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第78羽 千の言葉より、一の行動で

 

「大聖女様、お加減はいかがですか? 給仕のマールからいつもと様子が違うと聞いたのでお顔を見に来ました。入ってもよろしいですか?」


「あ、ガルディクトさんだ」


 聞こえてきたのは老齢の男性の声。気遣うような声色からアモーレちゃんを心配して来たのだと想像できる。


 そしてなによりこの人――――強い。


 私は見ただけで戦闘能力を予測するのが苦手です。そんな私が声だけで気づくほどの圧力。アモーレちゃんを威圧しない為にか押えられているようですが秘められた力はかなりのものです。


 さっきの給仕の人と同じように部屋に隠れていては気づかれてしまうでしょう。できればお帰り願いたいですが、気遣うような様子からアモーレちゃんの姿を見るまでは帰ろうとしない可能性が高いです。


 好いてくれている人、やっぱりいるじゃないですか。


「ちょっと待ってください!……メルちゃんもう一度隠れて!」


「……ごめんね、アモーレちゃん」


「……なんで?」


「あのガルディクトさんという方、とても強い力を感じます。さっきの給仕の人と同じようには行きません。隠れていてもおそらくすぐに気取られてしまうでしょう。こんな姿をしていますが私は魔物です。見つかる訳にはいきません」


 フレイさんやアモーレちゃんのように仲良くなれる可能性もあります。でも、捕まって殺される可能性だって同じくらいあるんです。

 大聖女という守られている存在の近くに無断で近づいた私に敵意を向けない可能性の方が低いまであります。今、お母様達の詳しい様子がわからない以上長期間の拘束は受け入れられません。現状も見れずに死ぬなどもっての外。


 そんな説明をアモーレちゃんにすると、アモーレちゃんは頷いた。


「……わかった」


 ……我慢させてしまっている。これまでたくさん我慢してきたであろう彼女に。


 本当ならいっそこのまま連れて行ってしまいたい。


 彼女はここでの生活に魅力を感じていません。大聖女というコアイマに狙われる理由がなかったなら、喜んでここを飛び出していくでしょう。


 でも今の私では彼女をここから連れ出すことができないから。


 私の飛行能力では彼女を連れて次の大陸にたどり着くことそのものができません。途中で力尽き海に落ちるでしょう。無理に決行すればそれはタダの心中です。彼女を助けるどころか殺してしまうことになる。


 コアイマの存在もあります。私がパルクナットで皆の手助けありで倒したコアイマよりもきっと強い奴がいる。


『なんでわたしがあんな奴の指示に従わなくちゃいけないのよ……!!』


 あのコアイマは自分の上に誰かがいるような事を言っていました。今の私では倒せて一体で、下手すれば負けもありえます。二体以上相手をするのは絶望的です。

 私の力ではアモーレちゃんを守り切れない可能性が高い。今の堅牢な守りの中から連れ出して、結果守り切れなかったら。どう詫びて良いのか私にはわからない……!!


 私は……弱い。もっと強くありたいのに……!!私はそんな私が――――死ぬほど嫌いだ。


 そんな内面をおくびにも出さずアモーレちゃんに目を合わせ、小指を突き出した。


「約束をしましょう」


「……それは?」


「指切りです。約束を破った者は針を千本飲ませられます」


「ふふっ、それは痛そうだね」


「ええ、とっても。だから約束を破れないでしょう?」


 そう言ってアモーレちゃんの小指に私の小指を絡める。


「また一緒にいられる?」


「絶対にまた貴女に会いに来ます。また遊びましょう」


「……うん。約束だよ」


 約束を交わす間にも彼女の瞳は悲しげに揺れている。お別れは悲しいのだと、その瞳は何より雄弁に語っていた。


 私は――――!!


