9 『遭難』
アサヒたちは森のど真ん中にいた。
右を見ても、左を見ても、木、木、木。こんな自然豊かな場所など、人生で一度も来たことがない。せいぜい、テレビで見かけたことがあるくらいだ。
「……どこ?って……ここがカサネが言ってた異世界じゃ、ないの?」
戸惑っているカサネに問いかける。
「……わ、妾はこんなところ知らんぞ」
「えっ!?」
「は、初めて見る場所じゃ……」
「初めてって……嘘でしょッ!?」
おもわず声を上げる。アサヒにとっては、ここは未知の世界。なので、カサネだけが頼りだったのに……。
「ま、まぁ、心配するでない! ちょっと降りる場所がズレただけ! きっと少し歩けば目的地に到着するはずじゃ!………………たぶん」
「本当に大丈夫なのッ!?」
「わ、妾を誰だと思っておる! 大船に乗ったつもりでおれと言ったであろう!」
「ぐっ…………」
さっそく雲行きが怪しくなった。そして、何が大船だ!もうすでに沈没しそうじゃないか!と叫びたくなったが、それを言ってしまうと本当に沈没しそうだったので、ぐっと堪えた。
「……と、とにかく、その目的地はどこなの?」
「妾の姿をかたどった像があるんじゃが、その近くに小さな村があってのぅ。そこが目的地じゃ。まずは、誰か人に会わなくては……」
「わかった。じゃあ、その村へ行こう。……ちなみに、どっちに向かえばいいかは、わかるんだよね?」
「……………………あ、当たり前じゃ! 任せておれ!」
「……俺の目を見て同じこと言える?」
「ア、アサヒが何を言っておるのかよくわからんのぅ……」
「おい」
「さぁ! 行くぞ!」
カサネはアサヒから全力で視線を逸らし、そのままずんずんと前を進んでいく。そのうしろをついていきながら、アサヒは思った。
……俺たち……遭難してるんじゃね??
「妾が神ということは、他の者には秘密じゃ」
あれから、何分くらい歩いただろうか……周りの景色は一向に変わる気配がない。とりあえず、少し歩けば目的地に到着するという言葉が間違いなのはわかった。
これは、アサヒがそんなことを考えていた矢先の言葉だった。
「えっ、どうして?」
「妾が神だと知られることは都合が悪いんじゃよ」
「都合が悪い??」
「その理由に関しては、ここを切り抜けたら話すとして。まずは、妾たちの設定を考えねばならんのぅ」
「設定??」
「そうじゃ。妾とアサヒは常に一緒におることになる。じゃから、そうしてても不審がられない理由が必要じゃ」
「なるほどね。……じゃあ、『兄妹』なんでどう? さっきも言ったけど、髪と瞳の色が同じだからさ」
「おぉ! それはよいのぅ! では、妾がアサヒのあ……」
「妹で」
「なぬッ!?」
「えっ?」
何を言っておるのだ!?という表情でアサヒを見てくるカサネ。むしろ、アサヒとしては今のどこに驚く要素があったのか教えてほしいくらいだ。
「ど、どう考えても妾が姉であろう!? アサヒや他の者たちを導く立場なのじゃから!」
「……いやいや、誰がどう見ても姉には見えないでしょ」
「なっ!?」
「そんなに驚かなくても……」
そんなバカなッ!?という声が聞こえてきそうな顔をしている。
もちろん、アサヒも意地悪がしたいわけではない。ただ、こればっかりはどうしようもないというもの。なぜなら、今のアサヒの肉体年齢は十八歳、かたやカサネの見た目はどう見ても八歳か九歳の少女にしか見えない。事情を知らない者が二人は兄妹だと聞いたときに、カサネのことを姉だとは思わないだろう。
「ぐぬぬ……そ、そんなに、妾のことが姉に見えないというのか……ならば! もう一度、設定を練り直して……」
「いや、もう兄妹でいいじゃん。ていうか、どんだけなりたいんだよ、姉に……」
「なりたいに決まっておるじゃろッ!!」
「うおッ!?」
「だって! 姉もしくは兄というものは、弟や妹に威張り散らしたり、パシリにしたりできるのじゃろ!? 妾もやってみたいではないか!」
「どこの世界の常識ッ!?」
一人っ子のアサヒにとって、兄妹がいる人たちの諸事情は全然わからない。だが、さすがにカサネが言っていることは見当違いだと思う……いや、そうであってほしいと願う。
……じゃないと、世の中の弟や妹がつらすぎるだろ……。
「……も、もしかして、違うのか!?…………おかしいのぅ……ラノベで読んだんじゃが……」
「どの作品だよ!? そんなクソみたいな設定が載ってるのは!?」
と、発言したところで、白い空間にいたときのカサネの言葉を思い出す。
『じゃ、じゃがしかし! これはお主の記憶から再現した物じゃぞ! そのお主がわからぬわけはなかろう!』
「…………」
カサネが読んでいたラノベは、全てアサヒの記憶から再現された物。つまり、アサヒも絶対に読んだことのあるラノベで……。
「あっ、あれか……」
「どの作品かわかったか?」
「まぁ、うん……わかったよ……」
……正直、あんまり面白くなかったんだよなぁ、あの作品。読んだこと完全に忘れてたし……。ていうか、記憶のこと説明されてないんだけど!?
