サシ飲みと聖女の秘密…?
店を出たヴィクターとリオンハルトは、あれから王都の街中を適当にぶらついた。
お互いの趣味である骨董品や古着の店。
最新の装備を求めて武器屋や防具屋。
変わり種や面白い道具がないか市場を巡ったり、屋台で買った軽食を頬張りながら大道芸を鑑賞したりして、有意義な時間を過ごした。
(尚、提案したリオンハルト一人にとってはだが…)
その後は幾つもの飲み屋や『大人の男性』が行きそうな店などをはしごし、夜遅くにリオンハルトが所有する屋敷(勇者パーティーの拠点でもある)の一室に帰ってきていた。
「もう良いだろう、リオンハルトッ!! 俺は自分の部屋に戻るぞっ! そんで、明日にはここから出て行く…。──これまで世話になったな…」
酔い潰れ寸前のリオンハルトを担いできたヴィクターはそう言って彼をベッドに降ろした後、踵を返して少し千鳥足気味に部屋を出て行こうとする。
それをかなり出来上がった状態のリオンハルトが、上機嫌で鼻歌交じりに呼び止める。
「まあ待てヴィクター。こっちにきて飲み直そうっ! まだまだこれからじゃないか♪」
「お前なぁ…。いい加減に──」
「頼むよヴィクター! これが最期なんだろう? だったら最期ぐらい、私の我儘に付き合ってくれないか…?」
酒も入っているせいで、リオンハルトの仕草や表情に一瞬ドキッ! としてしまうヴィクター。
異性は勿論。同性すら虜にするその惚れ惚れとした容貌は、【覇界鬼神】の称号を持つヴィクターですら例外ではなかった。
幼馴染のセレーネの次に付き合いが長い“大親友”の頼み事でもあるので、なんだかんだで親しい者には優しいヴィクターは、渋々ながらもそれに応える。
例えそれが、最愛の恋人を拐かした間男であっても…。
「………ハァ~。──もう少しだけだぞっ! 本当にこれで最後だからなっ!!」
「流石ヴィクター。話が分かる奴で私は心底嬉しいぞっ♪ やはりお前は私の最高の“相棒”だよ! お礼に私の取って置きの酒をご馳走しよう♪」
そう言って、棚から如何にも高級そうな酒を取り出し、笑みを浮かべるリオンハルト。
その笑みや仕草にヴィクターは又も、少しだけドキッ! としてしまう。
二人は下らない雑談を繰り返しながら、リオンハルトの秘蔵の酒を暫く酌み交わす。
お互いに酒豪ではあるが、『流石に飲み過ぎか…?』となる頃合いに表情は穏やかのまま、低い声色でリオンハルトが言葉を漏らす。
「アハハ…楽しいなぁ…ヴィクター…。本当に楽しい…。──本気でパーティーを抜けるのか…?」
「ああ…。俺の意志は変わらない…」
ヴィクターの返答に表情を曇らせるリオンハルト。
少しだけ声を張り上げ、再び訊ねる。
「どうしてもか…? 何故だ? 私にはお前が必要だっ! 私だけじゃない。アミュもルインも勿論、セレーネだってお前が必要だッ!! ──それでもか…?」
リオンハルトの問いに歯を軋ませて、険しい表情を作るヴィクター。
「だったら何故…あんな事をしたぁ!? 俺はお前の事を信頼も信用もしていたんだぞっ!! なのになぜ彼女を…セレーネを唆して誑したッ!?」
ヴィクターはただ静かに拳を強く握り、真っ直ぐリオンハルトを睨み付ける。
その瞳は怒りや憎しみも込められていたが、それと同じぐらいに『信じていた親友』に裏切られた悲しみや苦しみ、辛さが込められていた。
その視線をリオンハルトは真剣に受けとめる。
そして暫くの沈黙のあと、一言ボソッ! と呟く…。
「─────すまない…。興味があった…」
「…………は?」
リオンハルトの余りにも予想だにしない、素っ頓狂な……奇天烈な『答え』に面を食らうヴィクター。
そんな彼を気にせず、リオンハルトは話を続ける。
「お前ほどの“漢”が心から溺愛し、心底惚れ込んだ女がどんな者なのか興味が湧いてな? それだけだ…」
「お前っ…ふざけ───ッ!!」