「ッ!!」


「!? メルちゃん!?」


 気づけば私はアモーレちゃんの手を取って窓に向かって駆けだしていた。


「一緒に行きましょう!!」


「でも2人じゃ飛べないんじゃ!?」


 大陸からここに渡ってくる時の体力がギリギリだったことは話してあります。だからこその言葉でしょう。


「大丈夫です。なんとかしてみますから……!!」


 確かに私の力では2人で大陸を渡ることはできません。でも、ここには船があります。息を潜めて密航するなり、最悪船を奪うなりすれば……!!


 ――――あれ、アモーレちゃん?


 気づけば握っていた手が離されていた。後ろにいるアモーレちゃんに振り返る。


「ダメだよ、メルちゃん。無理なんでしょう?」


 アモーレちゃんは笑っていた。私を心配させないように。大丈夫だと伝えるように。


 でも――なにかに耐えるように拳は強く握られていた。


「でも――――ッ!?」


「曲者めが!!貴様!! 大聖女様に何をしている!!」


 その時、廊下に続く扉が勢いよく開かれ人影が迫ってきた。さっきのガルディクトという人だ。

 鍛えられた体と高い身長がが逞しい印象を与える。そして特徴的なのが頭の上にある猫耳と尻尾だ。

 筋肉質な老練の騎士といった風貌の彼に猫耳と尻尾というなかなかにファンキーな格好。耳と尻尾は黄色と黒の虎柄、実際には猫ではなく虎の獣人でしょう。平時なら愛嬌を感じられるのでしょうが今はそうもいっていられません。


 そんな彼の巨躯よりも大きな大剣が抜き放たれ斬撃が疾走する(はしる)


 ――――速い!!


 大剣の重さを感じられない素早い斬撃にはしかし、遠慮があった。


 私にではなく、アモーレちゃんにです。攻撃の余波で傷つけないように、そして部屋を壊さないように。

 彼の剣撃からは才能と、一朝一夕ではなしえない努力の重さを感じます。しかし彼の剣撃がいくら重かろうと遠慮があるのなら対処は――――容易い。


 風を巻き込み、竜さえ容易く屠るであろう連撃を、素早くマジックバックから槍を取り出して受け流していく。


「話を聞く気は!?」


「ないッ!! あるとしたら牢の中でだ!!」


 会話を断ち切るように振り下ろされた大剣に槍の穂先を添える。


「それは……御免被ります……!!」


「なッ!! 馬鹿なッ!?」


 次の瞬間には彼の驚愕の声が響く。なぜなら振り下ろされたはずの大剣はしかし、天を衝くように上に向いていたのだから。弾かれたのではない。槍で受けられた瞬間に力の流れをずらされ、巻き上げられ、自然に上に流されたのだ。

 力でなく、技術でなしえたもの。長き修練を経たガルディクトも冷や汗を禁じ得ない程の絶技であった。目を見開いて隙をさらすガルディクトの懐に影が潜り込む。

 蒼の輝きを散らし、目にも留まらぬ速度で腕が振るわれた。


「邪魔っ!!【打衝(だしょう)】!!」


「ぬお!?」


 右手の突き。

 水月に綺麗に入った戦撃は狙いの通りにガルディクトを扉に向けて吹き飛ばし、部屋からたたき出した。


 私の狙いは最初から時間稼ぎです。彼が次戻って来たらこうは行かないでしょう。先ほどまでの油断が消えているはず。大剣の一撃もまともに食らっていれば致命傷でした。逃げるにしても、南の大陸に渡るのに支障が出るほどの怪我を負うことになっていたでしょう。


「メルちゃん、強い……。ガルディクトさん、団長なのに」


 彼が油断してくれたおかげですが、丁度良いかもしれません。私の頼りなさで彼女が遠慮しているのなら、ある程度力を見て貰った今の方が説得力を持たせられるかも……!!


