27 『どこ?』
「おちつきましたか?」
「うん……もう、だいじょうぶ」
姉の返答を聞いて、そっと手を離す。
姉はバツが悪そうな顔をしていた。
「ふふ」
「な、なにわらってんのよ?」
「おねえちゃんは、なきむしさんですね」
「う、うるさいわねッ!!」
「ふふふ、ごめんなさい」
「はぁ……まったく……」
姉がため息をつく。
これがいつもの二人のやりとり。
そのやりとりが、なんだかとても久しぶりのような気がしてきて、不思議だ。
姉とは数時間離れ離れだっただけ、それだけなのにこんな思いを抱くとは……。
……わたし……すごくおねえちゃんっこ、なのかもしれません……。
少し、気恥ずかしくなった。
「ところで、こんなじかんまでどこいってたのよ?」
姉が呆れたようにこちらを見てくる。
「ふくもこんなによごして」
「そ、それは……」
パンパンパン。
姉が、森で転んだときに付けた土などをはたきながら問いかけてくる。
「もしかして、もりにはいってたの?」
「うっ…………はい……」
「はぁ……もりはまものがでるかもしれないから、あぶないのに……」
「そ、それは……その……」
「まぁ、めったにでないけど…………それでもッ、よるのもりはあぶないのよッ」
「ご、ごめんなさい……」
姉の言葉がズシリと心に響く。
これに関しては謝るしかない。
「でも、あんたがぶじでよかったわよ。けがとかしてない?」
姉の手が伸びてきて、少女の頬を優しく撫でてくる。
その優しさがとても嬉しくて、涙が出そうになった。
「だ、だいじょぶですよッ」
だから、それを隠すようにすぐに答えた。
「わたしのけがは、かみさまが……」
「かみさま??」
「ッッ!!」
少女は咄嗟に振り返る。
神様はいなかった。
「ど、どこにいくのよッ!!」
神様と別れたところまで走ってきて、あたりを見回す。
「どこですか!? かみさま!!」
「きゅうにどうしたのよ!?」
追いついてきた姉が問いかけてくる。
「か、かみさまに、ここでまっててくださいって、おねがいして……」
「は??」
姉がポカンとした顔をする。
「……かみさまって、あのかみさま??」
「は、はい」
「……ねぇ、あんた……」
そして、すぐに呆れた顔をして……。
「じつは、どこかでおひるねでもしてたんでしょ?」
「え??」
「そのときに、へんなゆめでもみてたんじゃないの?」
「ち、ちがいますよッ! ほんとうにかみさまでしたッ!」
「ほんとに〜?」
「ほんとうですッ!」
「じゃあ、どんなみためだったかおしえてよ」
姉は腕を組んで、ふふんと声が聞こえてきそうな顔で問いかけてきた。
少女は姉に神様のことを説明する。
森の中で出会った、とても優しい神様のことを……。
「かみさまはとってもやさしくて、そして…………」
……あ、あれ……?
「そして?」
「と、とってもかわいらしくて……」
「かわいらしくて?」
「そ、それで……」
「それで、ほかには?」
「ほ、ほか……?」
「そう。たとえば、かみのいろとか、どんなかおだったとか」
「かみの、いろ…………」
……ど、どうして…………か、かみさまのかおが、おもい、だせません……。
「……わかりま、せん……」
「ほらッ、やっぱりね〜」
神様の髪の色も髪の長さも、どんな顔つきだったかも思い出せない。
せいぜい思い出せるのは、少女や姉と同い年くらいに見えたことと……。
「…………てを……」
「ん??」
「にぎって、くれました」
「…………」
微かに残る、神様の手の感触。
少女は自分の手を静かに見つめる。
神様の見た目を忘れたみたいに、この感触も忘れてしまいそうで、それが少し寂しくて……。
「とても、やさしいてでし——」
「はい」
ぎゅ。
「……おねえ、ちゃん?」
「かみさまのことは、よくわかんないけど……」
姉が少女の手を握ってくれた。
その手がとても温かくて、優しく感じた。
「あんたがさびしいおもいをしたときは、わたしがにぎってあげるわよ」
「…………」
「わたしは、あんたのおねえちゃんなんだから」
「ぁ……」
顔がカッと熱くなる。
その言葉が嬉しくて、声が出てこない。
「…………」
目から熱いものが溢れてきそうだ。
ぐいッ。
「さ、さぁ、かえるわよッ! せんせいもしんぱいしてるからッ」
そんな少女に気づいたのか、姉はそっぽを向いてズンズンと歩き出す。
姉の手に引っ張られながら、そのうしろをついていく。
ちょっと乱暴だけど、でもその手からは少女への気遣いや優しさが伝わってきた。
「…………」
顔を上げる。見えてくるのはいつもの、頼もしい姉の背中だ。
さっきは小さく感じたけれど、今はとても大きく感じる。
その背中を見ていると、とても安心する。
「おねえちゃん」
「な、なによ?」
だから、おもわず言葉が出た。
「いつもありがとうございます」
「ッッ…………」
手がビクッと震える。
姉は何も答えてくれなかった。
でも、それでいい。
ぎゅ。
少女は少しだけ手に力を入れた。この手を離さないように。
そして……
「…………」
一度だけ振り返る。
……どこに、いったんですか……?
やっぱり神様はいなかった。
顔はまったく思い出せないのに、表情はしっかりと思い出せる。
とても寂しそうに微笑んでいた神様。
……かみさま……。
前を向き直り、姉の手を見る。
少女には、手を握って引っ張ってくれる大事な人がいる。
だから、寂しくなることはない。
「…………」
でも、あの神様は……。
「どこ、ですか……?」
少女は姉に聞こえない声でそっと呟いた。




