プロローグ
君は、いつまで、傍にいてくれる?
揺れる列車、僕は、ぼうっと景色を眺めていた。冬だというのに、日差しだけはとても暖かく、暖炉にあたっているみたいで、ほんのわずかだが眠気に襲われた。隣には置物のように黙って座る彼女がいる。列車が揺れるたびにスカートの裾が僕の手を何度も撫でる。僕は心の内、ドキドキしながら黙って窓に視線を止めていた。
ああ、綺麗だ。
窓に映る彼女の姿を見て思う。
時折、本物かと思わせるような、いかにも人間らしいその仕草に、僕は魅了された。
まだ出会って間もないというのに、僕は彼女ともっと長い間一緒にいたような気がする。それこそ、恋人であった。たくさんの思い出を作って、僕の中では結婚も視野に入れていたはずだ。それなのに、彼女は僕を知らない。内面的なことを知るにしてもこれから知っていくことだろう。
僕は窓に映る彼女を見ていた。だが、僕は目を閉じて、ふっと実体である隣に座る彼女に視線を移した。黙って一直線を見つめる彼女。瞬きのない目。瞬きをするのが億劫なのか、それとも、必要がないだけなのか、どちらにせよ、彼女の思考なんて読めやしないのに。
「お気分は大丈夫ですか」
僕の顔を凝視して彼女は唐突に聞いてきた。
「何故急にそんなことを? 大丈夫だけど」
「ただ、じっと見つめられていたので、体調が良くないことを訴えようとしていたのだと思いまして」
あまりにも彼女を見つめすぎていた。凝視、ガン見。彼女に何かを伝えようとしていたわけでもないのに、なんとなく目が離せなかったのだ。
「すまない。だけど……やっぱ、似すぎているんだよ……」
「?」
彼女が首を傾げる。
「いや、やっぱりなんでもないよ。えーっと……列車は――あと一駅だね、降りる準備をしておこう」
僕は散らばった荷物をかき集めてコートを羽織る。
外は晴れてるにしろ寒いだろう。彼女にも上着を渡す。
「私に入りませんので」
彼女は上着を受け取るのを少々拒んだ。
「着てもらわないと、僕が悪いことをしているようじゃないか。自分だけ着ておいて隣を歩く女性が着ないなんて、どんな屈辱プレイなのさ。そんな白い目で見られたくないから、この上着は着てもらわないと困る」
僕は再び彼女に上着を渡した。
理解した彼女は「ありがとうございます」と礼を言い、上着を羽織る。
列車が駅に到着すると、僕は彼女と一緒に車両を降りた。寒風が二人を迎えた。やはり上着を着ていて正解だ。
「何から始めましょうか」
物静かな彼女がどことなく積極的に話す。
しかし、彼女の考えていることなど一切わからない。今、彼女が積極的なのか、機械的な言葉を発しただけなのかもわからない。今、彼女について考えたところで、情報が少なすぎる。今の状況じゃ、迷宮入りになりそうだ。
僕は考えるのをやめて、コートの襟を直しながら言う。
「とりあえず、宿を探そう」
彼女は「はい」と頷いて耳たぶを触る。
その仕草に僕は驚いた。
そうなんだ、その仕草は……ふとしたときに涼香がしていた癖だ。
いや、彼女の仕草はわざとではないとわかっているつもりであったが、その耳たぶを触るまでの最初から最後までが涼香に似ていた、似すぎていた。僕は思わず言葉を失ってしまった。
――涼香、一体、どこへ行ってしまったんだ――?