「アモーレちゃん、行きましょう!」


 そう言って手を伸ばす。アモーレちゃんは私の手を見て迷っているようでした。しかしやはり彼女は儚く笑って首を振った。


「だめだよ、行って」


「ぁ……ぅ」


 彼女が着いてきてくれないなら私に為す術はありません。アモーレちゃんの思いを無視してまで彼女をさらえるほど、私は私に自信がないから。臆病な私は伸ばしてくれない手を取ることができない……。


 逡巡している間だろうと時は止まってはくれない。

 さっき叩き出した扉から弾丸のように飛び込んできたガルディクトが、アモーレちゃんを後ろに庇うように間合いに踏み込んだ。

 室内だと扱いづらいであろう大剣を巧みに使ったコンパクトな一撃を繰り出した。しかし明確な殺意を滾らせたそれは先ほどの遠慮のあった大振りの攻撃よりずっと危険だった。


「団長様!お待ちください!!」


 アモーレちゃんが静止の声をかけるもののガルディクトは止まらない。まあ、そうでしょうね。状況が良くわからないなら護衛対象の安全を一旦確保してから話を聞きます。私でもそうします。側にいるのが良くわからない生き物ならなおさら。護衛対象が死んでからでは遅いのですから。


「かあッ!!」


「【上弦月(じょうげんげつ)】!!」


 選択したのは前方を薙ぎ払う一撃。腰に構えた大剣を地面に擦るギリギリでの切り上げに、闘気を纏った穂先を叩き付ける。


 ―――押し切られる!?


 力負けを悟り、すぐに押し合いを拒否。技の衝撃を利用し、さらに羽ばたいて後ろに距離を取る。さらにアモーレちゃんから距離が離れてしまった。


「ふんっ!!」


 そこに素早く踏み込んで追撃が迫る。大剣をまるで木の枝のように軽々と振り回されると大変困りますね……!!

 空中で体勢を立て直し構えれば槍に闘気が収束していく。


「【回舞(かいまい)】!!」


 空中で舞うように横の一回転。遠心力の乗った風を裂く薙ぎ払いを、振るわれた斬撃に叩きつける。


「この人……力強すぎ……!?」


 強めの戦撃の補助があってようやく力が互角。激突の衝撃で弾かれ両者ともに後退、距離が開けた。

 後ろに流されて行く体を両足で踏ん張って慣性を殺しながらガルディクトが腕を引き、切っ先を目標に向け狙いを定めるとそこに膨大な魔力が集う。


 来る……!!


獄門虎冥(ごくもんこめい)!!」


 引き絞られた肉体から裂帛の気合いと共に、大剣が大気を震わせるほどの衝撃を伴って突き出される。その切っ先から黒のエネルギーが解き放たれた。まともに食らえば消し炭。死体も残らない。


 ここは狭い室内で回避は難しい。対抗するしかありません。

 即座に準備を開始する。

 普段から使ってる『空の息吹』を強く意識して闘気を生成、鬼気も解放する。体に闘気をまとわせ氣装纏鎧(エンスタフト)、槍に闘気を流し込んでいき氣装纏武(エンハンスメント)も発動。

 両手で槍を握り、戦撃の構えを取る。

 ガルディクトの後ろにいるアモーレちゃんを巻き込まないように注意して……!!


「なんだ……それは!?」


 突然ボンヤリと光り出した体と、僅かに肥大化したように見える槍に、見かけ倒しでないプレッシャーを感じたガルディクトが目を見開いた。


 ―――教えるわけないでしょう?


「【剛破槍(ごうはそう)】ッ!!」


 突き出された槍からエネルギーの奔流が迸る。迫る黒の奔流に食らいついた。

 拮抗の後、爆発。その後に起こった結果。それは単にタイミングの差だった。私の戦撃が後から発動したから攻撃同士の衝突場所が近く、私の側で爆発が起きた。だから私は爆風をもろに食らってしまったのだ。


「くっ!?」


 爆風で窓ガラスに叩きつけられ、ガラスと共に部屋の外に吹き飛んだ。空中で体を捻って体勢を立て直しつつ、急いで部屋の中に目を凝らす。


 ――アモーレちゃんは!?


