第86羽 踏破越到
本日2話目
『握撃』を発動して左手を握りしめる。
「《黄陣:誘岐連》+《紫陣:連星》」
魔力に引き寄せられて分岐する雷の魔術陣を《連星》で引き絞り五重展開。一つに集まり電光迸る巨大な魔術陣が形成される。
「《黄雷陣:樹雷殿》!!」
巨大な魔術陣からその大きさに違わぬサイズの雷撃が放たれる。そして放たれた雷撃は隕石の魔力を感知すると太い幹から枝葉を伸ばすように次々と分岐して飲み込んでいった。傍から見れば黄金の大樹が突如空中に現れた様に見えることでしょう。目に見える範囲の隕石は全て消え去った。
さっきまではこの後が続かなかったので切れなかった、二度しか使えない手札です。ですが今ならきっと手が届く。そうすればお母様だってきっと私を娘だと認めてくれるはず……!!
『…………』
枝葉を伸ばした雷の余波はお母様に直撃する前に羽に弾かれて消えてしまいました。全く効いていないですね。しかし隕石は既になく、道は開けました。
砂嵐になってしまった空をお母様に向けてひた走る。
崩れた隕石と地面に落下して巻き上げられた土煙の影響でしょう。環境破壊も甚だしいですね。これが終わったらお母様に掃除して貰いましょう。
そんなことを考えていたバチが当たったのでしょうか。お母様がふとこんなことを呟いた。
『おっと、特大のを引き寄せてしまったようだな』
「はい……????」
上空の雲を吹き飛ばし、現れたのは直径100メートルはありそうな巨大な隕石。それがお母様の横を通り抜けてこちらに迫ってきた。
さすがに大きすぎます。これ、避けるのは無理では? あと日光が痛いです。
大きさ故にゆっくり迫っているように見えてしまうのですが速度は他のと同じです。しかもしっかり追尾してきています。
それに避けてしまえばこの大きさだと地面に着弾したとき、遠めだとはいえさっきの街にも影響が出るでしょう。それも少なくない影響が。助ける義理はありませんが、また助けない理由もありません、
なら選択肢は一つ。――――破壊する……!!
『空の息吹』を強く意識して息を吸い、進化して新たに胸の中心にできた炉心をフル稼働させると、今までにないほどの莫大な闘気が信じられないほどのスピードで生み出されていく。
構えを取る。排熱機構のおかげで余剰な熱のない体に力を込め、『氣装纏鎧』の強度を限界まで高め、『氣装纏武』の為槍に闘気を送り込んでいく。
準備完了。
槍に戦撃の光が灯る。
「【告死矛槍】……!!」
突きと共に槍に押し込められていた闘気が溢れ巨大な蒼の槍となって隕石に襲いかかった。
闘気はエネルギーなのでパワーはあっても硬さはありません。ですが進化によってそれにも変化が現れたようで物理的な硬さを得ることができました。
体にまとった闘気はタダの強化からまさに鎧となり他からの物理的干渉をはね除け、槍に宿った闘気はエネルギーの奔流から本物の槍の様に硬さを得た。その新たな力を以て隕石を破壊していく。
三連突きで隕石に三つのクレーターを作り上げ、薙ぎ、逆薙ぎ、回転薙ぎで迫る勢いを完全に殺した。カチ上げで縦に罅が入り、横からの叩きつけで十字の亀裂が刻まれる。
「はあァァァァァッ!!」
両手で握りしめた槍の一突きで亀裂を深め、体を捻って得たバネの力で片手の突きを叩き込めば隕石の中から蒼の光が溢れ爆散した。その勢いのまま崩れる隕石の中を突破。硬さを得た闘気のおかげで石片が当たっても痛痒にも感じません。
崩れた隕石も勢いは完全に消滅。自由落下していく。街にはほぼ影響は出ないでしょう。
落ちる隕石を横目にお母様に全速力で接近する。
『あのサイズを破壊できるか……!!ならばこれはどうだ?』
「……!!砂が……!!」
流星群が落ちた衝撃により巻き上げられた砂埃。
空中で私が砕いた無数の隕石の欠片、そして巨大隕石そのものが崩れ、砂と化して巻き上げられる。
全ての空中に漂う砂礫がお母様を中心に渦巻いていく。
