第7羽 影の兆し
ブクマと評価がまたまた増えていました!
ありがとうございます!!
「チチッ!チチチチチ!!」
「ピヨヨ~」「ピヨッチ~」「ピヨチュウ」
「ふふっ」
怒ったように弟妹達を追いかけ回すメルを見て笑みを溢す。他の子達がまた無茶な絡み方をして叱っている。なんとなく雑な扱いをされているこのコだが、過ごしている家に母親からもかなりの信頼を置かれていることはわかった。
彼女たちの元に連れてこられてからここでの生活にもだいぶ慣れてきた。
そうすれば今まで見えてこなかったものが見えてくる。
天帝ヴィルゾナーダ。ここに連れてきた強大な魔物の名前であり、彼女たちの母親であり――――伝説の1つでもある。
そしてなんと因果なことか、ミルと相方の男の子の命を助けてくれた大恩人……、大恩鳥(?)でもある。
彼女はかなりの子煩悩だ。何かと自分の子を気にかけ過保護に扱っているようにも見える。メルはいろんな意味でお気に入りのようだ。
最初はこの魔物に恐怖しか持っていなかったが、ここまで過ごす中でかなり慣れてきた。多少礼を失することがあっても特に怒ることはない。下手な貴族よりも器は広いように感じた。
とは言えあくまで両者の関係は利害関係によるものだ。それも魔物側にかなり有利な。完全に心を許すことはできていない。
今のところ母としての顔が前面に出ていると言っても、あくまで魔物。
圧倒的な力の差はなくなってはいないのだから。
そして件の子鳥、メル。
彼女は本当に不思議な子だ。彼女の母親や弟妹達を普段過ごしていると時たま魔物的な要素が垣間見えるのだが、彼女にはそれがない。
中に人間が入っているのではと思わせられる人間性と、貴族と接しているのでは錯覚するほどの気品。彼女にはそれがある。
子供の筈なのに理性的な行動が出来、自然と上位者と認めてしまうような気質。
そして特筆すべきはその戦闘力だ。ミルは最初メルと他の子鳥たちが同じだけの戦闘力を有していると考え、逃げられないと思った。
しかしそれは大きな間違いだった。他の小鳥たちはミル一人が全員を相手しても切り抜けられるだけの強さだった。
単純にメルが異常だったのだ。彼女一人だけ強さが突出していた。聞けば当時生まれて一ヶ月経っていなかったという。
魔物だとしても明らかに異常だ。比較対象がいる分余計にそれが際立つ。
だからといってミルがメルを遠ざけることはなかった。
その理由はただ一言に尽きる。
絆されたのだ。
彼女がミルを心の底から思ってくれているのは事実だと認めざるを得なかった。
天帝に無理難題を押しつけられそうになったら抗議してくれるし、困ってることがあれば積極的に助けてくれる。
来た当初、恐怖から眠れない日があったけれど、そっと寄り添ってくれた。何をしに来たのかと固まってしまったけど、なんだか暖かくて、ふわふわしてて。ぐっすり眠れたのを覚えている。
ここで彼女だけはずっとミルの味方だった。
今となれば彼女の最初の行動もミル自身を助けるためのものだったのではないかと思うときがある。メルを出し抜いて、巣から逃げ出すことを考え始めた頃遠目に山が動いているのを見た。何より遠くから地響きがやって来たり遠目にかなり高い砂埃を目にすることもあった。
十中八九魔物が戦った影響だろう。ここから無策で逃げ出せば命はないと思わせるに十分だった。
ここで安心して過ごせるのも彼女のおかげだと言える。料理という武器を見つけ出してくれなければ、初日に殺されることがなかったとしてもいつそうなるかと怯える毎日が待っていたことだろう。
それがないのは自身に唯一無二の利用価値が存在しているからだ。天帝が料理を気に入っていて、今料理を作れるのはミルだけ。この事実が絶対の盾となってミルの心身を守ってくれる。
子を守らなければならない天帝はミルがいなくなったからと言って、他の人間を探しに行くのは難しい。かなりの時間巣を開けることになるのでリスクが高すぎる。そのままミルがいる方が圧倒的にコスパが良い。
そこまでメルが考えてくれたのだとしたら、結果的にとは言え命を助けてくれた彼女の母親と並んで彼女には返しきれない恩が生まれる。
それにここは頼れるものが何一つない場所だ。何かと気にかけてくれる相手に絆されるのは仕方ないことだと言えるんじゃないだろうか。
だから別に役得の1つや2つくらい……あってもいいよね。
体が求めるままにメルのふわふわの体を抱きしめる。背中に顔を押し付ければ、高級な布団に包まれたような優しさと安堵を感じ取れる。寄り添ってくれたあの日から、定期的に補給しなくてはならないものになってしまった。
さすがに窮屈だったのか腕の中で身じろぎを感じるも、抵抗はいつもより小さい。今日は機嫌がいいのかな?
