4 『自己紹介は緊張する』
「か、かみ……さま……??」
「そうじゃ」
見た目は幼い少女なのに、独特な雰囲気を醸し出している。只者ではないとは思っていたが、まさか神様が出てくるとは……。いや、そもそもこんな摩訶不思議な空間にいる時点で、普通の少女であるはずがない。
「神……様が、いるってことは、本当に死んで……」
「……そうじゃ、お主はトラックに轢かれて死んだ」
そう答えながら、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる少女……もとい、神様。
「はっ………………死んだんだ……本当に……」
軽く息を吐き、天を仰ぐ。何もない真っ白な空だった。
「だ、大丈夫か?」
神様は椅子から立ち上がり近づいてくる。そして、心配そうに見上げてきた。かなり背が低いなと思った。
「あ……いや、その……ははッ、なんだろ、えっと……よくわかんないって、いうか……その……なんなんすかね、これ……はははッ」
「お、落ち着け! まだ頭が混乱しておるのじゃろ! とりあえず、座ったらどうじゃ?」
「えっ、あっ、いえ……ど、どうも、ご親切に……お気持ちだけ、えっと……ありがとう、ございま、す……」
「堅苦しいのもなしじゃ。楽な喋り方でよい。えっと……と、とりあえず深呼吸じゃ!」
「は、はい……」
「いくぞ! 吸って〜、吐いて〜」
「す〜〜〜、は〜〜〜、す〜〜〜、は〜〜〜」
二、三分経過しただろうか。
深呼吸の効果は絶大で、荒ぶっていた頭の中が徐々に冷静さを取り戻していくのを感じた。さすが、神様。
「お、落ち着いたかの??」
「…………」
アサヒは、一緒に深呼吸をしてくれていた神様を見る。見た目は可愛らしい少女にしか見えない。
……でも、神様なんだよな……それに、俺はもう。
状況を整理する。
トラックに轢かれそうになっている少女を助けようとしたら足を滑らせて、自分が轢かれて死亡。そして、目が覚めると見知らぬ真っ白な空間にいた。次に、仰々しい椅子に座っていた幼い少女風の神様がいて。さらに、転生ときた。
アサヒにとっては慣れ親しんだお決まりの流れ。
「はっ……はは、ははは、はははッ」
「お、おい! 大丈夫か!? やっぱり座った方が……」
乾いた笑いが出る。
アサヒのその様子に神様はオドオドし始める。困らせて申し訳ないとは思うが、どうしても笑いが止められない。
……だってそうだろ? こんな展開……。
「ベタ過ぎじゃねッッッ!!!!?」
「うおぁッッ!!?」
アサヒの叫び声に神様は飛び跳ねて驚いていた。
「お、お主……急に叫ぶのはやめてくれるかの? 心臓が止まるかと思ったぞ」
「ご、ごめん」
「まぁよい。……少しは落ち着いたのか?」
「うん、まぁ……叫んだおかげで、ちょっとスッキリした、というか」
「…………それは良かったのぅ」
「あ、はは……」
神様はジト目でこちらを見る。とても気まずい。
「と、ところで、これからどうすれば……」
「そうじゃな、そろそろ本題に入ろう」
神様はそう言うと椅子の方まで戻り、ちょこんと座った。先ほども感じたが、神様の体型に対してその椅子はかなり大きい。地面に足がついていないせいで、足をブラブラさせている。まるで、見た目通りの幼い少女のようだ。
「さて、お主が………………」
「…………えっと……??」
口を開きかけて、急に考え込む素振りを見せる。
「いや、いつまでも『お主』と呼ぶのは、なんともよそよそしい気がしてのぅ」
「いや、俺は別に気にしないけど?」
斜に構えるつもりはないのだが……神様に『お主』と呼ばれることに、大して思うところなどなかった。どうでもいい、とまでは言わないけれど、呼び方以上に気になることが沢山あったからだ。つまり、本音を言えば話を進めてほしかったのだが……。
「妾が気になるんじゃ!」
「そ、そっすかぁ……」
どうやら、アサヒのそんな冷めた考えが顔と口調に出ていたらしい。神様が声を上げた。
「まったく……可愛げがないの!」
ぷんぷん怒りながら口をへの字にする。
……いやいや、可愛げって……。そういうのは、あなたみたいな『のじゃロリの神様』とかに必要なものであって……。
「アラフォーのオッサンに可愛げなんてあっても仕方ないでしょ」
「あらふぉ? ……またわからん言葉が……。それにの、オッサンにも多少の可愛げは必要じゃと妾は思うぞ」
「そうかなぁ??」
「そうじゃ。……まぁ、その話はおいおいするとして」
「あっ、はい」
「お主の住んでた世界のにっぽん?という国では、自分のことを初対面の者に説明する文化があるらしいではないか」
「えーっと、自己紹介のこと?」
「じこ、しょうかい? ……そう、たぶんそれじゃ!」
「はぁ……」
アサヒは気のない返事をする。すると、神様は何を思ったか椅子の上に立ち、左手を腰に右手はビシッとアサヒを指差し高らかに宣言する。……行儀が悪い。
「そのじこしょうかいとやらをやろうではないか!!」
「………………そろそろ本題に入らない?」
「じこしょうかいが終わってからじゃーーッ!!!」
神様の怒鳴り声が響いた。
「お主は、本当に! 可愛げがないのッ!」
「えっと…………なんかすいません」
「心がこもっとらん謝罪じゃのぅ……」
……そんなこと言われても………………はぁ、しょうがないなぁ。
このままでは埒が明かない。とりあえず、言われた通り自己紹介をしようと思った。
「じゃあ、俺からでいい?」
「おっ! やるのか!? やるんじゃな!! ……なんだか緊張してくるのぅ!!」
ニコニコ笑いながらはしゃぎ出す神様。その見た目も相まって、子供が新しい遊びを見つけてワクワクしているようにしか見えない。
「えっと……俺の名前は、三宮 朝陽。三十八歳。どうぞ、よろしくお願いします」
限りなく無難な自己紹介。名前と年齢、挨拶一言。おそらく、誰の印象にも残らないちょ〜つまらない自己紹介だ。
「ご趣味は?」
「えっ?」
「ご趣味じゃ。じこしょうかいのときに聞く、定番の問いかけなのじゃろ?」
「…………」
……それ、お見合いじゃね!?