……地上に隕石が落下した場合、大なり小なり衝撃で砂埃が巻き上がられる事になります。時には年単位で空に残り続け、地上に影を落とすことも。そんなことになれば環境に悪影響が現れます。そうならないためにもこの戦いが終わった後は後始末してもらうつもりでしたが必要なさそうですね。全く嬉しくないですが。
『天候は砂嵐。行くぞ?』
荒れていただけの砂嵐が明確な意志を見せた。雲に覆われ土気色に染まっていた世界が再び灰色を取り戻す。
巻き上げられた砂塵が天高く振り上げられたお母様の翼を中心にして集まっていく。
『《羽天:砂削刳》』
振り下ろされた翼から羽が打ち出される。もちろんタダの羽ではない。砂嵐がたっぷりと凝縮され、羽を中心に螺旋を描く天然ドリルのおまけ付きです。
『これは避けられんぞ?』
その声を聞いてすぐに最後の多重陣魔術を使うことを決めた。きっと水羽砲弾のように変態軌道で追従してくるのでしょう。避けられないなら破壊するしかない。さっきの隕石で私の羽魔法が簡単に壊せないこともなんとなくわかっているはず。
これを突破してもう一度接近する……!!
この土羽ドリルはさっきまでの隕石すら飲み込んだ巨大な砂嵐を凝縮した攻撃。ならもっと火力がいる。それは――――
「私のオリジナルの戦撃……!!」
戦撃。それは世界のシステムに記録された技を自らの体にトレースして行使する攻撃。引き出せるのはもちろん記録されている技のみ。極論、戦撃を使える者は全員がその技を参照することが出来る。そしてそれ以外の戦撃など存在しない。
例外を除いて。
とある方法で世界のシステムに認めさせることによってのみ、オリジナルの戦撃を作り出すことができる。
そもそも方法を知るものなど露程も居らず、知ったところでその難易度は途方もなく高く。
その道の達人が一つの技にのみ全てを捧げ、神がかった状態でようやく一筋の可能性が見えるそれほどの難しさ。
今から使うのはそのオリジナルの戦撃の一つ。
槍を掲げ、穂先の真下を左手で握りしめる。
「《緑陣:付加》+《紫陣:連星》」
そこに右手を握り込み、槍の最後端まで手を滑らせていく。
「……《緑嵐陣:呼応》」
重なった五つの緑陣から風が漏れ出す大きな魔術陣が形成され、槍に荒れ狂う嵐の力が宿る。
そしてその嵐の力を増幅するように掲げた槍を頭上で回転させていく。
『これは……風を集めているのか……?』
やがて回転する槍は渦巻く風を作り出し、サイクロンに成長した。槍を回転させつつ片手で背後に移動、ストロボ効果でゆっくり逆回転して見えるそれが『氣装纏武』の効果で込められていた闘気を解放し巨大化した。
膨大な闘気の量にギシギシと不穏な悲鳴を上げる槍。「保ってくださいよ……!!」と祈りつつ、闘気の性質である自身の魔力との親和性を利用して渦巻く嵐を巻き込み、蒼の槍を嵐そのものにしていく。
「とどけ……!!」
マフラーをたなびかせ、背後のサイクロンを伴って前に飛び出す。
オリジナルの戦撃は難易度に相応しく消費は莫大。しかし威力は――――絶大。
迫る砂羽ドリルに、負けじと回転する蒼の巨槍。遠心力のエネルギーを余すことなく喰らい尽くした嵐を全力で突きだした。
「【嵐統槍】!!!」
槍の形として統べられた嵐が空を疾駆する。どこまでも征ける風の性質を得たそれは蒼の空を荒ぶり伸び続け、《砂削刳》との距離がゼロになった瞬間。
――――世界が膨張した。
そう感じるほどの衝撃が駆け巡る。進化して今までとは比べ物にならない力を手に入れた今でも、天帝との純粋なスペックでの差は歴然。
しかし前世で培った力の結晶は確かにその力を見せつけていた。
進む先にある全てを削り尽くそうとする砂嵐を、逆に削り喰らい吹き散らしていたのだ。反動で後ろに吹き飛ばされそうになる体を羽ばたき続ける事で意地でも押さえつける。
むしろさらに一歩押し込む。
戦う理由はわからないけど、負けられない事だけはわかるから……!! ここで勝って帰るんです!!
