19 『理解ができない』
ブシュッ!!
「グギャッ!?」
「えっ」
いきなりグラムガンドの右腕から血が噴き出す。
「今です!」
「ギャッ!? グギャ!?」
地面に膝をついているラキシアが右手をグラムガンドに向けて叫んだ。
伸びてきた植物の蔓がグラムガンドの両腕と両足に絡みつき、拘束する。
「はぁ、はぁ、はぁ…………こ、これで、少しは、時間が、稼げる、はず……」
……斬った、のか? 吹き飛ばされた、ときに?…………そして、魔法を……?
「ゲホッ! ゴホッ!」
咳き込む声が聞こえた。
ラキシアは起こした体を支えきれずに右手を地面についている。
「ッ!? ラキシ……」
「ダメです!!」
アサヒは駆け寄ろうとしたが、急な叫び声で足を止めてしまう。
ラキシアは息を切らしながらも、必死に言葉を紡いだ。
「はぁ、はぁ……っ、来ては、いけま、せんッ…………そこに、いて、ください……」
「で、でも……」
「大丈夫、です…………すぐに助けが、来ます、ので……」
そう言いながら、フラフラと立ち上がるラキシア。
誰が見ても、限界だとわかる。
服はいたるところが裂け、全身赤色が目立ち、左腕は不自然な方向に曲がっている。足はガクガクと震えていて、立っているのもやっとのはずだ。
なのに……
「安心して、ください、ね」
「うっ……」
こちらを心配させないよう、気丈に振る舞う。
アサヒは何も言えなかった。
「お願いします」
ラキシアは首から下げている水玉の形をしたネックレスに触れて、その手を天に伸ばした。
手のひらから、光り輝く何かが空高く飛んでいく。
ヒュン…………………………パン。
遠くで風船が弾けるような小さな音が聞こえた。
そして、何も起こらなかった。
そのかわり……
ブチブチブチッ!!
何かを引きちぎるような不快な音が聞こえてきた。
「ッッ!?」
グラムガンドは両腕と両足に絡みつく植物の蔓を恐ろしい力で引きちぎっている。
「くっ、止めてください!」
ラキシアは目を見開いた。そして、ぐっと歯を食いしばると、すぐさま魔法を発動した。
再び、何本もの蔓がグラムガンドに絡みつく。
「グッ、ギャ…………ギャッッ!!!」
ブチブチブチッ!!
「うそ…………そんな……」
しかし、不快な音を響かせながら、新たに絡みついた蔓も引きちぎっていく。
ラキシアが声を漏らしたのが聞こえた。
ブチブチブチッ!!
絡みついている植物の蔓がどんどんバラバラに千切れていく。あと少しでグラムガンドを拘束しているものは全てなくなり、再びアサヒたちに襲いかかってくるだろう。
「ぁ…………なん、で……」
そのとき、アサヒは見た。
グラムガンドの右腕の斬られた傷が治っていくところを……。
「うそ、だろ……」
すぐに傷は見えなくなり、あとに残るのは血の跡だけ。
「ど、どうして……」
その瞬間をラキシアも見たのだろう……震える声とともに一歩下がるのが見えた。
そして……
「…………」
ふいにこちらを振り返り、目が合う。
「えっ」
ラキシアはこちらを見ながら顔を綻ばせた。
おもわず間の抜けた声が漏れる。
……ラ、ラキシア……?…………なに、を……?
