第83羽 vs天帝 その2
『空の息吹』を強く意識して闘気を生成することに注力する。さっきも言いましたが私の魔術では有効打になり得ないでしょう。有効打となり得る可能性があるのは戦撃のみ。
まずは槍の射程圏内に再び接近する必要があります。しかし接近したところで【魔喰牙】でダメージを与えることができなかった以上、もっと攻撃力を上げる必要があります。そのためにはもっと闘気が必要です。
体の中心で生命力と魔力を混ぜ合わせ、肺に取り込んだ魔素と共に練り上げる。普段以上に集中して肺の中に息を送り込めば、体から溢れる闘気の光が増え輝きが増す。
『氣装纏鎧』発動の為に送り込む闘気の量を引き上げ、武器に闘気を送り込み『氣装纏武』も発動した。
その時、握りしめた槍が送り込まれた闘気に震えているのに気がつく。そういえばまともなメンテナンスもなしに闘気をかなり送り込みました。頑丈さがうりの槍とはいえそろそろ限界なのかもしれません。……苦労をかけますがせめてもう少しもってください。
吹きすさぶ風雨の中ちらりと分厚い雲がかかった空を見上げる。火力をまだ上げる方法はあります。
まだ夜には少し時間がありますが、贅沢は言っていられません。ここはリスクを負ってでもリターンを得るべきでしょう。雲が晴れれば焼かれてしまいますが即死するわけではありません。
ソウルボードに『吸血鬼』をセットする。これでさらにステータスを上乗せ。
準備はこんな所で大丈夫でしょうか。
……行きますよ。
翼で空気を力強く叩いて一気に上空へ。嵐の力も使って加速する。向かい来る私を待っていたかのようにお母様は翼を振るった。
『《羽天:驟水》』
放たれた多数の羽。その一つ一つが雨粒を巻き込んで体積を肥大させていく。羽のサイズはお母様の体の大きさに比例しています。ただでさえ大きな羽が体積を増して襲い来る様子はまるで大砲の雨。
なるほど天帝……ですか。”天”、つまり天候を上手く味方に付けて力を増す戦闘スタイルのようですね。
その間にも迫る雨の砲弾。そこから最小の被害で済むルートを探し出す。
「【回連舞】……!!」
槍を振りかぶり、舞うようにして砲弾に叩きつける。続く砲弾も遠心力を伴った薙ぎ払いで弾き、別の砲弾をさらに一回転して振り上げるように進行を逸らした。そこから逆再生のように体を捻って一発、さらにもう一回転して一発。
三回転の薙ぎ払いと逆の二回転薙ぎ。計五連の戦撃。それで砲弾の雨を突破することができた。……この表現紛らわしいですね。
『ほう、これを突破できるか』
突破できた私を見てお母様は面白そうな笑みを浮かべる。私では難しいと思っていたのでしょう。
実際さっきまでの状態だったら無理でした。『氣装纏武』があったからこそあの威力の攻撃を逸らすことができたのですし、そもそも他者の魔力を弾く性質のある闘気がなければ羽は弾けても魔法の水は食らいます。闘気を使える私だから攻撃を逸らすことができましたが、他の人ならこの技は回避一択です。ちなみに回避できるとは言ってません。さっきの雷の鳥の攻撃といい、技が強すぎます……。
『ならもう一度。《羽天:驟水》』
翼が振るわれ、雨の砲弾が再び襲来する。
貴女はそれでも人の心があるんですか!?……あ、魔物でした。じゃあ仕方ないですね。ふぁっきゅー。
さっきの砲弾のせいで痺れが残る手。槍を落とさないようにしっかりを握りしめる。
ルートを見極め、もう一度【回連舞】で攻撃を逸らしていく。余裕なんてない。ギリギリだ。
5度の攻防を経てもう一度砲弾の雨を突破。こんな恐ろしい攻撃をしかけてくるお母様を睨み付ける。
『この鬼! 悪魔! 人でなし! お母様!』
私が思い思いの罵倒を投げつけるとお母様はイラッとした雰囲気を見せた。
『我を見ていても良いのか?』
その言葉と同時に背筋に冷たいものが走り、咄嗟に横回転する。見れば私がさっきまでいた場所を多数の砲弾が高速で通り過ぎていく所だった。ゾッと冷や汗が流れる。あれが全部当たっていたら大怪我だったでしょう。少なくとももう戦闘は継続できません。
『我が羽は飛ばした後もある程度自由に動かせる。ならば《驟水》を自在に動かせるのも道理だろう?』
そんな情報初めて知ったんですが?
そんなことを考えている間にもさっきの砲弾が再び反転して襲いかかってくる。飛んでくるルートから急いで移動すれば、砲弾はずれもせずに私を狙ってきます。ホーミング機能付き!?
