11 『最近のスライムはめっちゃ強い』
「私の名前は、ラキシアと申します」
「ラキシア……さん?」
「はい。よろしくお願いします、アサヒさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カサネがようやく落ち着いたので、改めて少女の名前を聞いてみる。
わかっていたことだが、やはり日本人っぽくない名前だった。ますます異世界に来たという実感が湧く。
「お名前を聞いてもいいですか?」
ラキシアと名乗った少女は、しゃがんでカサネと目線を合わせながら問いかける。そして、問いかけられた本人はふんぞり返りながら……。
「ふむ! では、妾の『じこしょうかい』を聞くがよい!」
「じこしょうかい??」
「妾の名はカサネ! 年はわからん! よろしく頼むぞ!」
「よ、よろしくお願いします…………えっ、わからない??」
「あはは……」
ラキシアは戸惑いの目をアサヒに向けてきた。とりあえず笑って誤魔化す。
「これが『じこしょうかい』、ですか?」
「そうじゃ!」
「自分たちがいた地域での初対面の相手にする挨拶、みないものです」
えっへん!と胸を張るカサネ。
噛み砕いて説明するアサヒ。
「なるほど……初めて聞く言葉です」
ラキシアは一瞬考え込む素振りを見せたあと、口元を緩めた。
「私の暮らしてる村には遠くから人が来ることはほとんどないので、こういった話を聞くのは凄く新鮮ですね。他にもいろいろ聞いてみても……」
「待つんじゃ」
「え??」
「まだ、じこしょうかいは終わっておらん」
「そ、そうなんですか?」
神妙な面持ちでカサネは告げる。ラキシアは真剣に話を聞いていた。
「じこしょうかいをしている者に『ご趣味は?』と聞かねばならん。それが、相手に対する礼儀というものじゃ」
「な、なるほど……すいません、知りませんでした」
「まぁよい。次からは気を付けるんじゃぞ」
「はい、気を付けます。…………あの、ご趣味は?」
「おっ、さっそく行動を改めるとは良い心がけじゃ! ラキシアはなかなか見所があるのぅ!」
「ふふ、ありがとうございます」
「…………」
……さっそく呼び捨てかよ……。
アサヒは二人のやり取りを見ながら心中穏やかではなかった。ラキシアはニコニコ笑いながらカサネの話を聞いてくれているが、アサヒからすればご迷惑をおかけしないかヒヤヒヤものだ。
自分よりもかなり年下に見える少女に上から目線で話しかけられてるのだ。人によっては怒るんじゃないかと思ってしまう。
まぁ、ラキシアの反応を見る限りその心配はなさそうではあるが……。
……最初に出会ったのが優しい人で良かったよ……マジで。
「コホンッ…………では、聞くがよい! 妾の趣味は、ラノベを読むことじゃ!」
「らのべ……??」
「そうかそうか、お主は知らぬのか」
ほくそ笑むカサネ。ニヤリという効果音が出てきそうなひっどい顔だ。
「はい、初めて聞きました。そのらのべとはいったい何なのでしょうか? 教えてくれますか?」
「ふふーん、どうしよっかの〜」
「えぇ!? 教えてくれないのですか!?」
「簡単に教えるのもの〜」
「そこをなんとか」
「ふふーん」
「はぁ………………ラノベというのはですね」
「アサヒ!? 何を!?」
そんな二人のやり取りを見ていられず、横から口出しをするアサヒ。カサネから驚きの声が上がったが、構わず説明を続けた。
「若者向けに作られた小説のことです」
「若者向けの小説、ですか……??」
「はい。冒険小説や歴史小説みたいなジャンル……種類の一つだと思ってもらえれば」
「へぇ、そうなんですね! じゃあ、アサヒさんもそのらのべをよく読ま……」
「なんてことするんじゃーーッ!!」
「きゃッ!?」
「うわッ!? な、なんだよ急に??」
カサネがまた騒ぎ出す。
……どうせまたしょうもないことなんだろ?