 どうやら無事なようです。ガルディクトが爆風から庇っていたおかげで傷一つない。


 ――良かった。


 内心胸をなで下ろしていると瞳に心配の色を滲ませたアモーレちゃんと目が合う。……ここまで離されたらもう近づくことはできません。


 お別れはすぐだとは思っていました。私は休息の為にここに寄っただけで不法入国で追われる身。そして彼女は大聖女で人の目もありずっとはいられない。

 それでも突然の出来事でまともに言葉も交わさないままお別れなんてなんて納得できない……。


 だからといって大声で彼女に話しかける? それはできない。

 この国の住人からしたら私は不法入国した得体の知れない魔物。いくら彼女が大聖女とは言え、いらぬ誹りを受ける可能性は否定できません。


 なら諦めてここを去るか? 嫌だ、したくない。

 だからお願いします……!私が思いつく唯一の方法、成功して……!!


 私の声。伝わって。


 ――伝われッ!! 


 できるかわからない。


 ――伝われッ!!


 でも。できると信じて……!!


 ――伝われッ!!


 彼女の心に……!!


『伝われッ!!』


『メルちゃん!?』


 ――伝わった!!


 念話が成功した!!一世一代の大成功です。でも喜んでいる暇なんてない。


『もう一度約束です。友達である貴女に絶対にまた会いに行きます。だから……待ってて!!』


『うん……!!待ってる……!!』


 ――ええ絶対です。


 アモーレちゃんから視線を切り、重力に身を任せる。


 ――私の手が、翼が。もっと大きければ彼女は着いてきてくれたでしょうか。


 私の勘違いでなければ彼女は着いてきたいと思ってくれていたはずです。それでも彼女が手を取ってくれなかったのは、私に遠慮をしたから。自分が私の邪魔になると思ったから。

 私がそんな遠慮なんて笑って流せるくらいの強さを見せることができれば。


 ――彼女は着いてきてくれたでしょうか。


 後ろ髪を引かれる思いを自分への苛立ちと一緒に手を握りしめて押し殺す。《紫陣:加速》。

 V字に急上昇した私は鳥の姿になって魔術陣をくぐり、一気に加速して天高く舞い上がった。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



「見つけた!!」


 街中を走り回っていたエルフの少女が空を見上げて足を止める。十二鱗光(ディカグラム)の一人、フィオだ。視線の先にはあの蒼い鳥。もう逃げられたかと思ったがまだ潜伏していた用だ。


 握っていた弓にくすねてきていたバリスタの矢をつがえると、みるみる弓が巨大化していく。あまりの大きさに弓の下の部分が地面に突き刺さった。


「よし、射線上に人影なし。弾道完璧。……墜ちな!!」


 引き絞っていた矢をリリース。本来使う矢ではないバリスタの矢を放ったとは思えないほど正確に進んでいく。鳥はこちらに背を向けている。矢に気づいた様子は無い。……獲った!!


 そう思った瞬間、鳥が光ったような気がした。


(なにが―――)


 顔の横をフィオの目でも見えないほどの何かが通り過ぎ、背後の地面が爆ぜる音が聞こえた。


「え……」


 驚きに体が固まる。同時に濃密な殺気がフィオに襲いかかっていた。動けないなか目だけを動かせば遙か上空から見下ろしている鳥と目が合う。

 そして悟った。あれがなんらかの方法でバリスタの矢を打ち返したのだと。不用意な事をすれば次は自分の頭がさっきの地面の様になると息もできないほどの重い殺気がもの語っていた。ポロリと手から弓が落ち、元の大きさに戻る。じんわりと涙がにじんで子鹿のように体がプルプルしている。


「……ご、ごめんなさい」


 聞こえたのか通じたのかもわからないが鳥は興味をなくしたように視線を外すと飛び去っていた。


「はあ~~~~」


 緊張状態から逃れられた反動で大きく息をつくと、とあることを決めた。


「……きゅ、休暇とる……」


 フィオは運が悪かった。尾を踏まれて苛立っていた虎に知らずにちょっかいをかけてしまったのだから。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



 ――もう一度約束です。友達である貴女に絶対にまた会いに行きます。だから……待ってて!!


