5 『信仰心』
異世界ものの定番として、トラック転生はよくある展開だ。正直、ありきたり過ぎるせいで、もうちょっとひねりはないのか?とさえ思ってしまうほどに。
そして、転生した主人公が神様の眷属になる。これもベタとまでは言わないが、たまに見かける展開だ。
だが、『死の神』の眷属になるという、あきらかに物騒な二つ名の神様に仕える展開は、少なくともアサヒは見たことがない。
ていうか、普通に怖い。断りたい。
「えっと……それって、その……」
「なんじゃ? 気になることがあるなら言ってみるがよい! 何でも答えてやろう!」
アサヒを見上げながら笑顔を振りまく、幼い少女風の神様。そんな相手に、上から見下ろしながら恐る恐る聞いてみる。
「……それって、断ること……できるの?」
「……ぇ…………」
予想外の言葉だったのか、カサネがぽかんとした表情で固まってしまう。そして……
「……こ、断る……のか……?? ……な、なぜじゃ……なぜ、なんじゃ…………??」
今にも泣き出しそうな顔で問いかけてくる。とても悪いことをした気分だ。
「……何か、き、気に入らないことでも、あったかの? ……理由を、話しては、くれぬか……??」
「いやぁ……だって、まだここがどこなのかわからないし、これからどうなるかもわからない。そんな状態で眷属になるかどうかを決めるのは、ちょっと……。そもそも、眷属って具体的に何するかもわかってないし」
「そ、それは……その……あとでちゃんと説明を……」
「それに、『死の神』って響きが……なんか物騒だし」
「なっ!!?」
驚いた顔をしているカサネ。そんな顔を見ていると、少し言いすぎたかもと思ってしまいそうになる。
……でも、うやむやにしてはいけない気もするし……。
「ぶ、物騒……じゃと……それが、断る理由なのか……??」
「それが全部ではないけど……まぁいちおう」
「そ、そんな…………そんなことはないぞ! べ、別に何か危ないことをやれ!というわけではないのじゃ……じゃから、その……」
どんどん尻すぼみになっていくカサネ。まるで、幼い少女をいじめているような気分になってくる。……罪悪感が半端ない。だから……。
「……詳しい話を聞かせてくれる? それから判断したいから」
「は、話を……聞いてくれるのか?」
話を聞くだけ聞いてみようと思ってしまった。
……なんか可哀想だし……。
「ま、まぁ、聞いてから眷属になるかどうかを決めるのも悪くないかなと思って……」
「そうか……聞いてくれるか」
「…………」
カサネは目頭を手で拭い、少しだけ笑顔になる。なんともバツが悪い。
「ならば、詳しく話そう。……まぁ、アサヒにはもう拒否権はないんじゃが」
…………………………ん??
「妾たちが今から行く世界……アサヒの言葉を借りるならば、『異世界』と言えばよいかの? その異世界を創造したのが、妾を含めた複数の神たち。ちなみに、この白い空間は神と神によって選ばれし眷属のみが入れる神聖な場所。じゃからの! アサヒはもっと光栄に思った方がよいぞ!」
「…………」
「ふふーん」
話していくうちに楽しくなってきたのか、どこからどう見てもドヤ顔だ。……楽しそうでなにより。
だが、アサヒにとって聞き逃せない言葉があったのも事実。そこについてはどうなのか聞いてみる。
「この世界についても気になるけど、俺の今後についても知りたい。……さっき、拒否権はないって、言ってなかった?」
「なんじゃ、そのことか。そもそも、アサヒは妾の眷属としてここに転生させたのじゃ、これを取り消すことはもうできぬよ」
「なんだってッッ!!? ………………そ、そんな……それじゃあ、断ることも…………」
「そんなに断りたいのか!? ……どうしてじゃ…………まさか! わ、妾のことが……き、嫌いとか…………??」
……ほらぁ、すぐ泣きそうな顔をする……。
