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1 『その男、生きがいなし』




 人生の意味とはなんなのだろうか。

 自分はなんのために生きているのか。


 ただ目の前の仕事に追われながら、毎日を過ごす。同じことの繰り返し。

 疲れた、めんどくさい、などと言ったところで何も変わらない。だから、やる。でなければ、生きていけない。そうやって、時間だけが過ぎていく。

 生きていくために仕事をしているのか。それとも、仕事をするために生きているのか。


 結局、自分はなんのために生きているのだろうか。

 その答えを誰も教えてはくれない。当然だ。きっと、ほとんどの人はその答えがわからないから。

 そして、その答えがわからないのであれば、人生の意味とはなんなのだろうか、という問いに返ってくる。


 男は、そんな益体もないことを繰り返し繰り返し考えていた。

 つまるところ、今の生活に生きがいを感じないのだ。

 同じことの繰り返しは嫌だと思っていても、現状を変えるようなことをしているわけでもなく、ただダラダラと生きている。

 誰かがなんとかしてくれる。時間が経てば何かが変わる。そんな、まったく保証されてないものに期待をしている。……期待をしたところで何も変わらないとわかっていながら。




 机に置いてあるパソコンの時計が十九時になる。そして、その瞬間に一斉にみんなが立ち上がり帰り支度を始める。定時である十九時前までに仕事を済ませ、あとは待つだけ。定時になると一秒でも早く会社から出る。これが男の日課。

 残業もほとんどなく、パワハラなどもない。仕事量も多すぎず少なすぎずでちょうど良い塩梅。いわゆる、ホワイト企業というやつだろう。


「お疲れ様でした」


「おう、お疲れ」


「あっ、お疲れ様です」


「お疲れ、また明日」


 帰り支度で人とすれ違うときはちゃんと挨拶をする。これも日課。

 以前ネットニュースで、『挨拶は本当に必要なのか?』という記事があった。

 この記事によると、挨拶をするかしないかは個人個人で決めるようにしたい、ということらしい。次に、挨拶をする派、挨拶をしない派の意見が出てくる。

 なんとも、退屈な記事だなと思った。そもそも派閥を作る意味がわからないし、挨拶するかしないかは勝手にすればいい。

 挨拶をする派のこの男にとって、挨拶をしない派の意見がいまいち理解ができなかった。どうやら、その派閥の人たちが言うには、『挨拶をしない自由がほしい』とのことらしい。愉快な人たちもいたものだ。挨拶に自由もなにもないだろうに。

 挨拶なんて、すれ違うときに『おはようございます』もしくは『お疲れ様です』と言うだけだ。時間にして二秒から三秒くらいだろうか。正直、めんどくさいときもなくはないが、挨拶しないことによって悪い印象を持たれるよりは、やった方がいいだろう。

 もちろん、『しっかりと挨拶をすると自分も相手も気分が良い』とかなんとか、生真面目なことを言うつもりはさらさらない。ただ、やらない理由がないからやる。それだけだ。


 挨拶をしない派の人たちも、そんな役に立たないことを考えてる暇があったら、もっと建設的なことを考えればいいのにと思ってしまう。


 ……例えば……そう、例えば………………例えが思いつかないな…………俺も人のこと言えないかも……。


 結局のところ、この男も挨拶しない派の人たちも同じ。役に立たないことばかり考えている、ただの同類。


「はぁ……」


 ……なんか嫌だな……。


 自分だけは彼らとは違うと、そう思うのは都合が良すぎるだろうか。そんなことを考えながらため息をつく。


「お弁当、温めますか?」


「あっ、お願いします」


 コンビニ店員の声で考えごとをしていた意識が現実に引き戻される。

 今日の夕食もコンビニ弁当だ。あとは、コンビニのレジに必ずと言っていいほど置いてある唐揚げを追加する。


「あと、この唐揚げを……」


「かしこまりました! 袋は冷たい物、温かい物でわけますか?」


「えっと……はい……」


 今時のコンビニ店員らしくない、ハキハキとした受け答えをする若い男の店員。こういうのを若さ溢れると言うのだろうか。この店員の接客態度に点数を付けるのならば、間違いなく百点満点の接客だろう。素晴らしい。

 だが、こうもエネルギッシュな姿を目の前にすると、自分が急激に老け込んでいく錯覚におちいってしまう。もちろん、その店員と比べれば、はるかに老けてはいるのだが。


「お待たせ致しました!」


「あっ、はい……」


「ありがとうございます!」


「…………」


 ペコリ。


「またお越しくださいませ!!」


「…………」


 男は会釈だけして、足早にコンビニを出る。うしろから聞こえる元気な声に気まずさを感じた。

 あの店員に非はない。そう、まったくないのだが……。

 ……次から、あの人じゃないレジに並ぼう。

 偏見だが……やっぱりコンビニ店員は、だらしないくらいが丁度いい。点数にするならば、三十点から五十点くらいの接客が好ましい。その方が安心する、個人的に。


 繰り返すが、あの店員に非はない。あるとすれば、間違いなくこの男の方だろう。

 あの元気な姿、きっと将来の夢とか叶えたいこととか、その他諸々に希望を持っているのだろう……たぶん。その姿が今の男には眩しすぎる。そして、比べられている気もする。エネルギッシュな若い男の店員と、なんか気後れしている男。もちろん、比べられているというのは、この男のただの思い込みだ。そんなことは理解している。そう、理解している、はずなのに……。