「ほれ、ご趣味は?」
あいかわらず、ニコニコ笑いながら問いかけてくる。その笑顔に指摘を入れるのも申し訳ない気がして……。
「ラノベを読むことです」
「おぉ!! 良い趣味ではないか!!」
きゃっきゃっと笑う神様。何がそんなに面白いのやら。誇張抜きに、幼い少女を相手にしているような気分になってきた。
「それで、お主のことは何と呼べばよい?」
「…………」
アサヒは少しだけ考える。
人付き合いは少なく、最近は職場と家の往復。そんなアサヒをみんなは『三宮さん』と名字にさん付けで呼んでいた。だからだろう、普段とは違う呼び方をされたいと、ふと思ってしまった。
「じゃあ、アサヒで」
「うむ、わかった! アサヒ! これからよろしくのぅ!」
「よ、よろしく。えっと……」
「おぉ、そうじゃった! 次は妾の番じゃな!」
神様は自分の胸に手を当てて……。
「ん〜、あー、あー。ふむ……少し緊張するのぅ……」
「そっすか……」
「……こほん。妾の名は、カサネ。年は……年は、えっと…………か、数えたことないからわからん…………と、とりあえず! よろしく頼むぞ!」
「よ、よろしく」
アサヒと同じような自己紹介にしたかったのだろうが、どうやら自分の年齢がわからなかったらしい。
……まぁ、神様だしな……。
「…………」
「えっ、なに??」
「…………」
「ほ、ほんとになに??」
そんなことを考えていると神様がジト目でこちらを見つめてきた。圧が凄い。
そして、ふと気づく。
「いや、なにか言ってくれないとわか……ぁ…………ご、ご趣味は?」
「うむ! よくぞ聞いてくれた!」
……うわぁ、凄い笑顔……。
「妾の趣味はの! …………妾の趣味は……わ、妾の…………」
「ん??」
カサネの言葉がどんどん尻すぼみになっていき、下を向きながらモジモジし始める。
……そんなに答えにくい趣味なのか……?
「…………ない」
「ないのかよッ!」
……なんで質問させた!?
予想外の答えに、アサヒはおもわず声を荒げてしまった。
「い、いい、今はないだけじゃ! ……これから! これから作るんじゃ!」
「えぇ…………」
「そ、そうじゃ!! このラノベというのは実に面白いのぅ! これを読むことを妾の趣味としよう!!」
「いやいやいや!」
……今適当に決めただろ!?
「ど、どうやら、アサヒの趣味と同じようじゃ。ふむ、奇遇じゃの!」
「…………」
……なにが奇遇、だよ。まったく……。
全力でため息をつきたい気持ちになったが、なんとか堪えた……つもりだったが。
「な、なんじゃ、その目は?」
「い、いや、別に……」
……ヤバッ、顔に出てたか!?
アサヒは咄嗟に話題を逸らす。また、目の前の神様がぷんすかと怒らないように。
「神様のことは、カサネ様って呼べばいいかな?」
「様付けはいらんぞ、カサネでよい」
「…………」
「ん? どうしたのじゃ?」
……神様を呼び捨てって……なんか、バチが当たりそうだけど。……でも、まぁいっか。
「いや、なんでもないよ。よろしく、カサネ」
「うむ! よろしくの、アサヒ!」
正直、神様相手にこんな気安い感じで接していいのか迷ってしまうが、本人が良いと言うのだから気にせずにいこうと思った。
「じゃあ、じこしょうかいも終わったことじゃし、今度こそ本題に入ろうかの」
「うん」
カサネは椅子からピョンと飛び降り、トコトコと小走りで近づいてくる。そして、アサヒを下から見上げながら……。
「アサヒ! 妾の……この『死の神』カサネの眷属になれ!」
「……えっ…………」
……しの、かみ……??
カサネの口から飛び出てきた物騒な二つ名に、アサヒは困惑した。