そこで強烈な視線を感じて少しだけ顔を上げる。圧の発生源にはいつも突っかかってくるあの子鳥が。目線だけで人を殺すことに挑戦しているようなヤバい目つきをしている。
どうせいつもの嫉妬だ。この子は、メルと仲良くしていると私のものだとばかりに暴れまわる。このままいけばいつものように暴れだしてしまうだろう。
だから。
――すううううぅぅぅぅぅうううっ。
顔を戻してメルを思いっ切り吸った。腕の中の抵抗が大きくなる。体に良い成分が満ちていくのを感じる。これは薬草より効くんだ。
「⁉ ギエェェェッ!! ギエェェェエエエエエッ!!!!!!」
「うばっ!?」
「ぴっ!?」
怒りに身を任せた子鳥が顔に突っ込んできた。自分を吸えとばかりに張り付いて呼吸を邪魔してくる。
違う、あたしが吸いたいのはあんたじゃない。
腕の中にメルはもういない。
寂しくなった手で張り付いた子鳥を引っぺがす。首根っこを掴んで持ち上げてみれば、お前を殺すといわんばかりの狂乱具合。
「ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!!!」
「うわ……」
およそ生物が発しているとは思えないほどの恐ろしい鳴き声。このまま手を離すととんでもないことになりそうだ。
足元にはそれを見て困った顔をしたメル。手元には未だ暴れ来るモンスター。少し考えて、手元のそれをメルに向ける。一瞬びくりと固まったモンスターは、再び狂ったように暴れだした。
これなら大丈夫かな……? 刺激しないようにゆっくりと地面に降ろす。
「!!?」
地に足ついた途端はじかれたようにメルに飛びついた狂乱の子鳥。そのままなにかに憑りつかれかのようにメルを吸い始めた。それを見ていた他の子鳥たちが何かの遊びだと思ったのか参戦。飛び掛かる。
引きつった顔のメルがこちらに助けを求めてきたので、ごめんねと手を合わせておいた。絶望に表情が変わったメルは一瞬で幾多もの白に埋もれて見えなくなってしまった。なむなむ。
「ふふっ」
こんな平和な光景が好き。
――ただそれでも。
胸に吹き抜けた寂寥感を感じて、ため息がこぼれる。それをごまかす先を求めて視線を手の平の中に落とした。
――何も問題ないかと言えばそうではないのだから。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
一面の曇り空。数日にわたって昨日まで降り続いていた雨はまだ満足していないらしい。どうせなら降りきってしまえばいいのに。
「はあ……」
あれからまた数日が経ち、明るかった生活に影が差し始めた。
冒険者カード。冒険者という職業に就いたものがみな提供される身分証のようなそれを見てそっとため息をつくミル。どうやらホームシックになってしまったようなのです。
最近は天真爛漫な明るさの中に、こうして表情に陰りを見せることが増えてきました。
どうやら本人は私たちに気を遣わせないように隠そうとしているようで。ミルちゃんマジ天使。
ともあれ長年の経験で観察眼も磨いてきた私としてはそれを見抜くのもさして難しくはなく。そもそも表情がコロコロ変わる彼女は腹芸に向いていませんし、ここ数日は妹ちゃんも微妙に遠慮しているくらいです。
お母様にも相談したところ、嫌なことは即拒否するお母様が珍しく悩んでいたようでした。
大切になってきたからこそ、手放したくはないし、同時に悲しんで欲しくもない。そこで帰すという選択肢が生まれるということから、人間にも愛情を向けることができる方だとようやく理解できました。