目の前がサーッと引いていくような感覚に襲われた。何も考えられない。頭が働かない。
ただ、今頭の中を支配するのは、これから凄惨なことが起こるだろうという確信に近い、胸騒ぎだけ。
「だ、め……だよ…………」
口をぱくぱくと動かすが、言葉が続かない。
アサヒのまったく働かない頭が警鐘を鳴らしている。なぜ、あんな表情をしたのか、その真意はわからない。
でも、このままだとラキシアは……。
「だ、だめじゃ…………」
すぐそばで、カサネが呟くのが聞こえた。
そして、ラキシアはこちらに右手を向ける。
「お二人をお願いします」
アサヒとカサネの足元から木の根が大量に伸びてくる。
「必ず、守ります」
魔法で発動した大量の木の根はドームのように展開していき、二人を覆った。
「ま、待って……ラキシア……」
弱々しい声で名前を呼ぶ。こんな声じゃラキシアには届かないだろう。
木の根の隙間から、少しだけ外が見えた。
ラキシアはふらつきながらも、足元に転がっていた剣を拾う。
「どうして……」
おもわず声が漏れる。
本当に理解ができない。
なんで逃げないのか。もう勝ち目なんてないはずなのに。
あんなにボロボロになって……
「なんでだよ……」
それでも、アサヒたちを守ろうとする。
「逃げて、くれよ……」
「いやじゃ……いやじゃ……らきしぁ…………」
ラキシアの行動が本当に理解ができない。
今日会ったばかりの他人なのに、どうして命を懸けられる。
そこまでする必要はないはずだ。
もしも、ここで逃げたとしても、誰もラキシアを咎めたりしない。
だって、あんなに恐ろしい魔物なのだ。逃げたって仕方ないだろう。仮に、咎める者がいるとすれば、それはグラムガンドを見たことも聞いたこともない平和ボケしたおめでたい奴だけだ。そんな馬鹿野郎のことなんか無視すればいい。
そして、何もできないでいる間抜けなお荷物のことは見捨ててくれればいい。
それなのに……
「心配してくれて、ありがとう、ございます。やっぱり、アサヒさんと、カサネちゃんは、優しい、ですね」
逃げるそぶりをまったく見せることなく、木の根のドームに向かって微笑みかけてくる。
「ッッ!!?」
「だ、だめじゃ……」
……ラキシアは、何を言ってるの……?
意味がわからない。これっぽっちも理解ができない。
……優しい? 俺が? 違うでしょ? 優しいのは……。
「ラキシアッ!!! 逃げてッ!!!」
「らきしあッ!!! 逃げるんじゃッ!!!」
叫んだ。木の根にしがみつきながら、必死に。
目の前の木の根を引きちぎろうともした。びくともしなかった。
ラキシアはこちらに背を向ける。
「「このままじゃッ!!」」
グラムガンドに剣先を向けた。
アサヒたちの声は聞こえているはずだ。
なのに……
「「死ぬぞッッ!!!」」
「あなたのお相手は、私です。かかってきてください」
ラキシアは止まってくれなかった。
「グギャーーーッッ!!」
ドオンッ!!
大きな音とともに、ラキシアの姿が見えなくなる。
「ぁ、ぁぁ…………い、いやじゃ、いやじゃ、いやじゃッ!! もういやじゃッ!! もう誰もッ! 失いとうないッ! 失いとうないんじゃぁぁッ!!」
すぐそばで悲鳴のような叫び声が聞こえる。
だが、その叫び声を掻き消すくらいに、アサヒも叫んだ。
「クソッ、クソッ!! なんで動かないんだよッ!! 早くここをッ、出ないとッ、ラキシアがッ!!」
ドゴンッ!! ドスンッ!!
グラムガンドが暴れる音が響く。
アサヒは爪が剥がれんばかりに木の根にしがみつき、全力で引っ張った。引きちぎるのは無理でも、人が通れる隙間さえ作れればラキシアを助けに行けるかもしれない。
ズドンッ!! ドシンッ!! ドオンッ!!
急がなくては。
絶対に、あの心優しい少女を死なせるわけにはいかない。
……死なせたくないッ!!
「クソッ、クソッ、クソォッ!!」
魔物に立ち向かう術などない無力な男だということも忘れ、無様に叫んだ。
そして……
「…………あ、あれ……?」
ふいに静かになる。
さっきまであれほど鳴り響いていた、空気を震わすほどの衝撃音が聞こえてこない。
「もしかして……」
隙間を急いで覗き込む。
アサヒはラキシアがグラムガンドを倒してくれたと、そう思った。
「……ぁ…………」
ラキシアの体は、グラムガンドの巨大な両手に鷲掴みにされていた。




