御徒町樹里の冒険 ヤギーとテックの再逆襲
僕は勇者。
すでに魔王コンラの地下城の深くまで来ている。
但し、パーティはバラバラだ。
戦士リクは美少女盗賊のノーナとどこかに飛ばされた。
美人武闘家のカオリンは哀れにもたった一人でどこかに飛ばされた。
普段の行いの悪さが、こういう時に出るものなのだ。
神様はいる。そう確信した。
そして! そして、そして、僕は!
樹里ちゃんと一緒! どうだ、カオリン!
などとお気楽な事を言っている場合ではない。
一刻も早く、みんなと合流しないと。
「この死体は一体……?」
僕はいくら進んでも途切れない死体の山に気分が悪くなった。
「みんな、魔術師さん達です」
樹里ちゃんが悲しそうに言う。
そんな憂いを秘めた横顔がいい。抱きしめたい。
コホン……。いかん、いかん。
「え、どういうこと?」
僕は、以前ノーナが「世界中から魔術師が集められている」と言っていたのを思い出した。
「魔力を全部吸い取られたのです」
「そ、そうだったのか。で、何で?」
僕は樹里ちゃんに重ねて尋ねた。樹里ちゃんは立ち止まって僕を見た。
「あの魔導士さんが、お姉ちゃんを……」
樹里ちゃんがそこまで言いかけた時、またカジューが現れた。
「そこまでです! その話、勇者如きに話さないで下さい、樹里様!」
何だと!? そう叫びたかったが、声が出ない。それくらい、カジューは怒っていた。
イケメンが台無しよ、と教えてあげたいくらい、奴の顔は歪んでいた。
「お姉ちゃんはこんな事を望んでいません。やめて下さい、魔導士さん」
樹里ちゃんは穏やかな口調で語りかけた。しかし、カジューは、
「そんな事はありません! コンラ様は、魔力をお望みなのです! 世界を統べるために!」
と叫んだ。そして、
「貴女はもはや、コンラ様の妹君ではない。勇者の仲間。ならば、死んでもらうのみ!」
カジューは正気を失っているように思えた。
そうか。こいつは、コンラに惚れてるんだな? だから……。
「ここでは戦えません。場所を変えましょう、魔導士さん」
樹里ちゃんは言い、スーッと消えた。
「私はカジューです! 覚えて下さいよ!」
カジューはそう叫ぶと、スーッと消えた。
「……」
僕は取り残されてしまった。
しかも、周りは死体の山。
「ヒーッ!」
恐怖で身がすくんだ。
オラは戦士リクだ。
今、ノーナしゃんと共に、勇者様と樹里姫様を探している。
もう一人、女子がいただが、あれは別にどうでもええ。
「どこいらへんだべか?」
オラはノーナしゃんに尋ねた。ノーナしゃんは近くにあった塔に登って、
「わかりません。闇ばかりで、何も見えませんよ」
その時だ。
「ホッホウ。困っているようだね、お二人さん」
聞いた事のある声だが、多分空耳だべ。
無視して歩いた。
「ホッホウ、聞こえているのに聞こえていないフリなんて、冷たいよ、我が同志よ」
まだ何か言ってる。オラは腹が立ったで、声の主を探した。
「どこさおるだ、虫め!? あん時は、もう少しで死ぬとこだっただぞ!」
「それは失礼したね、リクさん」
虫が現れた。相変わらず気持ち悪いだ。ノーナしゃんが怯えてオラの背中にしがみつく。
うーん。ええ感じだ。
「何の用だ? 今度こそ、踏み潰すぞ、こらあ!」
オラはノーナしゃんを庇いながら、雷神の斧を振り上げた。
「ホッホウ、勇者がどこにいるのか、教えてあげようと思ったのに、そんな態度なのかい?」
「あんだと?」
こいつ、懲りずにまたオラ達を騙すつもりかや?
やっぱり、バカかや?
「ホッホウ。信じる、信じないは、君の勝手さ。でも、勇者はピンチだよ」
「どういう意味です?」
ノーナしゃんが尋ねた。虫はニヤリとして、
「勇者が今一緒にいる御徒町樹里は、本当は魔王コンラの妹なのさ」
「ええ!?」
「あんだって!?」
オラには信じられない。こんな虫の言う事、信じられない。
あの樹里姫様が、魔王の妹だなんて……。
「ホッホウ、どうだい、大ピンチだろう? 早く助けに行かないとね」
その時、ノーナしゃんが小声で言った。
「こいつに乗せられたフリをして、勇者様のところへ行きましょう」
「おお、さすがノーナしゃん、頭がいいだな」
「えへへ」
ノーナしゃんは照れ笑いをした。めんこい。めんこいぞ、ノーナしゃん。
絶対、オラの嫁っこにするだ。
オラ達は、虫の話を信じたフリをして、奴の案内で先に進んだだ。
私は美人武闘家のカオリン。
何やら、あちこちから、私の悪口が聞こえたような気がしますわ。
「ヒッヒッヒ、カオリンさん、お久しぶりでやんす」
どこからともなく、とてもイラつく声が聞こえましたわ。
確か、この声は?
「ここでやんすよ、カオリンさん」
目の前に視界に入れたくない男が現れましたわ。
「ヤギー! よくも私の前に姿を見せられましたわね!」
私は戦闘態勢に入りましたわ。
「エッヘッヘ、アチキはカオリンさんと戦うほど、おバカじゃありやせんぜ。重要なお話をお伝えに来たんでやんすよ」
「重要な話? 何ですの?」
私はイライラして尋ねました。
「実はですねえ、あの御徒町樹里は、本当は魔王コンラの妹で、この世界で二番目に強い魔導士なんでやんすよ」
「何ですって!?」
私は驚きましたわ。樹里様の強さの秘密は、そういう事でしたのね。
「その樹里が、今、貴女の恋人となるべきカジュー様と戦っているのでやんすよ」
「な、何ですって!?」
これにはもっと驚きましたわ。
「多分、カジュー様は勝てやせんぜ。樹里の強さは、パねえでやんすから」
「ううう」
私は揺れていました。どうすればいいのでしょう?
今、こうして私が生きているのは、間違いなく樹里様のおかげです。
でも、カジュー様もお助けしたい……。
そんな私の心に、ヤギーのダメ押しの言葉が突き刺さります。
「カオリンさんがカジュー様の味方をしてくれれば、カジュー様が勝てるかも知れねえでやんす」
「ああ、カジュー様ァッ!」
私の心の振り子は、一気にカジュー様に振れてしまいましたわ。
「こっちでやんすよ、カオリンさん」
私はヤギーの罠などという考えが浮かぶ事なく、走りました。
僕は歩き疲れていた。
いくら進んでも、死体の山から抜けられないのだ。
「樹里ちゃん……」
それでも、彼女の事が心配だった。