26 『なかなおり』
「わたしがわるかったからッ!! でてきてッ!!」
姉の声が聞こえる。
森でひとりでいたときに、ずっと聞きたいと思っていた声。
「ぁ……」
振り返って、声のする方に顔を向ける。
少し離れたところで、姉の姿が見えた。
焦ったように、声を上げながら走り回っている。
こちらには気付いてなさそうだ。
「おねえ……」
呟きかけて、思い出す。
ひどいことを言って、姉に悲しい顔をさせたことを。
「ッ……」
おもわず、あとずさってしまう。
本当は、姉のもとへ行こうとした。
でも、怖くなった。
姉は、もう自分のことなんか嫌いになってるんじゃないかと……。
ポン。
「えっ」
背中にそっと何かが当たる。
びっくりして振り向くと、目の前で神様が微笑んでいた。
さっきまで、いなくなってしまいそうだった神様が。
『大丈夫だよ』
少女の背中に手が添えられている。
……あ、あたたかい……。
その温もりのおかげで、少しだけホッとした。
そして……
トンッ。
軽く背中を押される。
「かみ、さま……?」
目が合う。
神様は、少女を安心させるように、ゆっくりと頷いた。
「…………」
少女はチラッと姉の方を見て、もう一度神様を見る。
もしここで離れたら、もう会えなくなるかもしれない。
でも……。
「はい。おねえちゃんに、あやまってきます」
神様が満足そうに微笑みながら頷いた。
そのまま少女は姉のもとへ走り出そうとして……。
「あっ! か、かみさまにもおはなししたいことがあるのでッ、ちょっとだけまっててくださいねッ!」
そう言って、姉のもとへ走った。
「おねがいッ!! でてきてッ!! ラキシ——」
「おねえちゃんッ!!」
「!?」
おもわず足を止める。
姉はとてもびっくりしたような顔をしていた。
「おねえ、ちゃん……あの……」
「ど…………」
びっくりした顔から、みるみるうちに目元を吊り上げていく。
そして……
「どこにいってたのよッ!!」
「ッッ!?」
姉の怒鳴り声に体がビクッと震えた。
……あ…………や、やっぱり……。
ズンズンと足音を立てながら近づいてくる姉。
いつもはすごく優しいのに、今はあんなに怒っている。
……わたしのこと、きらいになったんだ……。
心がズキッと痛んだ。
「おねえ、ちゃん……」
かすれた声が喉の奥で止まる。
今は姉の顔を見るのが怖い。見てしまったら涙が出そうだから。
……こ、こわいよ…………でもッ。
「ッッ」
あとずさりそうになったが、必死に踏ん張る。
……かみさまにいいましたッ。おねえちゃんにあやまるってッ!
「おねえちゃん!」
ガバッと顔を上げて、姉の顔を真っ直ぐに見る。
姉はすぐ目の前まで来ていた。
そして……
「ごめ——」
「しんぱいしたんだからッ!!」
「うぷッ!?」
姉に抱きしめられる。
「ほんとに、ほんとにッ、しんぱいしたんだからッ!!」
「ぁ……」
「ばかッ、ほんっっとにばかッ!!」
姉の手にギュッと力が入る。ちょっと痛い。
でも……。
「…………」
両手をそっと姉の背中へ。
手が触れた瞬間、背中がビクッと震えた。
……おねえちゃん……。
いつも頼もしくてカッコいい背中が、今はひどく小さく思えた。
ギュッ!
だから、姉を強く抱きしめる。
「ラ、ラキシ——」
「ごめんなさい」
「ッッ」
「おねえちゃんに、ひどいことをいってごめんなさい」
「…………」
「だいきらいなんて、うそです。わたしは、おねえちゃんのことがだいすきです」
姉の背中が弱々しく震えている。
大嫌いと言ったときの姉の顔が頭に浮かんだ。
本心ではない。
それでも、その言葉で姉を傷つけてしまった。
だから、謝る。何度でも、謝る。
「おねえちゃん、ごめんなさ——」
「ごめん!!」
「えっ」
「わたしのほうこそ、ごめんッ!!」
姉が顔を上げて、こちらを見つめてくる。
目が赤くなっていた。
「あんたがすきなものがたりをちゃかしたりして、ほんとうにごめん!! もうあんなこといったりしない! だからッ…………」
姉の目から涙が溢れてくる。
「だから、おねがい……」
「…………」
「どこにも……いかないで」
涙が頬を伝っていくのが見えた。
「おねがいッ……おねがい……」
声が震えている。
「はい。どこにもいきません」
そんな弱々しく涙を流している姉に、少女は思っていることをそのまま伝える。
「わたしは、おねえちゃんのそばからはなれたりしません」
「ほ、ほんとに?」
「はい、ほんとうです」
「う、うそついたら……ゆ、ゆるさな——」
ギュッ。
そして、少女はもう一度姉を強く抱きしめる。
「わたしは、おねえちゃんのことがだいすきですから」
「ッッ………………ぅ……うぅ……」
耳元で啜り泣く声が聞こえる。
「…………こわかった……こわかった、よ……あん、たに……きらわれ、たんじゃ、ないかっ、て……」
「ぁ…………」
少女は少しビックリする。それと同時にちょっとだけおかしくなった。
まさか姉も、少女と同じことを思っていたとは。
「おねえちゃん」
右手で姉の頭を優しく撫でる。
「な、なによ?」
「なかなおり、しましょう」
「…………し、しかたないわねッ…………なかッ、なかなおり、してあげるッ!……だからッ、その……」
「はい、ずっとそばにいます」
「ッッ…………や、やくッ、やくそくよッ」
泣き続ける姉の頭を、静かに撫で続ける。
「…………」
自分の言葉で、姉を泣かせてしまった。
だから、こんなことを思ってはいけないとわかっているのに……。
……ありがとうございます。
自分のために涙を流してくれる姉の気持ちが、少女はとても嬉しかった。
……わたし、おねえちゃんのいもうとで、ほんとうによかったです。
「おねえちゃん、だいすきです」
口の中だけで、そっと呟く。
少女の頬にも涙が伝っていった。