記憶からラノベを再現する。それはそれで凄いとは思うのだが、それ以上に気になることがある。
「カサネ?」
「ん? どうしたのじゃ?」
再現できるということは、もちろん記憶を覗けるということだ。つまり、あんな事やこんな事などの人に話したくない赤裸々な秘密なども覗き放題。カサネから見れば、今のアサヒなど丸裸も同然ではないだろうか。
……全部知ってるってことか?……け、携帯とパソコンの検索履歴や……俺が、今まで女性とお付き合いしたことがないことも、どうて…………いやいや! 考えるな! 考えるなッ!
「アサヒ?」
「ひっ!?」
アサヒは戸惑いを隠せない。その様子に、カサネは小首をかしげながら名前を呼ぶ。体がビクッと震えた。
「ど、どうしたのじゃ? 妾に聞きたいことがあるのではなかったのか?」
「き、聞きたいこと、聞きたいことねぇ……」
……聞かないと、聞かないと! カサネは俺のこと、どこまで知ってるのか…………。
「……………………カ、カサネはどうだった? あの作品?」
……やっぱ無理! 怖い! 凄く怖い!
アサヒは咄嗟に、さっき思い出したラノベの話を出して誤魔化す。カサネは不思議そうにこちらを見てきたが、すぐに視線を逸らして感想を言ってきた。
「ん??…………あ〜、あんまり妾好みではなかったのぉ……というか、普通につまらんかったわ」
「そ、そっすかぁ」
裏表のない、正直な感想だった。そして、カサネに記憶のことを聞くのはやめようと、心に誓った……。
アサヒは何事もなかったかのように話を続ける。
「……そ、それなら、なんでつまらない作品の設定を取り入れようとしたんだよ?」
「えっ、だって良い考えではないか」
「どのへんが!?…………ていうか、この世界の兄弟関係って、上の子が威張り散らしたりとかしてないよね?」
「知らん」
「いや、神様だろッ!?」
「か、神にだってわからんことはあるんじゃ!!」
「おいおい、マジかぁ……」
アサヒは今のやり取りで、カサネは地上に暮らす人々のことについてかなり疎いのではないかと思ってしまった。信仰心を集めるための難易度が急上昇した気がする。
「いちおう聞くけど、カサネは今地上で何が流行ってるかとかわかるの?」
「…………」
……ですよねぇ……。
またもやアサヒから視線を逸らすカサネ。……返答を聞くまでもなかった。
「そ、そんなことよりも、設定はどうするんじゃ?…………やっぱり、妾が……」
「それはない」
「まだ最後まで言っとらんじゃろ!?」
「最後まで言わなくてもわかるよ!!」
「むぅーー!」
ほっぺをこれでもかと言わんばかりに膨らませて不満を表明する。そんなカサネを見て、アサヒは大きくため息をついた。
「はぁ…………とりあえず、俺たちの設定のことは村に着くまでは保留にしようよ」
「…………」
「まずはこの森を出ないと」
「………………………………………………わかった」
……どんだけ姉になりたいんだよッ!