なりふり構わず背を向けて飛行を開始する。
『大人げないですよ! もっと手心を加えて下さい!!』
『なに、いらないことを言う口にはお仕置きが必要だろう?』
『口だけじゃなくて全身ボコボコにされてしまいますけど!? さっきの根に持ってるんですか!? 器が小さいですよ!?』
『……そら、加速するぞ』
『いやぁ!?』
文句を言ったらなぜか羽砲弾が加速しました。解せぬ。
『風靡』を使って嵐の力をスピードに変えて逃げ続ける。
お母様から距離を開けすぎないように飛んでいるためトップスピードには届きません。砲弾の群れはジリジリと距離を詰めてくる。このまま避け続けてもじり貧です。
……上手く行くかわかりませんが賭けに出るしかありません。
全ての砲弾の位置を確認。私が望む状況になるように私の飛行経路を調整していく。そして全てが一致したとき、――――私は羽砲弾に向けて突撃した。
『……なに?』
まるで自爆特攻のように見えたでしょう。お母様も困惑している様子です。もちろん考えあってのこと。
そして闘気をまとった槍を構えた私は先頭の砲弾に槍を振るうと――ヌルリと砲弾に押しのけられる様にして受け流した。砲弾を逸らすのではなく、私を逸らす。私の受け流しの技術のうちの一つです。
『……ほう』
同じように全ての砲弾に押しのけられていく。
今までやらなかったのは砲弾を弾くより、受け流す方が圧倒的に難しいから。頭が赤熱するような感覚に陥るほど私の集中力を酷使します。しかしこれは必要だった。
まるで風に弄ばれる木の葉のように。釘の森を抜けるパチンコ玉のように。翻弄されているように見えることでしょう。しかし砲弾が襲い来る順番、私が押しのけられる角度、その全てが私の手の平の上。
私は才能がない。特に戦いに関しては。どれだけ槍を振って訓練しても戦闘勘は育たなかった。どれだけ人と戦っても戦闘勘は育たなかった。
だから私は直感に頼ること無く、全てを戦況を理論的に構築しなければならない。自分の動き、相手の動き、思考。全てを予測して勝利への道筋を描く。常に相手の初見の行動にも対処しつつ、それを情報として取り入れ適時調整しながら。
それも今までの転生での膨大な経験から得られたトライアンドエラーの結果があってのもの。一手ごとにこれまでの経験を活かした”正解”を選び取って次の手を打つ。それが私の戦闘スタイル。どこまで行っても凡人である私が、時間という他者にないものを貪ってようやく手に入れた力。
最後の砲弾に押しのけられる。全ての砲弾に触れ、遂に突破した。翼で空を叩きお母様に向けて加速する。
『凄まじい技術だが《驟水》はまだお前を追うぞ?』
『それは……どうでしょうね?』
『……なに?』
背後で反転しようとした砲弾。その全てが力を失ったようにパシャリと弾け、形を崩した。当然私を追うことなどできるはずもなく。
『……どうやったんだ?』
『教えるわけないでしょう?』
『それもそうだな』
ニヤリと笑ったお母様が三度翼を振るう。
眼前に再出現した砲弾の雨。
『そら、もう一度今のを見せてみろ』
それに私は翼を振るい、同じ数だけ闘気をまとった羽を打ち込むことで応えた。
『ふむ、苦し紛れか? その威力では《驟水》は破壊できんぞ? 諦めてさっきのを我にもう一度見せてみろ』
『その必要はありません』
『なに……? なんだと!?』
私の返答に訝かしげな声を出したお母様は今度こそ驚愕の声を上げた。それはそうでしょう。だってお母様の砲弾は私の羽に触れるとさっきの水増しのように形を崩して用を為さなくなったのだから。
偶然ではありません。砲弾と同じ数だけ打ち込まれた私の羽は全てが砲弾を崩壊させた。
そしてお母様の眼前に崩れた水で築かれた即席の水のカーテンができあがる。お母様の視界が遮られたその一瞬、戦撃の光をまとって加速。
空に槍と翼がぶつかったとは思えない硬質な金属音が響き渡る。
防がれはしましたがもう一度近づくことができました。
ここは射程圏内ですよ?
驚いた表情を浮かべたままのお母様に向けて私は笑って見せた。
才ある者が経験と修練の果てに直感でベストの一手を指す棋士だとすれば、主人公は自分の中にある全ての手を想定、精査し一手をようやく出せるプログラムのようなものだと考えて頂ければ。
しかもそもそも最初は一手すら想定できず、時間をかけてゆっくりと手を見つけ出していくような欠陥プログラムですが。
転生で時間を得続けなければタダの弱者で終わっていたでしょう。時間を得たのが本人にとって幸福なことだったかはまた別の話ですが。




