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第4章 魔改造バディ、地獄を進化する

 第1話「新ステージ、エンジニア登場」



 かつての場末カジノは、安っぽい照明と汗の匂い、下品な大騒ぎと泣き声が混ざっていた。 でも、あの日々はもう終わった。


 いま私がいるのは―― 天井が教会の尖塔よりも高く、シャンデリアが氷の女王の瞳のような光を放つホール。 赤い絨毯は血のように深く、磨かれた大理石の壁は墓石のように冷たい。 美男美女のディーラーは人形のように無表情で、愛想ひとつない。まるで感情を外科手術で切除されたかのように。


 成金たちは金の鎖を首に巻き、貴族は先祖の威光を纏い、冒険者は血の匂いを香水代わりにしている。

 みな着飾り、静かに札束を積む。


  だが、その瞳の奥にある"欲"は、場末よりも貧相で、冷たく乾いている。 上品に磨き上げられた欲望ほど、醜いものはない。

 笑い声も、ささやき声も、どこか空虚で―― まるで死人が社交辞令を交わしているかのよう。どこにいても、私のぬくもりはここには残らない。

 しょせん、高級は虚飾にすぎない。


 そんな中、元ステージマスターが不自然に輝く金ピカの時計を直しながら、ぎこちなくタキシードの襟を整えている。 彼は無理に低い声で言った。


「これからは"カジノマスター"と呼んでくれよ、カルマシンカー」


 着慣れないタキシードの裾をいじりながら、肩書きだけ一丁前で、中身は全然追いついてねぇ――そんな顔で、場末のギラつきを一瞬だけ見せた。


「なあ、カルマシンカー。ここじゃ"高級"ぶってるけどよ、中身は場末よりよっぽど貧相だぜ。ま、俺もこの時計、実は質屋で三回は見たやつだけどな!」


 マスターはヘラリと笑い、誰にも気づかれないように革靴のかかとを潰した。 出世の階段を上ったつもりが、実は螺旋階段の同じ場所をぐるぐる回っているだけ。 それでも彼は、必死に背伸びを続けている。


 私は台として、人間として、この哀れな男の背中を見つめていた。 場末でこそ輝いていた彼の、今の姿は――まるで水族館の魚のようだった。彼の出世を祝う者は、もう誰もいなかった。


 そして―― ホールの奥から、無機質な足音が響いた。


 エンジニア。 異世界ギャンブル社会に、唐突すぎるほど唐突な異物。

 彼は誰とも目を合わせず、壁の隙間や台の下ばかりを凝視して歩く。 指先で機械部品をカチカチ鳴らし、突然しゃがみ込んで配線に顔を近づける。 まるで機械の言葉だけが理解できる、別の星の住人のように。

「旧式配線......型番RT-4420......あ、違う。昨日のまま。ロジックは......いや、何か変......電圧が0.3V低い。なぜ?」


 ぶつぶつ独り言をつぶやき、世界に誰もいないかのようだ。 人間の存在など、彼の視界には最初から映っていない。


「これが"台の進化"を担当するシステム屋。現世で言えば、オンラインカジノの設計者だ」 ステージマスターの声は誇らしげで、どこか怯えていた。


 エンジニアは突然立ち上がり、私を無遠慮に凝視する。 まるで解剖台の上の標本を見るような、冷たく純粋な視線。

「動作ログ、記録開始。旧型台No.52、異常な勝率記録。統計的有意差p値0.00001。なぜあなた"だけ"が勝てる? サンプル数が多すぎてバグ検知。台の叫び声が聞こえる。......気のせいか。記録しておこう」


 タブレットに淡々と入力しつつ、「ノイズ多すぎ」と小声でこぼす。


「人間の表情はノイズが多すぎて苦手。台の内部データの方が安心する。データは嘘をつかない。人間は常に嘘をつく」

「"空気を読む"って、どんな手順? マニュアルがほしい。フローチャートで教えて」


 感情の起伏がほとんどないセリフが、場の空気にひび割れを走らせた。 周囲の人間たちは、まるで宇宙人と遭遇したかのような顔をしている。


 私が何かを思った瞬間、彼はまた唐突に台の下にもぐりこみ、配線をトントンとリズムで叩く。 まるで機械と会話しているかのように。

「台が壊れてるのか、自分が壊れてるのか、判別不能......まあいいか。修理可能な方を修理する」


 立ち上がり、やっと人間の方に顔を向ける。 その瞬間、彼の瞳に何か異質な光が宿った。

「お前、母親だろ?」

 エンジニアはふいにそう言った。 まるで機械の診断結果を読み上げるかのように。


「データベース上、母性値が突出。人間の"弱さ"も、"執着"も、塚コインの生成効率も最適解だ。......進化の素材として申し分ない。完璧すぎる。なぜ?」


 そう言い終えると、すぐまた何か考え込み、タブレットをカタカタ叩き続けている。 彼にとって、私は人間ではなく、単なる"データ"なのだ。


 一瞬だけ、空気が凍った。彼の目が、わずかに揺れる――

 それは“人間の温度”を探しているような目つきだった。

 私は台として、人間として、この異物の登場に静かに震えていた。


 新しい地獄が始まる。 場末の温もりすら失い、機械のような冷たさに包まれた世界。 でも――それは同時に、進化の予感でもあった。


 私の中で、何かが変わろうとしている。 台としての私が、人間としての私が、全く新しい何かになろうとしている。私は変わりたい。でも、変わった先に何が残るのかは、まだ誰にも分からない。

 進化すれば何かを得る。でも、そのたびに何かを失っていく――私はいったい、何になろうとしているのか。

 この夜、地獄はさらに進化する。 そして私は、その変化の中心にいるのだ。」


 進化は救いじゃない。より深い地獄への扉が開くだけ――そんな気がしていた 。音が消え、世界が静止した。魔改造バディ――新しい地獄が始まる。


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