第80羽 嵐の日に
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「くぅ、なんて風の強さですか……!!」
前から打ち付ける雨を腕で防ぎながら前に飛び続ける。
運良く最初に入った酒場で目当ての情報を仕入れることができて喜んだのもつかの間。酒場のマスターに教えてもらった街に近づくにつれて風雨は激しくなり続け、遂にはサイクロンもかくやといったレベルになっている。この状況で街は無事なんでしょうか……?
『強風の力』で打ち付ける風の力を受け流して、『風靡』の力をフルに使って風を乗りこなすことでようやく空を飛べている。風の影響をもろに受ける鳥の姿では流されてしまうので人化した姿でしか最早飛ぶことができない。
体は雨と風にさらされ、少しばかり寒いです。
《壁盾》を展開して雨を防ぐ事なんてできるはずもありません。そんなことをしてしまえば風に攫われて台風の日にさしたビニール傘よりもひどい有様になります。さすがに骨がバキバキになるのは遠慮したいです。
地面を歩くのは……一度やってみたんですよ?でもぬかるみで滑って転びかけるし、体が浮いて足なんてほとんど着かないし飛んでるのと変わらない。結局おとなしく空を飛び続けることにしました。
そもそも行くのを止めた方が良かったでしょうか?でもこの風にお母様が関係している可能性が高い以上、収まるのを待つ選択肢はありません。お母様が荒れてるって聞いて来たのに、終わってから着いても本末転倒です。
「あれ……?」
気づけば暖かな陽光にキラキラと照らされて、さっきまでの肌寒さが嘘のようにポカポカしてきた。突然、前から打ち付ける雨と風が消え去って天気が快晴になったのだ。今までの風が凪いでいて、そよりとする事もない。
「そんな馬鹿な……」
狐につままれたような面持ちで後ろを振り向けば、すぐ後ろには風雨をまき散らす暴風圏が唸りを上げて存在していた。境界に近づいて手を伸ばせば、向こう側には風と雨は確かに存在している。
ここだけが風雨の空白地帯。台風の目になっている。まるで切り取られたようにぽっかりと。
「一体なにが……」
情報を得るためにも辺りを見渡せば前方には街が。あれは私が向かっていた目的地です。この天候でかなりの被害を受けているのではと思ったの無事そうでなにより。とりあえずあそこの住人にでも話を聞きましょうか。
そちらに向かって羽ばたこうとしたときチリっと脳裏に嫌な予感が走った。
――違う、逆だ。人の住む街だけがこの嵐から逃れられている訳じゃない。この嵐は誰も逃がさないための檻だ……!!
素早く視線を走らせる。眼下には特筆するようなものはなにもない。……なら、上!!
―――見つけました!
街の斜め上の空。そこには巨大な球体上の雷雲が浮かんでいた。自然な状況ではありえない特異な光景。あれがこの状況の原因と考えるのが妥当でしょうか。
あれからものすごい力を感じます。それから―――
そこまで考えたところで突如上空の雷雲から電光が溢れ始めた。先ほどまでの静寂をかき消すように雷鳴が轟き始める。なにかするつもりなんでしょうか。
固唾をのんで見守っているうちに上空の雷雲からポコリと小さな雷雲が放たれた。
いや、元の雷雲が大き過ぎるだけで街を飲み込んでしまうほどの大きさです……!!遠近感がおかしくなりそう……!!
雷雲は恐怖を煽るようにゆっくりと進んでいく。あの大きさです。街からも見えるはず。きっと住民は阿鼻叫喚の地獄絵図になっているでしょう。雷雲の進行速度から見て今から避難しても間に合いません。
このままだと街が一つ消えてなくなる。
そこで思い出されたのはフレイさんの話です。コアイマは幼いフレイさんが住んでいた場所を破壊し尽くしました。これもコアイマの仕業なのでしょうか……。
例え何であろうと見過ごすことはできません。
体内の魔力を全力で回す。
「《赤陣:火穿葬槍》」
『握撃』を発動して拳を握り込めば左手に赤の魔術陣が発生する。これじゃ全然足りない。もっと威力がいる……!!