どうやら私はお母様を読み誤っていたようです。やはり魔物だからなどと色眼鏡で見るべきではありませんでしたね。
「チチチ(大丈夫ですか)?」
「うん?……ごめんね。ちょっと考え事しちゃってた」
あははと笑った彼女は、声を掛ければすぐさま笑顔を浮かべて私たちの相手をしてくれる。そうじゃないのに……。今こそ話掛けられないことがこれ程歯がゆいと思ったことはありません。ままなりませんね。どれだけの時を過ごそうとも人の心はこうも難しい。
どれほどの力を身につけてもどうしようもないことがいくらでもやってくる。それともどうにかしようとすることは傲慢なのでしょうか。
言葉を話せない私ができるのはこの子が気を紛らわせられる様にすることだけ。まったく、ままなりませんね。
私はミルの頭の上に飛び乗って、髪を優しく撫でつけることしかできなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日はどこかおかしかった。
――静かすぎる。
お母様が狩りに出かけてから、周辺の静寂がどうにも気にかかる。まるで嵐の前の静けさのよう……。
「どうしたのメル?」
「チチッチ(何でもありませんよ)」
私の様子に気づいたのか、ミルが訝かしげに声を掛けてくる。翼を軽くはためかせることで「気にしないで」とアピール。
いつも通りの様子に戻った私の姿に、ミルは「なにかあったら言ってね?」と微笑んで、弟妹達との遊びに戻っていった。
その背を見送りながら胸をなで下ろす。彼女たちを不必要に不安にさせるわけにはいきません。
ともあれ、不穏な空気を感じているのは事実。一度降りて周りの様子を窺ってみるべきでしょうか。とそこまで考えたとき――大樹が、揺れた。
「きゃあ!?」「ピヨヨッ!?」「ピヨッピー!?」「ピヨチュウ」
そんなバカな!? この大樹が揺らされた!?
今の揺れ方は地震によるものではありませんでした。何かがぶつかった衝撃によるもの。つまり雲を突き抜ける……とまでは行かないけれど、見渡す限りではこれより高いものなど見つけられない。そんな巨大な木を揺らすことのできるものが、この巣のすぐ下に居ると言うこと。
――非常にまずい。
お母様、早く帰ってきてください!! 不吉な音もしてきたので!!
それは、ズル……ズル……と、何か重たいものを引きずる様な音。しかも確実に近づいて来ている。
「ピヨッ(ミル、合図を)!!」
「あっ、合図だね。任せて!」
鋭く指示を飛ばせば、弟妹達と身を寄せ合っていたミルはすぐに分かってくれた。上空に向けて打ち上げられる合図の花火。
これは以前お母様と取り決めた救難信号。打ち上げられた花火が散ればすぐさまお母様が駆けつけ来る――はずなのですが……。来ない。
くっ!予行練習ではすぐ来てくれたのに!! 何をしているんですかお母様!
――ドオォォォォォォオォォォオオオオオオオオン!!!!
ぐッ!? 次から次に何ですか!?
爆音。それに続いて地面が揺れる。音の方に目を向けると、遠目に光の柱とその近くを舞う小さな影。
これはまさか、お母様が戦っている!?
弱い相手なら既に片づけてすぐに戻って来ているはず。つまりあれは少なからずお母様と渡り合える相手と言うこと。それすなわちこちらの救援もすぐには期待できないと言うこと。
しかも――
ズル……ズル……ズル……。
不吉な音が大きく、近くなってきている。厄日ですね、これは……!!