「はぁ……」


 男は深いため息をついた。




 コンビニから家までの途中、道端にお地蔵さんがある。誰が手入れをしているのか、常に綺麗な状態のお地蔵さん。


「…………」


 お地蔵さんの目の前で足を止めて、手を合わせて一礼する。弁当と缶ビールが入ったビニール袋を持ったまま手を合わせるのは無作法かとも思ったが、そもそも正しい手の合わせ方や礼儀作法など、まったく知らないので気にしないでおく。

 今どき、お地蔵さんを見かけたからといって、わざわざ手を合わせにいく物好きな者などいないだろう。少なくとも、この男の周りでは見たことがない。

 では、なぜお地蔵さんに手を合わせるのか。それは、祖父母の影響だろう。

 男が幼い頃には、もうすでにお地蔵さんに手を合わせる人はほとんど見かけなくなっていた。みんなが手を合わせなくなると、元々手を合わせていた者もやらなくなっていく。そうして、一人また一人とやらなくなり、とうとう誰も手を合わせなくなった……祖父母以外は。


「これをやっとかんとなんだか落ち着かんのじゃ」


「そうねぇ。それに、誰かが手を合わせないとお地蔵さんが寂しそうよ」


 そう言いながら、毎回足を止めて手を合わせていた祖父母。

 今思えば、風変わりな二人だったのかもしれない。みんながお地蔵さんを素通りしていくなか、二人だけは立ち止まり手を合わせる。そして、幼い頃の男も一緒になって手を合わせた。そのときの癖が今でも抜けない。もちろん、やめるつもりはないけれど。


『ふむ。お(ぬし)、なかなか良い心がけじゃのぅ』


「…………」


 男は顔を上げて歩き出す。心なしか、お地蔵さんの表情が手を合わせる前よりも笑顔になっているような気がした。




「ただいま」


 部屋の電気を付ける。一人暮らしなので、当然返事は返ってこない。

 スーツを脱ぎ、部屋着に着替える。テーブルに買ってきた弁当と缶ビールを置く。あとは、動画を見る用のノートパソコンで好きなアニメを流す準備をしたら完成だ。

 これは今後のスキルアップのために、資格などの勉強をするように買ったノートパソコンなのだが、今ではアニメを見ることにしか使っていない。三日坊主もいいところだ。そんな続けられない自分への不甲斐なさを掻き消すように、目の前で流れているアニメに集中する。


 ……そういえば。


 ビールを傾けながら、ふと思い出す。今流れている大人気アニメの原作者は今日が誕生日だったはず。彼は今日で三十九歳。そして、この男も今年で三十九歳になる。

 少しだけ妬ましい感情が芽生える。この二人の違いはなんなのだろうか。片やいろんな人気作を生み出した大人気作家、片やなんの取り柄もないくたびれた中年。これが本当に同じ人間なのか。同じ年に生まれて、ここまで差がつくものなのか。彼は価値のある人間で、この男は彼よりもはるかに価値のない人間で……。


 ……いや、違うな。


 価値以前に、これは自分が何もしてこなかった結果だ。その反対に、彼はきっといろんなことに挑戦してきたはずだ。その結果が、大人気作家ということなのだろう。

 妬むなんて、お門違いも甚だしい。彼は、まったく、これっぽっちも、百パーセント悪くない。悪いのは、何もしてこなかったこの男だけだ。


「はぁ……」


 男は、深くため息をついて再び目の前のアニメに集中した。

 アニメの内容は、非力な少年がたくさんの悲劇に見舞われながらも、仲間たちと協力して困難を切り開いていく。そんな感じの物語。ジャンルで言えば、今流行りの異世界ものというやつだ。

 いい歳こいて、アニメやラノベ小説ばかり見ている筋金入りのオタクであるこの男。正直、まわりと全然話が合わない。

 このアニメの主人公みたいに男にも仲間がいれば、少しは人生が充実するのだろうか、と思ってしまう。


 ……いや、そんなこと考えても仕方がないな……。


 アニメに集中しようと思っているのに、すぐに考えごとに耽ってしまう。

 男は弁当を食べ終え、ビールを傾ける。こうやって、一日が終わろうとする。今日も昨日も一昨日も変わらない。おそらく、明日も明後日も変わらないだろう毎日の繰り返しが続いていく。

 変化を求めているはずなのに、何もしない毎日。


「…………やっぱり、このアニメは面白いな……」


 男はノートパソコンから流れるアニメを見ながら、静かに呟いた。




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