拗ねてるカサネを横目に森を進む。
今のところ、森の出口が見つかる気配がまったくしないこと以外は問題なく進めている。危険な目にも遭っていない。……まぁ、出口がわからない時点でかなり危険なのだが。
「あっ…………」
そして、ふと重要なことを思い出し、恐る恐るカサネに聞いてみる。
「そ、そういえば、この森って…………魔物は出ないよね?」
「ん? もちろん出るぞ」
「えっ!? 出るのッ!?」
「何を焦っとるんじゃ?」
「そりゃ焦るだろ!? だって、武器なんて何も持ってないし! 襲われたらどうすれば!」
カサネからチートの話を聞いてはいたが、いざそのときが来るとやっぱり怖い。それに、今のアサヒたちは手ぶらなのだ。これでは戦えないだろう。
「ふむ。この辺に出る魔物は、ラノベで言うところのスライムみたいな感じじゃのぅ」
「えっ、スライム?」
「スライムみたいな強さという意味じゃ」
……ということは、弱い魔物しかいないって意味なのか…………いや、待てよ……。
「それって弱いって意味? それとも……凄く強い、とか?」
「何を言っておる? スライムなのじゃから…………あぁ、そういうことか」
最近のラノベには、とんでもなく強いスライムが出てくる作品がちらほらある。はたして今回は……。
「これは妾の例えが悪かったのぅ。確かにラノベの中には強いスライムが出てくる作品もあるが、今回は弱い方じゃ。安心せい」
「そうか……よかったぁ……」
「ふふ、そもそもそんなに強い魔物が出るのであれば、こんなにのんびりするわけなかろう」
「だ、だよねぇ。でも、弱いとしても武器はどう……」
「強いスライムで思い出したのじゃが! あの作品は面白かったのぅ! 『転生し……」
「その話は今はいいから」
ラノベの話をしようとしたのだろうが、今はそれどころではない。
雑に話を遮ったせいか、カサネはプンスカと怒りだす。だが、こちらにも言い分はある。
「きーーッ!! なんじゃいッ! せっかくお主とあの作品について語らおうと思っておったのにッ!」
「そんなことよりも今は大事な話があるでしょ!?」
「妾とのラノベの語り合い以外に大事な話があるというのか!?」
「あるよ! たくさん!」
「たくさんッ!?………………そ、そんな……バカな……」
フラフラと項垂れるカサネ。よっぽどショックだったのだろうか。この世の終わりのような顔をしている。
だが、そんなことよりもこの森を出ることを優先しないといけない。今のアサヒたちは森で行動するための備えなど何もないのだから。
水、食料はもちろんのこと、魔物と戦うための武器もない。そして、インドア派のアサヒにはサバイバルの知識も皆無だ。
「今の状況わかってる? どこにこの森の出口があるかもわかんないのに、ラノベの話なんかできないよ」
「うっ!? そ、それは……」
アサヒの言葉でばつの悪そうな顔をするカサネ。その顔を見て、少し言い過ぎた気がした。
「とにかく今は、この森を出ることを考えよう。………………そのあとでなら、いくらでも話に付き合うから」
「本当かッ!?」
「あ、あぁ、約束する」
「おぉ! 約束じゃぞッ!」
今度は満面の笑顔のカサネ。本当に、コロコロ表情の変わる忙しい神様だなと思った。
森の中を進みながらカサネに聞いたのだが、この辺りに生息している魔物は、木の棒などで叩いても倒せるくらい弱いらしい。なので、適当な木からちょっと丈夫そうな木の枝をへし折る。
ちょうど登山に使う杖くらいの大きさだったので、その代わりにもなった。おかげでかなり歩きやすくなった気がする。テレビなどで見る登山家が杖をつきながら歩くのは、理にかなっているのだなと思った。
「確かに、歩くのかなり楽だわ」
「…………」
「……カサネ??」
「…………」