まだ魔術として形をなしていない待機状態の左手の魔術陣を、右手で握りしめる。
「《紫陣:連星》」
左手の赤陣に重なった右手の紫陣。それを弓を引くように後ろに引き寄せれば、なんと魔術陣が二つに分裂した。左手に一つ。右手に紫陣と重なってもう一つ。
元に戻ろうとする反発を押さえつけ、腕を引き絞っていけばその軌跡から三つ目の赤陣が生まれ、四つ目、そして最初の赤陣と合わせて計五つの赤陣が生成された。
「今は……四つで限界ですね」
紫陣:連星。効果は魔術陣の複製だ。片手に一つずつしか魔術陣を生成できない私の唯一、多重展開できる方法。集中力が必要でコストパフォーマンスが悪い、使いどころを選ぶ技術です。後の転生で呪術を使えるようになってようやく開発にこぎ着けた、師匠も知らない業。まあ息するように何個も陣を出せるあいつにはいらない技術ですが。ケッ……、こ、こほん。失礼。
複製された魔術は普通に発動したときよりも魔力を食う上、複製量が増えると加速度的に燃費は悪くなる。さらに私の魔術・魔法の腕では暴走させずに制御できるのが現状複製四つまで。それを越えれば押えられなくなった魔力で自爆します。
ソウルボードを魔術特化にすればもっと複製可能ですが、前世の力が引き出せない今は無理です。
(まあ今回は―――)
反発を抑え込んでいた右手をリリースすれば、引き絞られた赤陣が先頭の赤陣に我先にと吸い込まれていく。魔術陣を飲み込んでいく度に魔術陣は肥大していき、全てが合わさったときには漏れ出た魔力が赤の線を炎に変えていた。
「《赤炎陣:業炎魔槍》ッ!!!!」
(これで十分……!!)
実のところこの魔術でも、威力はまるで比べ物になっていない程あの雷雲から感じる圧力は凄まじい。でもあの雷雲に対抗できる威力はいりません。雲を散らして崩してしまえば、空中で用を為さなくなるでしょう。
「行けっ!!」
魔術を発射すれば、もはや槍と言うよりも塔と言った方がしっくり来るような大きさの炎の槍が雷雲めがけて飛翔する。上空の雷雲に向けて打ち上がられたそれは球体の底に達すると大爆発を起こした。同時に上昇気流が発生。爆心地に近い所から雲を持ち上げていく。結果、無理矢理起こした摩擦で雲の中で大放電を起こして耳をつんざくような轟音が発生、膜放電だ。
さらに押し上げられた雲の膜放電に周囲の雷が刺激されると、上空に向けて雷の枝を伸ばして蓄えられていたエネルギーが消え去った。
黒い雷雲は消え失せ、青空が広がるばかり。なんとか上手く行きましたね。ほっと胸をなで下ろす。
その時ゾッと背筋に氷を差し込まれたような悪寒が走った。上空の巨大な雷雲の中にいる何者かの意識がこちらに向いた。それだけだ。
冷や汗を垂らして上空の雷雲を見つめる。
視線を向けられただけでこんなにも命の危険を感じる。本能が叫ぶのだ、ここから今すぐ逃げろと。
しかし逃げられない……!!背を向けたらそのまま背中から襲われて終わってしまう……。それに街も放っておけません。
覚悟を決めて槍を手に取れば、弾けるように雷雲がかき消えその中心から暴風が吹き荒れる。目に見える範囲が全て嵐に飲み込まれた。雷雲の主が凪いだ空間を維持するのを止めたのだ。
「う……!!」
全方位から吹き荒れる嵐に吹き飛ばされないように耐えていると声が聞こえた。
『貴様、よくも邪魔をしてくれたな』
それもよく知っている声が。
まさか……。
「何をしているんですか……?」
暴風をまとって目の前に現れた嵐の化身。
現れたのはコアイマではなく、純白の翼を持った巨大な鳥の魔物。
「お母様……なんですか?」
私は驚きながらもしっくりと来る物を感じていた。
あの時。雷雲を初めて見上げたとき。
『あれからものすごい力を感じます。それから―――』
私が感じたのは懐かしさだったのだから。