「妾がッ……妾が説明しようと思っておったのにッ!!」
……ほら!! やっぱり!!
アサヒはおもわず言い返してしまう。
「カサネがもったいぶるからだろ!」
「なっ!? こ、これは会話に欠かせない間というやつじゃ! そんなこともわからんとは、アサヒは風情がないのぅ!」
「や、やかましいわッ! それにカサネこそッ……」
ワー、ワー、ヤー、ヤー。
元三十八歳のアサヒと年齢不詳の神様カサネの叫び声がこだまする。いい歳した大人が情けない。
「あ、あらら……えっと、二人とも落ち着いて、ください……あ、あのー、そのぉ…………」
そんな無様な二人を見ながら、ラキシアは慌てながらも止めようとしてくれていた。だが……。
「ぷっ……………………ふふ、ふふふッ……あははははははッ」
「えっ??」
「なんじゃ!?」
ラキシアの笑い声に驚く二人。当の本人は目元を拭いながら……。
「ご、ごめんなさい……おかしくって、つい…………本当に仲良しなんですね」
「あ、えっと…………仲、良いのかな……??」
「どうなんじゃろ??……悪くはない、とは思うが…………」
ラキシアの笑い声に毒気を抜かれた二人は、なんとも歯切れの悪い返事をした。
「喧嘩するほど仲が良いと言いますし。それに、はたから見ていても仲良しなのが伝わってきますよ」
「う、うむ……」
「あ、はは……」
そんな真っ直ぐに言われてしまうと、なんとも返答に困ってしまう。アサヒは小恥ずかしくて、おもわず苦笑いを浮かべた。
どうやらカサネも似たような気持ちだったらしく、ばつの悪い顔をしている。……仲が良いかはともかく、似た者同士なのは間違いないだろうと思ってしまった。
「私の趣味も小説を読むことです。あとは、体を動かすのも好きです。…………じこしょうかい、できてましたか?」
ラキシアも自己紹介をやってみたいとのことで、アサヒとカサネは静かに聞いていた。
ちなみに、自己紹介が始まる前にアサヒは『さっき名前聞きましたよ?』と言いかけて、『こらッ、野暮なことを言うでない!』とカサネに小声で嗜められてしまう。
……もしかして俺って……空気読めてない……??
そんな複雑な気持ちを隠すように、ラキシアに返事をする。
「だ、大丈夫だよ、えっと…………ラ、ラキシア」
「うむ! 良いじこしょうかいじゃったぞ!」
「ありがとうございます! アサヒさん! カサネちゃん!」
ラキシアの自己紹介のときに『私には敬語はいりませんよ。気軽にラキシアとお呼びください。さん付けも大丈夫です』と言われてしまう。
だが、ラキシアはアサヒたちに敬語のまま。自分たちだけタメ口でいいのかと思ったが……『私は敬語の方が慣れてるので気にしないでください』とのこと。
じゃあお言葉に甘えて、と言いたいところなのだが……今まで親しく話せる女の人がいなかったため、呼び捨てで呼ぶのがなんだか緊張する。
……カサネに対しては全然緊張しなかったのに……。
ちなみに、初めてラキシアがカサネのことをちゃん付けで呼んだとき、当の本人はかなり驚いていたが……『わ、妾を、ちゃん付け、だと!?……………………い、意外と悪くないのぅ』と、まんざらでもなさそうだった。……子供扱いは嫌じゃなかったの?と言いそうになったが、黙っておく。
「ちなみに、ラキシアは普段どんな小説を読むの?」
「どんな?ですか……えっと…………」
恥ずかしそうにモジモジしている。
ラキシアは十七歳、青春真っ盛りの年齢だ。そんな少女が読むとすればおそらく……。
「恋愛、小説が……だ、大好きで…………凄く、ドキドキするっていうか……」
口元に手を当てながら恥ずかしそうに答える。その仕草がなんとも可愛らしいと思ってしまった。
「恋愛小説、いいじゃん」
「本当ですか!?」
「う、うん」
アサヒはいろんな小説を読む。もちろんラノベがほとんどなのだが、恋愛小説もたまに読んだりする。
「お姉ちゃん……姉には、夢を見過ぎってよく言われるんですけど…………でもやっぱり、小説に書かれてる物語に、憧れるときが、あって……それに、いつかは…………いや、やっぱり、そのぉ……」
