静かに言い切る。
機械音が静まる。魔改造は完了した——はずだが、どこかで常に"母の声"がスピーカーから永遠に漏れ続けている。
私は新しい力の目覚めを感じる。
現世への執念、家族への狂気、仲間との信頼——全部、私の大量破壊兵器だ。
「さあ、スロットキングとの世界終焉バトルだ」
エンジニアがスイッチを切る。
「絶対、負けない。みゆき、おかあさんが地獄から愛を届ける」
地獄でしか生まれない絆が、最強の武器になるかもしれない。
——でもいいさ。
「バグだらけでも、この仲間なら、奇跡のバグだ」
地獄から手を伸ばせば、天国のドアくらい壊せるだろ。
現世も異世界も、どこまでもバグらせてやる——地獄バディと共に。
神も物語もバグってしまえ。
このバディで、私は運命すら書き換える。