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 僕たちは十二時十分の列車に少々揺られてカナガワまでやってきた。宿を取っていなかったので僕は適当にホテルを探して予約を入れた。


「二人です。今から向かってもいいですか?……あ、ありがとうございます。はい、失礼します」


上着を羽織った二人はホテルへ向かい、先にチェックインで荷物を置いて、ホテルで遅めの昼食をとってから現場に向かうことにした。


僕は財布とタバコを持って部屋の鍵を閉めた。


「六階がレストランだってさ。さあ何を食べようかなぁ~。あ、アンドロイドはご飯とか食らべれるの?」


 廊下を歩きながらティファに目線をやる。


「私は食事をしませんよ。陸さんの食事姿を見ています」


 見ている? いや、それは、


「別にみてなくても」


「それじゃあ、どこを見ていればいいのですか」


「別にどこでも良いと思うけど……あ、それならせっかくだし、景色が良く見える席に座ろうか。そこで景色を眺めていると良いさ」


「わかりました」


 僕はミートボールとオムライスを注文して席に座った。向かいに座ったティファは窓から景色を凝視していてまるでフリーズしているように見える。一体、ティファは何を見て何を考えているのだろう。僕はミートボールを咀嚼しながらティファの動きを観察した。おそらく空を眺めていたであろう瞳がぬるりと動いて機械的な瞬きを一つ。ティファはおそらく道路に目線を移したのだろう。また機械的な瞬きを一つ。今度は本腰を入れて何かを見つめ始めたように見える。一通り料理を堪能して僕は満足した。


「ごちそうさま」


 僕たちは席を立ちレジで会計を済ませ、エレベーターの前で立ち止まった。タイミングを見計らって、僕は「一服だけいい?」とティファに訊いた。


「わかりました。私は部屋へ戻っていますので」


 エレベーターのボタンを押してティファが答える。僕はティファが乗ったエレベーターの扉が閉まるまで見送ってから喫煙室へ向かうことにした。


喫煙室の中は僕一人だけであった。テレビを眺めながら、壁にもたれかかりタバコに火をつけてゆっくりと煙を吸う。


だらだらと静かに煙を吐いていると僕はふと涼香を思い出していた。


 未来予知を発した涼香を気に入った僕は論文のコピーを渡し、涼香はその論文を片時も離さず大切に胸の前で抱えていた。それからは未来の地球について語る日々が三か月と続き、涼香の予知能力を待ちながら何度も同じことを話していた。全然飽きたりなんかしなかったしつまらなくなることもなかった。終始僕は少々興奮しすぎていたかもしれない。しかし、それ以上に、涼香ははるかに興奮しきって熱心に、永久凍土ウィルスによる人類滅亡の恐ろしさについて語ってくれた。未来への対策はそう簡単に思いつきはしなかったが、話していくたびに涼香は不安に打ちひしがれるというよりは、安心して穏やかな表情を見せるようになっていた。


逆に僕は心配になってしまい、不安の絶えない日々を過ごした。そんな僕の心に余裕を持たせてくれたのは、とある日の涼香の自信に満ち溢れた宣言であった。


「陸のおかげで何とかなるかもしれない、いいえ、きっとそうだわ」


 強気で確信的な発言。


涼香のことが本気で好きだったし、疑う理由もなかったので、僕はそれを本気で信じた。


だが次の日、涼香は姿を消したのだ。


何の前触れもなしに突然消えた。もしかしたら昨日の言葉は涼香が決心した僕に告げる最後の言葉だったのかもしれない。そう思うと、僕はとてもやるせない気持ちになってしまった。もし、涼香が僕の前からいなくなるのをわかっていたとしたら、僕は愛の言葉を聞きたかった。そして、僕も愛の言葉を伝えたかった。それでも僕は今まで共に過ごした時間の少なさを悔やむことだろう。僕はこれからもずっと涼香とともに過ごすと勝手に思い込んでいたから、僕は悔やんで、悔やんで、やるせない気持ちになって、後悔をしては大人げなく泣いて、ずっと引きずり、忘れることができないことだろうと思っていた。 


僕はがむしゃらになって探し回った。だが、涼香の家族も友人も何も知らず、探し回るにも限界が来てしまった。


 涼香という人間についてもっと追及していればよかった、どうしてもっと知ろうとしなかったのか、と自分自身をことごとく責め続けた。


 涼香は僕を信じてくれたのだが、僕はその期待に応えることは出来るのだろうかとプレッシャーになったが向き合っていこうと思っていた。だがそれに反して、僕の気持ちは段々疲れてきていてしまっていた。


 そんな僕は何もかも燃え尽きてしまい、やる気を削がれ堕落した生活を過ごすようになっていた。


思い出すと辛いから、僕はタバコと酒に逃げて出来るだけ考えないようにした。


 タバコを一本吸い終えて、僕は二本目に手を伸ばそうとしていた。そこで思い出す。


 僕は今、ティファという涼香によく似たアンドロイドと共にカナガワを移動していることを。長く待たせるのもティファに悪いと思い、喫煙室から出ることにした。出た瞬間澄み切った空気が僕を迎える。喫煙室の中の空気はニコチンで充満した汚染された空間なのだ、と言われているようだ。それについては何も言い返せないし、なんか気まずい。僕はタバコに依存している、と思い知らされながら部屋へ戻った。


 ベッドに腰かけて静かに待っていたのは、涼香によく似たアンドロイド。僕は「ただいま」と言って、窓越しの椅子に腰かけた。


「現場には何時に向かうのですか?」


 ティファが僕を見つめて聞いてきた。


「……あ、これから雨降るみたいだよ……」


 僕は渋い顔をしながら話を逸らす。


「そうなんですね。――で、現場には……?」


 大きなため息を一つ漏らしてみる。現場、かぁ……。


 僕は現場になんて行きたくない。このまま、ホテルで二泊三日程宿泊して気分転換にカナガワをぶらりしてそのまま家へ帰りたかった。失踪事件の調査なんて面倒くさいだけだと思っていた。考えるだけで憂鬱になる。全く試験前の学生に戻った気分である。


「本音を言うと、僕は事件の調査なんて最初から乗り気じゃなかったんだ。だけど、言えずにダラダラしているうちにここまでやってきてしまった。僕自身ここまで来たならやるしかないのはわかっているけど、やる気が出ないんだよ。なんとか、ねえ、やる気が出る言葉、なんかかけてくれないかなぁ」


 ティファは数秒黙る。そしてすぐに思いついたようだ。


「それじゃあ……調査が無事終了しましたら、私が陸さんのために一つ何でも好きなことをしてあげる。で、どうですか?」


 微笑みながら提案を一つ。僕は少しばかり考える。そして頷く。


「悪くない、面白そうだ。よし,ノッてきたぞ。小鳩さんから頂いた書類がベッドの上に散らばってあるから、それを欲しい」


「はいどうぞ」


「ありがとう、資料に目を通すから少しだけ待って」


 失踪者の情報を確認していく。


「……ティファはこの資料の内容、全部覚えたの?」


 細かい文字を見て一気に疲れてきた。


「ええ、覚えました」


「それじゃあ、ティファさん、お願いします」


 資料の中の内容を覚えるのを放棄して、後はティファに頼ることにしよう。期待してます。


 僕はタバコと携帯電話を持って、よっと、と立ち上がり、かけていたコートに手を伸ばす。バサッと一回で羽織れて少し気持ちが良かった。


 そして僕は、ある男に電話を掛けた。



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