記憶だけに咲いた、虹色の炎
「炎色反応っていうんだよ。きれいだよね」
なに……これ……?
私は存在しない記憶に、戸惑った。
友人と花火を見に行った。
花火大会といえば混雑と交通規制で、苦手だった。
でもそこまで人が多くなく、ほっと胸を撫で下ろした。
夜空に白い閃光が瞬き、少し遅れて乾いた破裂音がした。
その大きさに、圧倒された。
同時に、少しの違和感もあった。
その後も、たくさんの花火が打ち上がった。
ダイナミックな花火には歓声を上げ、花火で形が作られたときは感嘆した。
でも、違和感は私の中から消え去らなかった。
その日、夜食でも作ろうとコンロをつけたときだった。
炎が赤でも、青でもない色に揺らめいた。
この色を表す単語を持ち合わせない自分に、腹が立った。
脳裏に、単語が瞬いた。
「炎色反応……」
友人は昨日の花火の余韻がまだ残っているようで、早朝からメールを送ってきた。
一通り花火について話し終わったところで、私は昨日コンロで見た不思議な炎について話した。
しかし、友人は「そんなはずはない」と否定した。
私は衝撃を受けた。
なぜ私はたった数瞬見えただけの揺らめきを真実だと思っていたのだろうか。
◇ ◇ ◇
それでも諦められなかった。
ネットで調べた。
本を読んだ。
難しそうな学術本にも手を出した。
もう一度あの炎を見たい。
その一心だった。
それでも「炎色反応」という言葉はおろか、「火が色を変える」という話でさえ見つからなかった。
ネットで調べようにも、火の色は「赤」か「青」で、本では火は「当たり前にあるもの」と扱われていた。
◇ ◇ ◇
何もわからないまま月日がたった。
あの疑問は、未だ私の心のなかにいすわっている。
ソファに寝転がり、目を閉じた。
夢を見た。
私はどこかの部屋にいて、隣には男の子がいた。
知らぬ間に私も何歳か若返り、男の子と同年代の姿だった。
男の子はガスバーナーにマッチを近づけた。
あっという間に火は移った。
調節された火はそこにあるかもわからないほど空気と同化し、縁だけが青々と燃えていた。
「この炎に、これをいれる」
男の子が持っていたのは、金属の棒だった。
いつの間にか私は、引き込まれていた。
実験に。
彼の雰囲気に。
彼の世界に。
そして、炎の縁と金属がぶつかった。
――その瞬間、棒より上にある炎の色が青から緑へと変色した。
「わぁ……」
思わず、見とれてしまった。
その後、彼は何度も神々の神秘を見せてくれた。
そのたびに、炎の色は変わっていった。
「これが、最後だ」 彼が言った、そのとき ――夢から醒めた。
醒めてもなお、感動は消えなかった。
それどころか、実際にあった出来事なのではないかとすら思っていた。
それだけに、強烈な夢だった。
誰かに否定されるかもしれない。
誰にもわかってもらえないかもしれない。
それでも。
◇ ◇ ◇
何度か思い返すうち、次第に彼の瞳が、声が、表情がくっきりと浮かんだ。
彼は私にとってどんな人物だったのだろうか。
それはわからない。
もしかしたら私が夢のために生成した人物かもしれない。
でも、そうとは思えなかった。
あの炎も、あの夢も、彼の姿も――
やがて記憶だけの色になるだろう。
だから、私はこれを記録に残す。
私は紙を広げ、ペンを手に取った。
お読みいただきありがとうございました。