29 『声』
目を閉じてしまいたかった。耳を塞いでしまいたかった。
何も見たくない。何も聞きたくない。
いや……いっそのこと自分の目を抉り、耳を潰して、何も見ることも聞くこともできないようになってしまいたかった。
「いやじゃ……」
そんな簡単なことすらできないまま、ただ見ていることしかできなかった。
「もう、いやじゃ……」
おもわず声が漏れる。
こんなことなら、何もしなければよかった。何も望まなければよかった。おとなしく消えてしまえばよかった。
人間と、関わろうとしなければよかった。
誰かに、そばにいてほしいと……ひとりぼっちは嫌だと、思わなければ……。
「……か…………」
目の前で、心優しき娘が魔物に喰われようとしている。
……なぜじゃ……。
なぜ、こんな仕打ちを受けねばならないのか。
あの娘……ラキシアは、なんの罪も犯していない。
むしろ、カサネたちにあれほどまでに良くしてくれた心優しき娘なのだ。
こんな仕打ちを受けていいはずがない。
それなのに……。
「らきしぁ…………」
何もできないまま、見ていることしかできない。
「……か、み…………」
魔物がその口を閉じようとしている。
そして、ラキシアは死ぬ。
また、自分の目の前から命が失われる。
カサネに友達になろうと言ってきた、ラキシアの命が……。
……奪わないでくれ……もう、妾から、なにも……うばわないでくれッ……。
「らきしあぁぁーーーーーッッ!!!」
「さ…………ま……」
『こんにちは、かみさま』
「えっ」
おもわず間の抜けた声が出る。
誰かに呼ばれた気がして……。
『おげんきですか?』
「ッッ!?」
……な、なん、じゃ……?
『きょうはおべんとうをもってきたんです。いっしょにたべませんか?』
心に言葉が響いてくる。
……こ、れは…………ラキシアの、声……? じゃ、じゃが……。
さっきまで聞いていた声とは、少し違う。
まるで幼い少女のような……。
……まさかッ!!
『わたし、かみさまとなかよしになりたいんです』
その声は、カサネと仲良くなりたいと願う、とても優しい声だった。