勢い余ってその剛腕で殴り掛かりそうなヴィクターを、女性並みに綺麗な手で制止するリオンハルト。
「まあ待て、最後まで聞け。──自慢じゃないが、私はこれまで沢山の女性と情事を重ねてきた。それと同じぐらい、色んな男達も見てきたつもりだ…」
リオンハルトは一息吐いて、飲みかけの酒を呷る。
本人にとっては何気ない動作だが、第三者目線で見れば実に優雅で美しかった。
「その中でヴィクター。お前は他の男達と違っていた…。私にとってはお前は初めて見る感じの男で、異質で特殊な漢だった。正直、お前の才能や強さ。なんだかんだで面倒見の良い性格や、どんな人をもいつの間にか自然と懐柔する人柄に嫉妬したし、憧れもした。人望も厚いしなっ!」
お互いの空になったグラスに酒を注ぎ足し、リオンハルトは軽く微笑む。
中性的な顔立ちの所為か、やけに艶めかしく見える。
「おまけに驕りもしなければ、自分の実力を過信したりもしない。鍛錬を怠らず、努力を惜しまない。まさに私が探し求めていた、【勇者】に相応しい“相棒”そのものだった!」
此処ぞとばかりに、ヴィクターを饒舌にベタ褒めするリオンハルト。褒めちぎられた当の本人は顔を赤らめ、鼻を掻いて目線を逸らす。
堅物のヴィクターは他人から褒められる事に慣れてなく、況してや苦楽を共にして背中を預けた戦友であり、心を許した親友のリオンハルトに改まってそんな風に言われると、とてもむず痒くて仕方なかった。
酒の勢いもあるのだろうとは思いながらも、少し恥ずかしい反面、素直に嬉しいヴィクターは、少々照れながら絞り出すように言葉を返す。
「かっ、買い被り過ぎだ…。俺はお前が思っている程、そんなに出来た人間じゃない…」
「そうか? 私的には少し控え目に言ったつもりだし、まだまだ言い足りないぐらいなのだが…。逆にお前は自己を過小評価し過ぎだと私は思うぞ? まあ、お前がそう言うなら止めにしよう…」
そう言ってグラスを持ち上げ、微かにヴィクターの方に傾けて乾杯の動作をするリオンハルト。
連れてヴィクターも同じように軽く返す。
二人して少し含羞んだ後、両者そのままグイッと一気に飲み干す姿は漢らしくもあり、とても様になっていた。
「ぷはっ! ──それでだ。私がそこまで認めた傑物が熱を上げる…夢中になる麗人がどれだけ『良い女』なのか、どうしても気になってしまってな…。勿論、私もセレーネとはなんだかんだで付き合いが長いし、どんな人物かは知っているつもりだ。でもそれは『仲間』としてのセレーネであって、『女性』としてのセレーネを知らない…。だからお前には悪いと思いつつ、抑えきれない好奇心の方が勝って、気が付けばセレーネを口説いていた。本当にすまない…」
座りながらだが、リオンハルトは深々と頭を下げる。
それを見てほんの少しだけ、溜飲が下がるヴィクター。
【公爵家次期当主】って社会的地位も相俟って自尊心の高いリオンハルトは、滅多な事でしか他人に頭を下げない。
一応謝りはするが言葉だけで、そういった行動はしない。
その自尊心の塊が頭を下げて謝罪しているのだ。
本当に反省しているのだろう。
戦場では【戦鬼】や【覇王】と恐れられたヴィクターも、身内には……一度心を許した相手にはどうしても『鬼』にはなれなかった。
それは『恋人を寝取った親友』でも例外ではない。
それが英雄の『強味』でもあり、同時に『弱点』でもあるのだが…。
セレーネに対してもそうだ。
不貞の理由は分からないが、自分を裏切った彼女に対しても、『失望』はしていても『幻滅』まではしていないし、愛想も全然尽きてはいない。
寧ろ今も心から愛しているからこそ、これ以上嫌いになりたくない……『最愛で、唯一無二の理想の女性』のまま、綺麗な想い出としていたいから、だから離れたいのである。
あのまま彼女の近くに居たら、己を抑えられない───。
