水炊き
コッコッコッ。
コッコッコッ。
朝だね。
「……」
隣の部屋からゴソゴソと音がする。
布の擦れる音が。
起きたのかな?
「……」
静かになったと言うことは……。
寝てるね。
良い身分で……。
良いけどね。
布団から出ると寒さが堪える。
「へくしっ!」
思わずくしゃみが出た。
あ~~喉が痛い。
イガイガする。
喉の奥が痛い。
う~~ん。
頭が痛い。
熱あるかな~~。
「……むう……」
ふう~~と息を吐く音がする。
向こうの部屋からだ。
静かにして欲しいんだが……。
コッコッコッ。
コッコッコッ。
コケッ。
体温計は……有った。
う~~ん?
体温は……高いな。
風邪だろうな~~。
病院は麓まで行かないと無いしな~~。
無理だろう。
この体調では。
一階まで雪が積もってるんだ。
買い置きの風邪薬は……。
有った。
良かった。
一週間分有る。
後は……。
僕は台所で肉を切る。
関節の繋ぎ目に出刃包丁を差し込む。
ブツン。
良い音だ。
肉を鍋に入れていく。
「栄養を付けないとね」
僕は隣の部屋の襖を開ける。
「う……うん?」
布団から顔を見せる女。
知り合いの女ではない。
遭難者だ。
運良く此処まで来れた遭難者。
遭難者の女を見て僕は嗤う。
血塗れの出刃包丁を持ちながら。
「おはよう」
精一杯の愛顔で嗤う。
辺り一面に悲鳴が轟いた。
深い雪で覆われた集落全体に響きそうな悲鳴が。
「……朝っぱらから耳が痛いんだけど」
僕は朝ごはんを食べながら眼前の女に文句を言う。
「いやアレは貴方が悪い」
「何でさ?」
「朝起きたら顔と出刃包丁に血が付いた男を見たら普通は悲鳴を上げる」
「鶏を絞めて水炊きを作ってくれた家主に其の言葉は無いと思う」
「朝から水炊きって……普通は夕飯では?」
料理が苦手な奴に多くを求めるな。
「冬の山を甘く見て遭難した女を外に放り出そうかな~~」
「すみませんでした」
遭難者の女はその場で土下座した。
スライディング土下座で。
流石に凍死はいやらしい。
……なお数年後此れがキッカケで結婚した。
再会した遭難女性と。
プロポーズしたのは僕の方からだ。
運が良かったな~~。
好みの女で。
でなければ彼女を水炊きにしていたよ。
前の遭難者の様に。