先ほどから、カサネが喋らない。不思議に思い、足を止めて顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「あっ……アサヒか…………」
「アサヒか、じゃなくて……どうかしたの?」
「……どうか、したんじゃろう、か……??」
「いや、俺に聞かれても…………って、ふらついてるじゃないか!? 少し休も……お、おいッ!?」
まっすぐ立ってるのもつらそうにフラフラしていた。アサヒはどこかで休憩を挟もうと思った矢先、カサネが膝をついてしまう。
「どこか怪我でもしたのか!? それとも体調が悪いとか!?」
「……だ、大丈夫、じゃ……」
「大丈夫って……そんなわけないだろ!……ちょっとこっちに」
「じゃ、じゃが……」
「いいから!」
足元がおぼつかないカサネの体を支えながら、木の根元に座らせる。表情を見るだけで、だいぶつらそうだ。
「すまぬ……」
「いいよ、別に。…………大丈夫なのか?」
「……もちろん、だいじょ……」
「嘘はつくなよ」
「うっ…………」
アサヒに心配をかけたくないのだろうか。無理矢理に笑顔を作り、気丈に振る舞おうとする。が、その前に釘を刺す。アサヒはため息をつき、諭すようにカサネに話しかけた。
「はぁ…………どう見たって大丈夫じゃなさそうだから。別に怒ってるわけじゃないんだし、何かあったなら言ってくれよ」
「う、うむ…………」
カサネは俯きがちに、ポツリポツリと話し出す。そんなに言いづらいことなのだろうかと思ったが、何も言わずに静かに耳を傾けた。
「……まだ、その…………この状態に慣れとらん、のじゃ……。あとは、地上での行動も、まだ……」
「…………」
「……アサヒには…………迷惑を、かけるのぅ…………本当に、すまない……」
「……ッ…………」
弱々しい表情でアサヒに頭を下げるカサネ。なんとも複雑な気分だ。
泣いたり笑ったり騒がしかったヤツの、こんなしおらしい姿を見ると本当に調子が狂う。いっそのこと、『疲れたから妾をおぶるのじゃ!』と、えらそげに言われた方がまだ気分が良いというもの。だから、忌々しげに舌打ちをして……。
「……ちっ………………カサネ、立てるか?」
「??…………う、うむ……立てばよいのか?」
「…………」
「アサヒ??……いったいなにを……うおぁッ!?」
「…………」
「な、なな、なんじゃッ!? 何をするんじゃッ!?」
「うるさい」
ふらつきながらなんとか立ち上がったカサネに背中を向けてしゃがむ。そして、アサヒのその行動に首を傾げていたカサネを強引に引き寄せておぶった。
背中から驚きの声が聞こえるが、一言だけ呟いてあとは無視する。とりあえず、下ろす気はない。
「お、おい!? 聞いておるのか!?」
「…………」
「あぁ、ちょ……こ、こらッ!」
「…………」
カサネの声を耳元で聞きながら、森の中を進む。やっぱり騒がしい神様だなと思った。でも、これでいい。
カサネをおぶってからどれくらいの時間が過ぎただろうか。幸い、まだ日は沈みそうにない。できることならこのまま森を出たい。じゃないと……。
「ア、アサヒ…………怒って、おるの、か?」
「なんで?」
「いや……なんとなく、じゃが……」
「もちろん怒ってるよ」
「そう、か…………そう、じゃな……アサヒが、怒るのも……無理も、ない…………ふっ……この体たらく、じゃあ……言い訳も、できん、のぅ……」
「…………」
アサヒの背中でぐったりしながら、自嘲気味に笑うカサネ。話す言葉も途切れ途切れで、聞くまでもなくつらいのがわかる。それに、アサヒの首元にまわしていたカサネの腕の力もどんどん弱々しくなっていく。
「ちゃんと掴まってないと落ちるぞ」
「…………うむ……」
アサヒには、どうすればいいかがわからなかった。だからこそ、早く森を抜けて誰かに助けを求めないといけない。
……この世界にも医者みたいなのはいるよな?