《今まで溜まっていた【“雄”】としての鬱憤を
有らん限り全力で爆発させてしまう》
────そんな気がしたから…。
そんなヴィクターの気持ちを知ってか知らずかリオンハルトは、女性の様にグラスの縁を男性にしては細い指で妖艶になぞり、言葉を紡ぐ。
「別に彼女を庇う訳ではないが、彼女も最初は私の誘いを頑なに拒んでいたんだぞ? 『何言ってんだコイツ…』みたいな表情をしながらな。だけど私が執拗に迫って粘り、トドメの一言に『ヴィクターの為』って言ったら最後は簡単に折れた。愛されているな、ヴィクター! 少し妬けるぞっ!!」
まるで他人事のように語るリオンハルト。
それを聞いて再びイラッ! としてくるヴィクターだが、話が進まないので、我慢して黙って聞き続ける。
「ただな。いくら『最愛の恋人』の為とはいえ、あんな簡単に身体を差し出すのは、私はどうかと思うぞっ。番として釘を刺しておけよっ!」
「お前が言うなあッッ!!」
堪らず声を張り上げて円卓を叩くヴィクター。
いま直ぐ殴り飛ばしたい衝動を抑え、大の大人の男でも怯むような鋭い眼光でリオンハルトを睨む。
しかし睨まれている当の本人はどこ吹く風で、気にせず饒舌に話を続ける。
「だってそうだろう? 彼女は恋人の為なら何だってする。自分の操は勿論、生命だって平気で捧げるぞっ! それだけじゃない。『ヴィクターの為』って言えば【聖女】のくせに何の躊躇もなく、いとも容易く他者を殺めるぞアレは!!」
リオンハルトはそう言って、再び空になった両方のグラスに酒を並々と注ぎ足し、一気に呷り飲み干す。
その時、目線と顎で『お前も飲め!』と促す仕草をする。
それを見たヴィクターも同じように飲み干しはしないが、軽く呷る。
「げふ…。彼女のお前に向ける愛情は狂気染みている…。信徒が【神】を盲信している…絶対視しているみたいにな!」
『それの何がいけない? 【聖女】なのだから当然じゃないか?』 と思ったヴィクターだが、心当たりがあるのか、渋い表情をして黙り込む。
「それとなっ! これが一番重要なんだが…。──いや、やっぱりやめておこう…。これを言うとお前が更に怒るし、傷付く……」
(散々好き放題言っていた奴が何を今更…)
そんな思わせぶりな態度や言い回しをするリオンハルトを見て少し癇に障ったヴィクターは、ちょっとだけ声を荒げて訊ねる。
「なんだ? 気になるだろうっ! 言えよッ!!」
「本当に言っても良いのか…? 後悔……しないか…?」
「諄いぞっ! 早く言えッ!!」
リオンハルトは少し躊躇ったが、何かを肯定するかの様に軽く頷いた後、ヴィクターを真っ直ぐ見詰めて言葉を紡ぐ。
「良いか、よく聞け。──セレーネはお前には勿体ない…」
「────あ゙あ゙? お前ッ……巫山戯るなッ!!!!」
到頭、我慢の限界が来たヴィクターは立ち上がり、リオンハルトに殴り掛かろうとする。
けれどリオンハルトが、それを素早く手で制止する。
「おっと。何か勘違いしていないか? 正確には『セレーネ“が”お前ほどの[漢]には相応しくない…。釣り合いが取れていないッ!!』と私は言っているんだよっ!」
「はぁ? 何を言って──」
「ヴィクター、酷な事を告げるぞっ。落ち着いて、取り乱さず聞いてくれ…。──彼女は…セレーネは…“アレ”は……」
溜めに溜めて何かを伝えようとするリオンハルト。
その時ヴィクターに、天啓が如く急な閃きが頭を過ぎり、親友が何を言おうとしているのか、瞬時に予測する。
『コイツ…まさか…あの事を……ッ!?』───と。
「アレは──〘マ◯ロ〙だ…。それも正真正銘、紛うことなき──〘“本◯グロ”〙(本当に動かないマグ◯)だッ!!」
「彼女を悪く言うなぁあああああああッッッ!!!!!!」
これまでの【英雄】の人生において、過去最大級の悲痛な雄叫びが、部屋全体に木霊した────。