 今日お友達になって、今日別れて。そして一番大切になった人の言葉。一緒には行けなかったけど、それはわたしの選択の結果。どこまでも行ける彼女の足枷になんてなりたくないから。


 でも約束してくれた。きっとまた来てくれるから。


 彼女が消えていった窓の外を見つめ、別れのさみしさと再会の期待を噛みしめていると。


「わぁ……」


 その光景は鮮烈に映り込んだ。


 ―――暁の空に蒼が軌跡を描く。


 メルちゃんが空を飛んでいる。


 言葉にすればそれだけなのにどうしてこうも目が離せないんだろう。

 鳥が空を飛んでいる姿なんてわたしが見ることはないと思っていた。

 でも今、こうしてありえなかったはず光景を見ている。いや、彼女はわたしに見せてくれたんだ。


 空を舞う姿を。どこまでも行ける翼の力を。自由を謳歌するその生き方を。


「すごいなぁ……」


 青空のメルちゃんも良いと思ったけど、夕暮れのメルちゃんもとっても素敵だ。


 一人で行こうとするのを止めて一緒に行こうって言ってくれたときはとってもうれしかったなぁ。メルちゃんと一緒ならもう寂しい思いなんてしなくて済むってそう思えたから。


 きっと彼女は特別な人だ。わたしとそんなに変わらない小さな体で白鱗騎士団の団長に対抗して見せた。そもそも団長様とまともに戦える人なんて世界にもそうはいない。


 もしかしたら着いて行っても彼女の邪魔にならないかもしれない。そう思えたけど、もう引き止めないって決めてたから。


 悲しさはある。でも寂しさはもうない。彼女は嫌いになんてならないって言ってくれたから。大切な友達ができて、再会の約束までしてくれたんだから。これからは終わりのない毎日が終わって、いつかくるその日を待つことができるから。


 暁の空をどこまでも進む蒼を見てふと思った。


 ―――待ってるだけで……良いのかな?


 彼女は会いに来てくれるとわたしに約束してくれた。わたしはまるで物語のお姫様みたいだ。でもわたしがなりたいのはお姫様だっただろうか?

 ……ううん、違うよね。ちょっと憧れるけれど、そんな扱いは大聖女だけでもう十分だ。

 わたしがホントにしたいのは、地を歩いて空を見上げ、森を分け入って海を渡る。そんな心躍るようなこと。助けを待っているだけのお姫様じゃそんなことできない。

 わたしがなりたいのは自分で物語を切り開く人。


 ―――だったら変わるしかない。今ここで、一歩冒険に踏み出す……!!


 行き先は定まらないけど、わたしだってメルちゃんみたいに頑張りたい。決意はできた。まず一歩目だ。メルちゃんにも助言はもらってる。




 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 




「行ったか……」


 大剣を肩に担ぎ、バルコニーの手すりに片手を乗せ空に消えていく魔物を、白鱗騎士団の団長ガルディクトが見つめていた。……末恐ろしい相手だった。


 魔物とは人類とは違い進化を重ねる生き物だ。進化をすればレベルがリセットされ、前よりも上がりにくくなるものの、人間が同じように経験を重ねた時よりも成長が早い。その分生存競争も激しく死にやすくなるわけだが、そこを生き残ったものは人類と比べ物にならないほど強くなる。


 生まれつき知能が高い魔物は稀で、必然的にステータスの高さにものを言わせたごり押しの戦法になる。弱肉強食の世界で生き残るのは運が良いものか純粋に強い者だけだ。


 そんな力こそ正義という魔物の中でも、例外として帝種は手に入れた災害のような能力を駆使して戦いを運ぶ。もちろんステータスですらも他の魔物と比べ物にならないが。


 自らのスキルを『使う』のではなく『使いこなしている』レベルの魔物はほんの上澄みだけだ。


 だが先ほどの鳥。あれはそんなレベルではない。帝種とまでは行かないが高いステータスに、体や武器に不思議な光をまとわせて強化する特殊な能力。そして特筆すべきは人の身でも到達できないレベルの技術。


 振り下ろした大剣が雲の様に軽くなり、衝撃もなく上に跳ね上がるなんて人間業ではない。あれを受けたときは冷や汗と共に感嘆さえ覚えた。

 タダでさえ成長の早い魔物。特殊な力も備えており、あの(わざ)を使う。


 ―――次会えば勝てなくなっているかもしれない。


 あれが人類に敵対したら次の帝種にすらなり得る素質。大聖女を守ることを最優先としたが、殺しに行くべきだったか?


