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ある朝ふと

作者: 暮橋みおせ


 ある朝……目が覚めると、起きろと喚くアラームの声が聞こえない。

 カーテンから漏れる光は細く、正確な時間を測れない。

 目をぐしぐしと擦りながら、空いた手でスマホを探す。

 硬い感触が指に触れて、ああこれだなと手をぴっと伸ばしてつまみ上げる。


 デジタルクロック8:15


 ああ、これは遅刻だな。

 ちょうどスヌーズ機能で喚きだし、まるで予知でもしていたかのようである。

 タップですぐにスヌーズを解除して、ベッドから下りるように床へついた。

 あと十五分で遅刻するのに慌てもしない自分の心は、もはや雄大な空を映す波のない鏡面の湖にでもなっているのかもしれない。

 堕落とも言えた。


 テレビは普段は見ることのない、その先にあるニュース番組がしていた。

 最近話題の白い歯磨き粉を取り扱っていた。

 SNSで白い歯磨き粉は男性の精子のようで卑猥で不快という問題であった。

 へえ、なんて聞き流しながらトーストを咥えた。


 小学生の頃は時事問題に興味なんてなかったのに、子ども向け番組への関心がなくなると、リモコンすら手につけなくなる。

 親が点けるから、視界に映るから見ているだけで最初は雑音でしかなかったが、最近は声が聞こえる。


「亮、学校早く。遅刻でしょ」

「うい」

 

 口に運んだトーストの繊維が伸びるように破けていった。

 牛乳を流し込みもう一度トーストを口に咥えた。


 最近、なんだか魂が抜けたように頭が軽い。

 けど胸は苦しくて、体は鉛のように重たい。


 小学生の頃の担任の教師が、中学行ったら勉強ついていくの大変なる、と言っていた。

 その教師が言っていた通り百点のテストが返ってくるのは小学生までだった。

 中学生になって俺は落ちこぼれた。


 そんなことは序章の序章に過ぎない。


 次に部活に入った。

 一年半でやめた。


 小学生の頃に学校のテニスクラブで遊んでいたので、それで中学でテニスをしたのだが何が楽しかったのか忘れた。

 熱いものほど冷めやすいことに最近気づいた。

 調べてみるとムペンバ効果というらしい。

 それが人に当てはまるかはわからない。


 ある時自分が独りであることに気づいた。

 クラスの誰かと話すし、小学生のからの馴染みの子とも話すけど、彼らが何者なのかを俺は知らない。

 また彼らも俺の正体を知らない。


 自転車を漕いでいると歩いた方がいいことに気づいた。

 早く遅刻しても遅く遅刻しても同じ遅刻なのだから一生懸命に足を回す必要はない。

 それに通学路の景色は案外悪くない眺めだ。

 銀色の穂波に灰色の川、古びた住宅が並んで、奥の踏切で赤い電車が走っている。

 こうしてゆっくり歩いていなければ景色の美しさに気づかなかった。


 ふと胸ポケットを触ると学生証がないことに気がついた。


「今日はサボろう」

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