「負けない……!!」
さらに一歩踏み込めば明らかにお母様の技を押し込んだ。
『我が力を打ち破るか……!!』
遂に砂嵐が瓦解する。弱者の努力は強者の一撃を打ち砕いたのだ。
そして先の衝突でその勢いの大半を失いボロボロに消耗した一撃は進み続け――――そのまま天帝の胸に傷を刻み込んだ。ジワリと純白の羽毛が朱に染まる。
ここに至って天帝は歓喜した。なにせ絶対に届かないと思っていた刃が自らを傷つけたのだから。その成長を見せつけたのだから。
魔物としての本能をむき出しにして嗤えば世界に更なる風が吹きすさぶ。もう人など軽く吹き飛ぶほどの大災害。
『流石だ……!!さあ……もっと――――』
しかしその風は突如としてその風がまるで存在してもいなかったかのようにピタリと止む。
『どうした。なぜお前が――――泣いているんだ』
それは天帝には衝撃だった。なにせ今までに一度として傷を付けた側が泣くような事などなかったから。それに――――
「私が……力を求めたのは守るためです。傷つけるためじゃないんです……!!例えそれが独りよがりなものであろうと……!!私は大切な人を傷つけたくない……!!」
――――相手は最愛の娘なのだから。
気づけば天帝は、瞳を涙に染めそれでも戦う覚悟の消えていない娘を抱きしめるように翼で包み込んでいた。
『もう良い』
「え……?」
『済まない。お前がそこまで嫌がるとは思ってもいなかった。悪かった。我が娘、メルシュナーダよ』
「お母様、私だと認めてくれるんですか……?」
『当たり前だ』
ここまで聞いてようやくメルは腕に込めていた力を抜いた。
戦いたくなかろうと必要とあれば戦う。今までそうしてきたのだから。そうすることしか知らないから。そうでなければ守れなかったから。そうであっても守れなかったから。
天帝は確かめるように胸にすがりつく我が子を抱きしめる。
『……実はお前が人化を解除した時点で気づいていたんだ。死んだと思っていたお前が現れたときは最初は夢だと思ったよ』
「なんですかそれ……。それならなんで戦ったんですか」
『夢だと思ったと言っただろう? 夢ならば最後くらい娘の力を見てみたいと思ったのだ。なに、すぐに現実だとわかったが今度は興が乗ってな。お前の力を試したくなったのだ』
「私はお母様に私だと認めて貰えてないと思っていたのに……」
胸の羽毛に頭を埋めたまま、拗ねたようにそう言う娘に思わず眉根を下げる。
『お前には合わなかったようだな。悪かった、許してくれ』
「……ホントに悪いと思ってますか?」
『ああ、思ってるさ』
「ならもうしないで下さいね。それで、許します」
『約束しよう。よく戻って来てくれた。一度しか言わんから良く聞けよ?――――愛してる』
「私もです」
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光の差さない暗い部屋に影が二つ。
「それで首尾は?」
「ええ、丁度留守な上に止んだようですよ教祖様。――――囲っていた風がね」