「別に嫌ってるわけじゃなくて……ていうか、そもそも嫌いになれるほど、まだお互いのことよく知らないし」
「……じゃあ、なぜじゃ?」
コロコロ表情の変わるカサネを見下ろしながら、一呼吸置いて静かに答える。もちろん、言葉は慎重に選びながら、なおかつできる限り優しい口調で。じゃないと、今にも泣き出しそうに見上げてくる表情が、アサヒの心を罪悪感で埋め尽くしてしまいそうだから。
……泣きたいのは、俺の方なのに……。
「俺が言いたいのは、眷属になるっていう大事そうなことをどうして勝手に決めたのかを聞きたいんだよ。まだよくわかってないけど、そういうのって気軽になれるものでもないんでしょ?」
「……そうじゃ、眷属に選べるのは神一人につき一人まで。そうやすやすと選んだり、ましてや無かったことになどはできんのぅ……」
「えっ!? 一人までなの!? それって、想像以上に重要じゃね!? …………じゃあ、なおさらどうして俺なんかを?」
「アサヒがトラックに轢かれる直前、妾がひとつだけ条件があると言ったときに、『なんでも言ってください』と言ってくれたではないか……」
「あ、あの時の…………いやでも、あれは俺の願いを叶えてくれるって言うから、言ったわけで…………俺、死んでるんだけど?」
「ひとつだけ叶えてやるとも言ったじゃろ? じゃから、アサヒの『もっと生きていたい』という願いを叶えるために、眷属として転生させたんじゃ」
「…………な、なるほど……って、いやいやいや」
なんとも複雑な気分だった。まるで、『言った言わない』の世界だ。携帯会社での契約や保険の契約などで起こりそうな、なんともありがちな認識の食い違い。そんなことをまさか神様相手にすることになろうとは……。
……そういや、こっちはちゃんと説明したのに『聞いてない!』って言ってくる上司やお客さんいたなぁ……。
おもわず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。そんなアサヒを下から見上げながら、カサネが恐る恐る聞いてくる。
「……怒っておるのか?」
「……いや、別に怒ってるわけじゃなくて、こうなる前に詳しく説明してほしかったなと思っただけだよ……」
仕事での嫌な思い出が頭をよぎる。だからこそ、カサネに強く言えなかった。ここで文句ばかり言ってしまうと、あれだけ忌み嫌っていたクレーマーみたいに自分もなりそうだと思ったから。それに……。
「すまぬの。妾も詳しく説明したかったのじゃが、アサヒの世界に干渉し続ける力が足りなくてのぅ。まぁ、今となっては言い訳にもならぬが……」
そう言って、律儀に頭を下げるカサネ。そんなことをされると、アサヒの方からはこれ以上何も言えない。
「頭を上げてよ。別に責めたいわけでもないんだし」
「……許してくれるのか?」
「いや、怒ってもいないから……」
なんとも調子が狂う。神様なんだから、もうちょっとドッシリと構えてほしいものだ。そもそも、神様と言うよりも、ちょっとませてる子供を相手にしている、そんな気分だ。……すぐ泣きそうになるし。
「……で、転生の理由はわかったけど……それがどうして……」
俺を?と、アサヒは聞きたかった。
転生の理由はアサヒが生きたいと願ったからと、カサネは言った。だが、腑に落ちない。
神一人につき眷属一人という重要な立場をただ願ったからという理由で選ぶだろうか。
「探しておったのじゃよ。妾の眷属に相応しい者を」
「……相応しい?」
「そう。そして……アサヒ、お主を見つけた」
「……俺を??」
アサヒは首を傾げた。
「妾たち神というのは、人からの『信仰心』によって力を得ておる」
「信仰心……」
「端的に言うと……人々の神を信じる心によって、この世界に顕現することができ、さまざまな奇跡を起こすことができる、という感じじゃな。もちろん、信じる心が増えればその分…………ん??」