「ん?」
恥ずかしいのだろうか。ラキシアの言葉がどんどん尻すぼみになっていく。
この世界の恋愛小説がどんなのかはわからないが、夢を見過ぎって言われるのもなんとなくわかる気がする。
冴えない少年の幼馴染が超絶美少女でなおかつ両想いとか、冴えない男が超絶美女を危険から救って恋をしてとか。
恋愛小説を読みながら、そんな夢のような展開に憧れていた時期がアサヒにもあった。……まぁ、そんな出来事はまったく起こらないまま、冴えないオッサンになってしまったのだが……。
「憧れる気持ち、わかるよ」
「わかってくれますか!?」
「まぁ、ね……」
かつての儚い憧れを思い出して、悲しい気持ちになるアサヒ。かたやラキシアは嬉しそうな表情を浮かべていた。きっと、アサヒが共感してくれたと思ったのだろう。……なんだか切ない。
「私の周りには恋愛小説を読む人がいなくて、わかってくれる人がいて凄く嬉しいです!」
「そ、そうなんだ……。ラキシアのお姉さんは読まないの?」
「姉は小説自体ほとんど読まないです。そもそも、村で小説を読むのは私くらいしかいないんですけどね……」
「そっか……」
苦笑いを浮かべるラキシア。アサヒの周りにも小説どころか、本を読む人自体ほとんどいなかった。だから、ラキシアの気持ちが凄くわかる。
「あの! 私もらのべに興味があります! 今度読ませてくれますか!?」
「えっ!?……そ、それは、その…………」
「??」
アサヒは気まずそうに視線を逸らす。ラキシアは不思議そうに首を傾げた。
前世で読んでいたラノベをこの世界に持ってくることは可能なのだろうか。それに、仮に持ってくることができたとしても、日本語で書かれているものをこの世界の人が読め……。
……あれ?? そういえば、なんでラキシアの言葉がわかるんだろ? もしかしてこの世界の言語は日本語……??
「うむ! 今度読ませてやろう!」
「なっ!?」
「ありがとうございます!」
「助けてくれた礼じゃ! ありがたく思うのじゃぞ!」
「はいッ! 凄く嬉しいですッ!」
アサヒが戸惑ってるあいだに返事をするカサネ。ラキシアはとても嬉しそうな表情をしている。
「おい!? 大丈夫なのかよ!? そんな約束をして!?」
「何を騒いでおるんじゃ?」
ラキシアに聞こえないように、カサネに問いかける。当の本人は平然としていた。
「ラノベをどうやってこの世界に持ってくるんだよ!? それに、日本語で書かれてるものをここの人が読めるのか!?」
「あぁ、そのことか。まぁ、詳しい話は二人になったときに話すとしよう。それまで待つんじゃ」
「約束だぞ!? それに、他にもいろいろ聞きたいことはあるからなッ!?」
「わかったわかった、焦るでない」
話し合いが終わり、ラキシアに向き直る。すると……。
「あっ、いけない!? もうこんな時間!!」
「ど、どうしたの?」
「えっと、薬草を取りに行かなくちゃいけなくて……すいません! 村まで案内するのもうちょっと待ってくれますか?」
ラキシアの自己紹介のときに、家が薬屋を営んでいるのを聞いた。そのために必要なのだろうか。
「もちろん大丈夫だけど……俺たちも何か手伝おうか?」
「ありがとうございます。でも、私一人で大丈夫ですよ」
「えっ、でも……ここまで良くしてもらったのに、何もしないのも……」
「ふふ、アサヒさんは優しいですね。そのお気持ちだけで嬉しいですよ。それに、その服装だと森の中は動きにくいと思いますし、お二人とも長い時間歩いたんですよね?」
「えっと……まぁ」
ラキシアの服装は、ファンタジー映画の村娘が着てそうなワンピースとブーツ姿。見るからに動きやすそうな服装をしている。あとは、子供でも扱えそうな小さな剣を腰にさしていた。この森は魔物も出るらしいので、護身用だろうか。
ちなみに、アサヒはシンプルなシャツとズボンに靴。動きにくいほどではないが、森の中を歩くにはあまり適さない服装だろう。そして、カサネは黒を基調とした、和と洋がミックスしたようなデザインのワンピースを着ている。カサネの服装も長時間歩くのには向かないだろう。
