お盆休み、かくれんぼ。 〜てんのかみさまのいうとおり〜
「だれにしようかな 天の神さまの言うとおり! ぶとかいぶとかいぶっぶっぶっ かきのたね
ヒヨコが生まれたy」
「姉ちゃん、そこ、『ねずみが生まれたよ』やろ」
「うるさいなぁ、うちの学年ではヒヨコやねん」
「僕んとこは『ぶとかいぶとかい』やなくて『ぶっとこいてぶっとこいて』やで〜」
「ゆうくんは、ちょっと黙っといてや、ややこしなるから」
「ヒヨコより、ねずみの方が強そうなんやけどなぁ」
「ドングリの背比べやろ、んなもん!てか、そういう問題とちゃうやろが」
体がとろけそうな暑さも、肌にじっとりとまとわりついて不快極まりない湿気も吹き飛ばしそうな勢いで、従姉弟たちの関西弁が炸裂している。初めて会ったとき、千葉生まれ東京育ちの僕には新鮮だった。・・・しかしコレ、ホントにどうでもいいケンカ(?)だな。
「まあまあ、香帆ちゃんも桂人くんも、そんなことで言い争いせんと。『天の神様の言うとおり』が地域・学年によって微妙にちゃうのは、あるあるなんやから。それより、はよオニ決めよ。拓くん待ちくたびれとるし。 かくれんぼする前に、晩ごはんの時間なってまうで!」
空汰にいちゃん、ナイス! 僕が待ちくたびれてるのも察してくれた。ホントいい従兄。
「ほんじゃ、ケイくん(桂人の愛称)オニな」
かくして、毎年恒例・お盆の従姉弟全員集合かくれんぼが始まった。
僕は、徒競走を走る直前みたいなドキドキを抑えながら、辺りをぐるりと見渡した。
いかにも昭和ッ!な感じの、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家。つるつる・ざらざらの畳、場違いに涼しげな音色を奏でる風鈴、線香の匂いがする仏壇、はしっこに茶色いシミができた押入れ、空汰にいちゃんの少年サンデーがのっかっている座敷机。
かくれんぼの範囲は、この家全体。隠れる場所は、たくさんある。
僕は、仏壇のうしろに目をつけていた。押入れの一部を利用して設置されていて、そのうしろに人ひとり入れるくらいの隙間があるのだ。 みんなガチでやってるのに、なんでここには今までだれも目をつけなかったんだろ。そう思いながら、押入れに入り仏壇との間に身を潜めた。ケイくんが時間を数える、声変わりしてない澄んだ高い声が聞こえる。
「もーういーいかーい」
「もういいy・・・」
自分の声が、情けなくしぼんでいくのが分かった。押入れの、狭くて、とてつもなくひろい闇に吸い込まれるみたいに。なんでかは分かんないけど。・・・でも、なぜか、空汰にいちゃんの声が僕の中でうずいた。
『天の神様の言うとおり が地域・学年によって微妙にちゃうんは、あるあるなんやから』
そうだ、ずっと前、かくれんぼの時になんでここに隠れようとしないのか、空汰にいちゃんに訊いたことがあった。おだやかな雰囲気を際立たせる糸目と、常に人の良さそうな笑みをたたえた口を、困ったように、恥ずかしそうにゆがめて苦笑した、空汰にいちゃんの顔。自信なさげに頭をかいた、その仕草、細い指、黒髪。 バレンタインのチョコの数を聞いて、びっくりしたことがある。 ふたつしか歳が違わないのに、僕のほうが都会っ子なのに。その時垣間見た、空汰にいちゃんの大人っぽさ。 あれはもう、天が空汰にいちゃんに与えたものだろう。空汰にいちゃんはこの人に似たなって人は親戚の中に何人かいるけど、親戚の中でういているようにも見えるほどに、年齢以上に大人っぽくて、ナチュラルに性格よくて、その性格をまんま映し出したような顔をしてる。
この、ホントいい従兄に見とれ憧れる自分と、・・嫉妬している自分がいることに気づいて、胸の奥がきゅうっとなった。
それで、その時空汰にいちゃんが答えたことは、よく覚えていない。
〈このこにしようかな てんのかみさまのいうとおり〉
ふいに、幼いこどもの声が首筋をなでたような気がして、僕は息を止めた。なんだか胸がざわざわする。何かを振り払いたくて、頭をふる。夏が暑いのは押入れの中も例外でなく、全身にじんわりと汗がにじんでいる。ちょっと喉が渇いた。ケイちゃんに見つからないようにここから出て、麦茶でももらおうか。
汗のにじんだ体に風が当たると、ひやっとする。
でも、完ペキ室内の押入は、風どころか換気さえままならない、はずなのに。
〈このこがいいよ てんのかみさまのいうとおり〉
また、聞こえた気がする。でも、ここは限りない闇で、ふすまの隙間から部屋の光がほそく差し込んでいるだけ。押入れの中に、僕以外の人の気配なんてあるわけない。
ふすまの隙間から、光とともに線香の匂いがただよってくる。
肌が汗でじっとりと湿っていて、少し気持ち悪い。
体育座りした膝に顎をつけると、僕自身の肌と汗の匂いがした。
〈このこにしよう てんのかみさまのいうとおり〉
顔のあたりの空気が、すっと冷たくなった。胃がキュッとちぢこまる。胸全体に、むやむやと嫌な感覚が広がっていく。
ふいに、あのときの空汰にいちゃんの声と顔が耳の奥に蘇った。まるで走馬灯みたいに。
「これ言うの恥ずいねんけど・・・怖いやん。仏壇の裏、しかも押入れの中やし。ああいうとこの暗闇ってさ、なんか吸い込まれそうな気ぃするねん。ほかの皆がどう思っとるかは知らんけど」
〈このこつれてこ てんのかみさまのいうとおり〉
また。今度はハッキリ聞こえた。冷たい汗が背中をぬらす。
・・・あ、今週のサンデーの新連載、まだ空汰にいちゃんに読ませてもらってないのに。心底どうでもいいことが頭の中を駆けめぐった。
あのとき、空汰にいちゃんは、まだ何か言った。何だったか・・・
苦しい息をつきながら、僕はやっと思い出した。
「そやから、僕はあそこは・・・あれ?仏壇って、押入れの仕切りブチ抜いて設置されとるから・・・」
困ったような顔をした、空汰にいちゃんの顔が、渦巻く今までの記憶の最後に、ぽっかりと浮かび上がった。
「仏壇のうしろに、隙間なんか無かった思うけど」
〈いっしょにおいで てんのかみさまのいうとおり〉