第74羽 白蛇聖教の騎士団
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「畜生!!外した!」
バリスタの台座で照準を覗いていた少女が悔しそうな声と共に顔を上げる。狩人のような鋭い目つきは綺麗な琥珀色で、苛立ちで揺れる頭は森を僅かに溶かし込んだ様な優しい金色だった。整った目鼻立ちもそうだが普通の人間と違い耳が尖っている。エルフだ。
目線の先には侵入者対策用の防護結界。それに気づかず追突した魔物の鳥は格好の的だった。エルフの射手に恥じぬ精度で放たれた矢は魔物の心臓に吸い込まれていき―――脇腹を抉るだけに留まった。矢に気づいた鳥の魔物が咄嗟に身を捻って回避したのだ。
その後は見事な体捌きでバリスタの矢を避け続け、強烈な蹴りで防護結界を破壊して島内に侵入されてしまった。結界は既に修復を開始しているので問題ないが、バリスタが射撃できる範囲を超えられたので見逃すしかない。設置されている台座が回転することで射角が変化する仕様なのだが、人が住んでいる場所にバリスタの矢が飛んでいかないように制限がかけられている。今鳥が飛んでいる場所にはそもそも照準が向けられない。
まんまと逃げられてしまったことに舌打ちをこぼしつつ、さっきまでの攻防について思い返していた。
今日はいつもと違い、滅多に鳴らない、感応結界を無断で通過した者がいる事を知らせるアラートが鳴り響いた。感応結界とは薄らと張られた膜の様なもので接触した者がいたときにそれを検出し、報告する事を目的とした結界だ。
とりあえず一発、と結界が補足した地点に向けて適当に矢を放てば命中の報告なし。どうにも避けられてしまったようだ。適当とは言ってもエルフ基準の適当であり大体は当たる。事実、極稀に鳴るアラートはいつもこれで終わっていた。しかも他のバリスタの一斉掃射も防がれたようだ。
おもしろい……!退屈しのぎにはなるだろう。
照準をのぞき込めば矢の壁に開けられた穴から鳥の魔物が飛び出してくるところだった。
エルフの目はすこぶる良い。他の射撃手が望遠装置を使わなければ見えもしない距離でもクッキリと見える。
距離や風向き、気温などの情報からバリスタの弾道を予測してトリガーを引く。するとパシュッ……パシュッ……と音を立てて一定間隔で矢が放たれる。
思い描いたとおりの弾道を描き―――避けられた。今までの攻撃で生き残っているのは偶然ではないということだ。
だから射撃を続けながらも絶好の機会を待った。防護結界に接触し失速する絶好の機会を。
そして訪れた絶好の機会。タイミングを逃すことなく射撃。狙いはこの上なく正確だったが、避けられてしまった。相手の反応速度の方が上だったのだ。そして続きは冒頭に戻る。
ともかく逃げられたからと言って惚けてはいられない。白蛇聖教を守る騎士団、白鱗騎士団の精鋭十二鱗光の一鱗を担う者として魔物を放っておく事など言語道断だ。
「お前ら!バリスタ隊の半分はこのまま沿岸の警戒だ!!残りは島内に入った魔物の捜索、及び討伐」
そう言ったエルフの少女は台座から飛び降りた。
そして顔を上げたときには彼女から感じる雰囲気は全く別の者だった。
つり上がっていた目は柔和に垂れ下がり、先ほどまでとは真逆の優しい印象を受ける。エルフの特徴である尖った耳もふにゃんと垂れて、苛烈さは全く感じない。
「えっと皆さん、非戦闘員の方が襲われないように一刻も早く頑張りましょう」
「「「はっ!フィオ様!!」」」
柔らかな雰囲気をまとったフィオと呼ばれた少女が背につるしていた弓を手に取った。
「おっしゃお前ら行くぞ!!人類皆に幸せを!!不幸なんてクソ食らえだ!!」
目元がつり上がり、耳も強気な態度と同じように天に向かって伸びている。
彼女はフィオ。射撃武器を握ると性格が激変する、白鱗騎士団の幹部格、十二鱗光の1人。
ちなみに。
ずっと射撃武器を持たなければ良い派と強気が好きな派、彼女のギャップが魅力的である派で騎士団員の中では論争が絶えないという。
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――んぅ?
ゆっくりと近づいてくる人の気配にまどろんでいた意識を覚醒させる。
巨大な純白の城、その中央から天高く聳える塔のバルコニーに降りたって体を休めようとしたところから記憶がありません。長時間の飛行と先ほどの攻防、そして怪我の影響でどうやら眠っていたようですね。
そして私が目を覚ます要因となった気配の方に目を向ければ、こちらに中途半端に手を伸ばした格好で固まった幼女が。どうやら部屋から窓を開けてバルコニーに出てきたようです。たまたま見つけたので近づいてみたと言った所でしょうか。
悪意と敵意は感じません。が一応メリィさんの件もあるので警戒しておいた方が良いでしょう。幼女から視線を外さず、立ち上がっていつでも動けるようにしておく。
欲を言えばもう少し休みたかったですが見つかってしまった以上仕方ありません。危害を加えるような素振りは見えませんが、報告されて人が駆けつけ来ても面倒です。場所を移動しましょう。良い場所があると良いのですが……。
身をたわめて翼を広げる。
「あ、あの!!」
―――ん?
飛ぼうとしたら固まっていた幼女に声をかけられた。一体なんでしょうか。
「あう、こっち見た。言葉……わかるかな……」
目を合わせれば途端にもじもじとし始めた。……かわいい。いや、そうじゃない。
そんなことを考えているうちに意を決したように頷いた幼女は指さして言った。
「怪我してるから……治す……よ?」