「じゃあ、ゆっくり休んでてください。十分くらいで戻ってきますので」
「わ、わかったよ……ラキシア、くれぐれも気を付けて」
この辺は魔物が出るとカサネから聞いている。たいして強くはないそうだが、魔物がいる森の奥に少女を一人行かせるのは心配だ。仮に、この世界の人にとってはこれが普通だったとしても。
「気を付ける……ですか?」
「この辺って魔物が出るんでしょ? だから、心配で……」
「ぇ…………」
アサヒの言葉を聞き、ラキシアが少しだけ目を見開いた。そして、すぐに穏やかな優しい表情になる。
「大丈夫ですよ。この辺の魔物は子供でも倒せるくらい弱いので。それに……」
「??」
「私、こう見えてけっこう強いんですよ?」
ラキシアは腰の剣に触れながらイタズラっぽく微笑んだ。今度はアサヒが目を見開く。……もしかしたら、余計な心配だったのかもしれないと思った。
「ふふ。…………でも、心配してくれてありがとうございます、アサヒさん。じゃあ、行ってきますね」
「あ、あぁ」
「うむ! 気をつけて行ってくるのじゃぞ!」
「はい! 行ってきます、カサネちゃん」
ラキシアは長くて綺麗な撫子色の髪をなびかせながら、颯爽と森の奥へ入っていく。そのうしろ姿がとても幻想的で、ラキシアの姿が見えなくなるまで目を離すことができなかった。
「アサヒを転生させるときに、この世界の言葉がわかるようにしておいたのじゃ。これもラノベではお約束の展開じゃろぅ?」
「……まぁ、そうだね」
「それと、『信仰心』が集まればラノベを顕現させることもできる。もちろん、この世界の言語に変換されたものを、な」
「……信仰心って、めっちゃ便利だねぇ」
ラキシアが戻ってくるまでに気になっていたことを聞いてみる。とりあえず、言葉がわからないとかで躓くことはなさそうだ。
「ラキシアが戻ってきたら、俺たちが寝泊まりできるところがあるか聞いてみよう」
「そうじゃな。じゃが、その前に妾の姿をかたどった像のところへ向かわねば」
「それ、また今度じゃダメなの? 正直早く村に行って泊まれるところを探したいんだけど……」
早く休めるところを見つけたいアサヒ。
そんなアサヒを見上げながら、カサネはやれやれと肩をすくめる。
「言うたじゃろ? 信仰の対象になる物には『力』が宿ると」
「あー、確かに言ってたかも……。じゃあ、そのカサネの像のところに行けば良いことがあるってこと?…………でも、本当に??」
「ん?? なんじゃ? 妾を疑っておるのか?」
「疑ってるっていうか、その…………信仰の対象になる物に『力』が宿るんでしょ?」
「そうじゃが……??」
質問の意図がいまいちわからないのだろう。カサネは小首を傾げながら答える。
そして、それを聞いたアサヒは言いにくそうに……。
「……じゃあ、信仰してくれる人が一人もいないカサネの像はどうなのかな?と思って」
「ぁ………………………………………………………………」
「もしかして……忘れてた?」
「…………………………………………………………………」
「えっと…………大丈夫??」
「…………………………………………………………………」
カサネは何も答えない。……言葉では言い表せない顔をしていた。
「……ま、まぁ、行くだけ行ってみようよ! もしかしたら、その……な、何か良いことあるかもしれないしさ!」
「………………うむ…………行く……のじゃ…………」
「げ、元気出して!」
「……妾は…………元気……じゃよ…………」
カサネはフラフラと項垂れながら返事をするが、空元気なのは火を見るより明らか。なんとか元気づけたいのだが……。
「あはは…………と、ところで、カサネの像のところに行けばどんな良いことがあるの?」
「…………宿った『力』を、アサヒに、授けることが……できる、のじゃ…………」
「な、なるほど…………それってすご……」
「ふっ…………まぁ、行っても……無意味かもしれんがのぅ…………」
カサネが自嘲気味に笑う。
……い、痛々しいッ!!