「……ア……アサ、ヒ…………」
「話すのがしんどいなら寝てていいんだぞ。森を抜けたら起こすから」
喉を痛めてるのだろうか……カサネはかすれ声のまま無理矢理声を出そうとしている。
……この世界特有の病気とかか? 俺はなんともないってのに……。
カサネの体調不良の原因がわからない。なので、対処のしようがない。
苦しそうにしているカサネとは逆に、アサヒの体調はなんともなかった。むしろ、良いとさえ言える。なぜならこんな森の中を幼い少女のような見た目とはいえ、一人の人間をおぶったまま歩き続けているのにほとんど疲れていないからだ。運動不足なアラフォーだったアサヒからすれば信じられないことだ。これは若さのおかげなのか、それとも、カサネが言っていた強靭な肉体のおかげなのか。
「……う、うぅ……」
「カサネ! 大丈夫か!?」
「……すまん、のぅ…………アサ、ヒ……苦労を、かけて…………」
「ッ!!」
……そういうところが腹立つんだよッ!!
アサヒは心の中で叫ぶ。こういうときに限って、しおらしい態度を取るカサネに腹が立った。あの白い空間にいたときみたいにドヤ顔のひとつでも見せてくれたら、こんなモヤモヤした気分にならなくていいのにと思ってしまう。……そんなこと、無茶な願いだとわかっているけれど。
そして、もっとも腹が立つのはカサネがこんな状態なのに、何もできない無力なアサヒ自身に対してだ。もちろん、こんなところに連れてきたのがカサネなのだから、アサヒが気に病むことはない。だが、そうだとわかっていても、言葉にできない憤りがアサヒの心を掻き乱した。
「さっきまでのドヤ顔はどうしたんだよッ! 大船に乗ったつもりで!とも言ってたよなッ!?」
「ふっ……すまぬのぅ……その、つもりでおったん、じゃが…………ぅ……どうやら……無理そう、じゃ…………」
「お、おい! カサネ! しっかりしろッ!! おいッ!!…………あっ!?」
アサヒの首元に回していたカサネの両腕がダラリと下にたれる。そのせいでバランスを崩し、危うく背中から落としそうになった。急いでカサネの体を支えて、目の前の木の根元に寝かせる。
カサネは目をつむり、苦しそうな表情を浮かべていた。
「カサネ! 俺の声が聞こえるか!?」
「うぅ……く、苦しぃ…………」
「カサネッ!!」
アサヒは咄嗟にカサネの手を握り、声をかけ続ける。気休めだとわかっていても、そうすることしかできなかった。
「カサネ! お前言ったよな!? この世界で、信仰心を集めるって! あの言葉は嘘だったのかよッ!!」
「…………」
「おいッ! 返事しろよッ! カサネッ!!…………ぁ…………あれは…………嘘、だろ……」
返事をしなくなったカサネに向かって叫び続けた。そして、ふと顔を上げる。一本の木の枝が目に入った。不自然に途中で折れた枝……さっきアサヒがへし折った木の枝。
二人は同じ場所に戻ってきていた。
「はっ…………ふざけんな……ふざけんなッ……」
今まで歩いてきた時間が無駄だったとわかり、体の力が抜けるような気がした。そして、目の前には今にも死んでしまいそうに浅い呼吸を繰り返すカサネ。
今からこの森を抜けるのも、カサネを助けるのも無理だと、そう思った。
「ふざけんなーーーッッ!!!」
ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!
「…………えっ……」
まるで、獣の唸り声のような低く響く音を聞いた。
そして、その音はカサネから……。
「……くる、しぃ…………おなか、と……せなかが…………くっつきそう、じゃ…………」
「……………………………………カサネ……お前まさか、腹減ってるだけ、なのか??」
「…………腹が、減る……とは………こんなにも、耐え難いもの、なの……か??」
「…………」
……お前、ふざけんなよーーーッッ!!!
アサヒは、再び心の中で叫んだ。
「……ア、サヒ…………何か、食べれば、この苦しみ、から……解放、されるのか?」
「………………そうなんじゃねぇの?」
さっきまで一人で焦っていた自分が馬鹿らしくなって、投げやりに返答する。とりあえず木の根元に腰を下ろして、アサヒは考える。
……何か食べ物は……サバイバルの心得なんかないんだけど、どうすれば……。
カサネの体調不良の原因がわかったとしても、状況は変わっていない。依然として、森から出る方法もわからず、水や食料もない。
アサヒはそんなことを考えながら俯いていると……
「あの〜、何かお困りですか?」
「えっ」
聞き覚えのない声が聞こえてきて、咄嗟に顔を上げた。
一人の少女が、こちらを心配そうに見つめていた。