 しかしそれは……。


「だ、団長様……」


「どうされましたかな、大聖女様」


 気づけば険しくなっていた表情をすぐさま消し去り、膝を着いて大聖女に視線を合わせる。こんな幼子を放りだしておくなんてこと出来はしなかった。白蛇聖教は人々の幸せを願う宗教だ。若かりし頃のガルディクトもその理念に賛同してここの門戸を叩いたのだから。


 ……その白蛇聖教の大聖女を塔に押し込める事でしか守ることができないのは如何ともしがたい話だが。


「お願いが……あるのです」


「何でしょう。我が力の及ぶところならば全霊を尽くします」


「これからはお名前でお呼びしても良いですか?ガルディクトさま、と」


「そんな事でしたら、全く構いません。大聖女様のお心のままに」


「じゃあわたしのことも……名前で呼んではくれませんか?」


「む、それは……」


 白蛇聖教では騎士よりも聖女が高位の存在として扱われる。騎士団長と大聖女なら実態はともかく身分だけで言えば大聖女の方が上だ。騎士とは規律も重んじるものだ。そう易々と頷ける話ではなかった。


「難しいですか……?」


「そうですな。騎士団のトップである私がルールをねじ曲げると、下のものに示しがつきません」


 下手をすれば組織の崩壊もありえる。上下関係の遵守は巨大な組織を運営する上では必須だ。


 大聖女から初めて聞いたわがままだ。叶えてやりたいが無理なこともある。言外に伝えると普段は素直な大聖女に珍しく納得していない様子だった。

 どうしたものかと頭を悩ませていると何かを思いついた様に上目遣いの大聖女が口を開いた。


「お願いします……!!お、おじいちゃん……!!」


「!!!?!??!?!?」


 その時ガルディクトに激震が走った。昔の漫画だったら背後に雷が落ちているだろう。

 齢64のガルディクト。妻を儲け子を授かり、既に孫もいる。しかしその全てが男だった。一人くらいは娘が欲しいと思っていたがもう無理だとも諦めていた。


 そこにこれだ。

 白蛇聖教の理念に共感するとすぐさま家を飛び出し入信。妻は一目惚れしたその場で告白。

 男ガルディクト、決断はすこぶる早い方だった。


「……今後おじいちゃんと呼んで頂けるのであれば」


「おじいちゃん……!!」


 この日、白鱗騎士団の団長ガルディクトは大聖女アモーレに落とされた。


 これからアモーレは新たな孫娘の誕生に浮かれるガルディクトを足がかりに徐々に交友範囲を広げることを目指す。いつか騎士団のみならず宗教関係者全員がこの愛らしい聖女に落とされ最高司祭が頭を抱える、そんな未来が訪れる可能性もあるかもしれない。


主人公とアモーレは心に残すものがありましたが……それがネガティブかポジティブかは本人の気質によりますね。


我らが主人公メルちゃんはこれまでの前世でも仲良くなった人にきっかけを与えてきました。その世界における主人公のような活躍を成せるきっかけを。そのタイミングは出会いであったり、別れであったり、戦いのさなかであったり、そして主人公の死であったり。


そんなお助けキャラのような我らが主人公はこの世界の『主人公』になれるのか。ぜひ皆様の目でお確かめください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公ちゃんはあれなんだろうね、物語の主人公になれない、と本人が思ってるがゆえにこそ人を、全力でアシストして手伝って背中を倒れながらでも押すんだろうね。
[一言] この語り方ならおねぇさまは幸せになったんだろうなぁ
感想一覧
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