「そんなことないって! 行ってみなきゃわかんないだろ!?」
「アサヒ、無理せずともよいぞ…………はぁ……妾……少し、疲れたのじゃ……」
「お、おい」
しゃがみ込むカサネ。この世の終わりのような呟き。
「…………またサンドイッチ……食べたい、のぅ……」
「あー、えっとぉ…………サンドイッチなら、またラキシアに頼んで……………………??」
ドス。ドス。ドス。
作ってもらおうよと言うつもりだった。だが、言い切る前に異変を感じた。
……揺れてる??
「な、なぁ……なんか揺れてないか?」
「……なんじゃ??…………もうサンドイッチができたのか??」
「ちっげーよッ!」
ドスッ。ドスッ。ドスッ。
アサヒの問いかけに対してトンチンカンな回答。
そして、そのやり取りのあいだも揺れがどんどん大きくなっていく。
「地面が揺れてないかって言ってんの!!」
「……地面が??………………ほんとじゃのぅ…………んんッッ!!?」
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
ガバッ!と立ち上がるカサネ。
「なな、な、なんじゃッ!?」
「地震か!?…………いや……」
ドスッ!! ドスッ!! ドスッ!!
一瞬地震かと思ったが……違う。
「何か来るッ!?」
……ドスンッッ!!!!
「うわッ!!?」
「うおぁッ!!?」
巨大な何かが、木々を蹴散らしながらアサヒたちの目の前に現れた。
それの見た目を一言で言い表すのなら、『ゴリラ』だろうか。
厚く毛に覆われた見た目。長くて大きな腕。テレビなどで見かける特徴と近い。
だが、違うところもある。口元には禍々しい牙が生えているし、何よりデカい。
……確かゴリラって、成人男性と同じくらいの大きさじゃなかったっけ……??
などと、今この場でまったく役に立たない言葉が頭をよぎった。
「グギャーーーーーーッッ!!!」
「ひっ!!?」
三メートル以上の高さから放たれる咆哮。
アサヒの全身に恐怖が走った。
「カ、カサネ!? あれは、いったい!?」
「な、なぜじゃ……なぜ、あの魔物が……」
「魔物!?」
カサネの呟きを聞く。『魔物』と、確かに聞こえた。
そして、カサネとラキシアの言葉を思い出す。
『スライムみたいな強さという意味じゃ』
『この辺の魔物は子供でも倒せるくらい弱いので』
……じょ、冗談だろ!? あんな凶暴そうな見た目なのに!?…………で、でも、スライムくらいの強さなら俺でもやれる、よな??
「お、おい!? アサヒ!?」
アサヒは、さっきまで杖代わりに使っていた木の枝を拾って構える。そして、カサネを庇うように一歩前へ。
それに気付いたのか、魔物の目がギョロリとアサヒを見る。
「何をしておる!? 逃げ……」
ヒュッ。バキ!
「えっ」
ドゴンッ!! バキバキバキッ! ドスンッ!!
「ぁ…………」
なんてことはない。ただ、魔物が木の枝に向かって手を振っただけ。
それだけのことなのに、木の枝がへし折れ、そして、その手に当たった木が音を立てて倒れた。
「アサヒ! アサヒッ!!」
「…………」
「逃げるのじゃッ!! アサヒッ!!」
目の前の状況が飲み込めなくて、アサヒは呆然と立ち尽くしていた。