「…………」
話を聞きながら、アサヒは考え込む。『信仰心』によって力を得る……カサネには申し訳ないが、これまたラノベで出てきそうな、ありきたりな展開だなと思ってしまった。
そんなアサヒをカサネは訝しむように……。
「……なんじゃ、反応が鈍いのぉ」
「いや、なんとなく言ってることはわかるよ。つまり、神様を信じる人が増えれば、その分できることも増えるってことでしょ?」
「そう、その通りじゃ! 話が早くて助かるのぉ!」
「……でも、それじゃあカサネが俺を選んだ理由にはならなくない?」
「あぁ……まぁ待て。話は最後まで聞くんじゃ。そうすれば理解できる」
「あっ、はい」
……注意されちゃった。
なんともバツが悪い。まるで、授業中に注意された子供のような気分。
そんなことを考えていると、カサネがモジモジし始める。
「……い、言いにくいことじゃが、妾にはその信仰心が、他の神よりも、その…………ちょ、ちょっとだけ少ないんじゃ」
「…………ん??」
カサネの言い方に違和感を覚えた。目が泳いでるし、落ち着きもない。まるで、嘘をついている子供のよう。……これで、口笛を吹き始めたら完璧だ。
「な、なんじゃ、その目は?」
「いや……俺に何か隠しごととかしてないかな?と思ってさ」
「わ、わわわ妾を……う、うう疑っておるのか!?」
……なにそのベタ反応はッ!?
「……ちなみに、カサネの信仰心は今どのくらいあるの?」
「………………………………そんなことよりも、まずは話を先に進めようかの」
「おいッ」
「アサヒには、妾の信仰心を集める手助けをしてもらいたいのじゃ」
カサネはアサヒの問いかけをいなして、強引に話を進める。だが、逃がすつもりはない。
「…………それで、カサネの信仰心は今どのくらいあるの?」
「さ、さっきからそればっかりじゃのッ!!」
「だって、重要なことだろ!? 今から集めるものがどんなものか知らないといけないわけだし!」
カサネは声を荒げて不満を表明するが、アサヒも負けじと言い返す。
「ぐぬぬ……それは、そうなのじゃが…………なんというか、その……」
「はぁ……どんだけ言いたくないんだよ。まさか、1人もいないとか? ……いや、さすがにそれはないか……」
「…………ぅじゃ……」
「…………ぇ?? ごめん、聞こえなかった。なんて?」
「そうじゃッ!! 一人もおらんのじゃ! 妾を信仰してくれる人間は一人もッ!!」
「一人もッ!!?」
カサネは目に涙を溜めながら叫ぶ。はたから見たら泣きそうになっている幼い少女が必死に叫んでいる切迫した状況に見えるだろう。おもわず、手を差し伸べたくなる光景のはずだ。
だが、アサヒはまったく別のことを考えていた。
「アサヒ! 信仰心を集めるために、妾に力を貸してくれ! 頼む! この通りじゃ!!」
アサヒに縋り付いてくるカサネ。可哀想だと思わないわけではないが、そんなことよりも……。
「い、今までは……ど、どうしてたの? ……どうやって、集めて、たの?」
気がつけば、アサヒは震えていた。その震えを隠すために、努めて冷静に話をしようと意識した。
「今までは……その、まぁ……なんじゃ、なかなかその機会がなくてのぅ……こ、これからアサヒと頑張っていこうと思っておるのじゃ。…………の、のぅ……妾に力を貸してくれるじゃろ?」
「………………つまり、今まで何もしてこなかったと?」
「……ま、まぁ…………そういう言い方もできなくもないかもしれんのぅ……」
「こっ……」
そのとき、アサヒは自覚した。今起こっている震えは怒りによるものだと。
そして、何に対してなのかというと、今まで何もしてこなかった目の前の神様に対して。
「ア、アサヒ……」
「この! 大嘘つきがーーーッッ!!!」
「ごめんなのじゃーーーッッ!!!」
アサヒの怒鳴り声とカサネの悲鳴に近い謝罪の声が、真っ白な空間に鳴り響いた。