敵は下からやってくる。私を除いて全員飛べない。この場からの離脱は不可能。
相手は大樹を揺らすことができるほどの力、もしくはそれに準ずる程度の力の持ち主。
今の私では恐らく……、いや、普通にやれば確実に負ける。
マズい……。どうすれば……!!
悩んでいる内にも時間は過ぎ、それはとうとう現れた。
逆三角の頭に、チロチロと覗く二股に割れた舌。全身を覆う強靭な鱗。全容は大きすぎて確認できない。
大蛇。ウワバミなどと呼ぶのもおこがましいくらいの大きさだ。
過去に見た電車よりも太く、そして長い。人の膝丈ほどの大きさしかない私にとって、その巨躯は絶望敵で。
本ッ当に……厄日ですね……!!
背後にはミルと怯える弟妹達。退路は、なし。単独逃走など論外!!
やるしか……ない!
大蛇の前に単身飛び出した。翼をバサバサと大きく振ってわざと目立って注意をこちらに引きつける。
「メル!?」
悲鳴を上げるミルを意識から締め出し、大蛇の動きに全力で集中する。ステータスで見れば相手にもならないでしょう。でも私にはこれまでの戦闘経験がある……!!
見て動くのでは遅すぎる。今の私では間に合わない。相手の攻撃を予測するしかない……!
動きの初動、僅かな重心の移動、空気の流れ、目線、そして音。全神経を大蛇に傾ける。
――来る!!
大口を開けての噛みつき。
それが来ると予測した。
だから。
襲いかかってくる、その一瞬前に全力で前に踏み込む。タイミングも目測もズラされた大蛇は困惑してどうするか迷ってしまった。このまま攻撃するか、やめるか。
結局選べなかった大蛇は惰性のまま、中途半端にヘロヘロと不格好に襲いかかってくる。
作り出した千載一遇の好機。デレ行動を逃すことなく顎の下に潜り込む。そして――
――【昇陽】!!
一瞬の溜め。揺らめく輝きに包まれた片足が、空気を裂くように跳ね上がる。普段の動きとは一線を画する速度で巨大な蛇を蹴り上げた。
宙返りの要領で放たれる強烈なサマーソルトキック。
小さなこの身から放たれた蹴りは。
――ドゴオォォォン!!
しかし轟音とともに、大蛇の巨体を吹き飛ばした。
「うっそォ!?」
"戦撃"さまさまですね。
この結果を予想だにしていなかったミルが驚く声を背に、空中の大蛇を追いかける。
打ち上げられ、巣から追い出された大蛇。確実にお帰り願うため、追い打ちを仕掛ける。
――【降月】!!
反転した体がしなる。体のバネを全力活用。
ムーンサルトの要領で振り下ろされたつま先が、大蛇の頭を正確に捉える。戦撃の威力に、重力の追加を受けて地上に叩き返された。
――これで少しは時間が稼げるはず……!
「メル!? 大丈夫!? 凄く辛そうだよ!?」
焦ったように駆け寄ってきたミルを翼で押しとどめ、ヨロヨロと立ち上がる。
生命力と魔力を練って行使する戦撃は、まだ修行もまともにできていない私には負担が大きい。
今の私はまだまだ赤子のようなもの。多少成長したとは言え、まだステータスは低いです。
さっきの戦撃2連続行使でかなり体力を使ってしまった。
くっ、スタミナがまだ無いのが痛いですね。碌に動けやしない……!
「メ、メル……」
私を呼ぶミルの声が震えている。まだ恐怖が抜けていないのでしょう。そう考えてふと違和感を感じた。
青ざめた表情の彼女の視線は私ではなく――その後ろ。そこまでされれば見なくてもわかる。
嫌。もう、ふて寝したい……。
視線の先。追ってみればそこには2体目の蛇。そして私は疲労困憊。状況は悪化した。
ああもうッ!
本当に、本ッ当に、今日は――
厄日ですねッ……!!
主人公とミルちゃんは仲良しになりました。良かったですね。
ストックホルム症候群ではありません。
……ないよね?