第72羽 じゃあ全部洗い流しちゃおうねぇ……
皆様お久しぶりでございます。もう二週間も経ってしまいました。ごめんなさい……、眠くて。お詫びと言っては何ですが少し長めです。
興奮した様子のフレイさんとギルドで落ち着いて話をすれば、慌てていた理由がわかりました。それは誤解だったのでそれを解いて今は『萌えよドラゴン』に。その誤解とは――
「まさか、私がもう帰ったんじゃないかと思って追いかけてくるなんてびっくりしました」
今言った通り、フレイさんは私がなにも告げずに南の大陸に帰ろうとしていたと勘違いしたのです。思い出してクスクスと笑えば、フレイさんはブスッとしてにらんできた。
「仕方ないじゃないか。気づいたら部屋の中にあんたいないんだし、あのグレーターワイバーンから上手く情報を聞き出してそのまま……って思ったら走ってたんだよ」
その答えにまた笑みをこぼす。
「まだ冒険者カードももらってないですしそんなことしないですよ」
「あ……、そう言えばそうだね」
まあ、貰わずに帰るって考えもありはしますが折角用意してくれるのに捨て置くなんてしないですよ。フレイさんは納得したように頷いた。
「それはそうと……」
おもむろに立ち上がったフレイさんがなぜか私を抱き上げた。なにやら真剣な表情で体に顔を近づけてくる。
……あの、なにを?
私の疑問など何のその。気にせずスンスンと鼻をならして……、え?もしかして匂いを嗅いでるんですか!?
まさか……!?今の私は霊峰ラーゲンから帰ったそのまま。パルクナットに入ってすぐにフレイさんを発見したのでギルドに直行しました。
そこから導き出される答えは……私、臭い!?
自分の匂いはわかりませんが、この鳥の体は汗をかきません。なので少しくらい大丈夫だと思っていたのですが、お風呂くらい入ってくるべきだったでしょうか。未だに確かめるように匂いを嗅いでいるフレイさんにおそるおそる確認する。
「もしかして……匂います?」
「ああ、匂うね。ぷんぷん匂うよ――」
うぐ、はっきりと言われると結構ショック「――別の女の匂いが」……え?
「ギルドであんたを抱き上げたときに気づいたんだ。あんたの甘い匂いに混じって別の女の匂いがした。そして今確信したよ」
色々とツッコみたいところがあります。
がそれを許さないほどフレイさんに眼光が鋭い。なんで????
「あたいが街でやきもきしている時にあんたは別の女と仲良くしてたんだ?」
「べ、別にメリィさんとは仲良くなんて……!!」
ジャシン教でしたし、敵ですから……!
「へえ、メリィって言うんだね」
あ、なんだか良くわかりませんが言葉の選択を失敗したかも知れません……。タダでさえ鋭かったフレイさんの眼光がもはや獣のように。
「彼女とは敵対して戦っただけですよ!ホントです!」
なんで私はこんな言い訳じみた事を言っているのでしょうか。まあ、フレイさんがコワイのが悪いです。
「じゃあそのメリィってのとはなにもなかったんだね?」
訝かしげに聞いてくるフレイさんに良くわからないままに「そうですよ!」と言い返そうとしてとある場面がフラッシュバックする。メリィさんを抱き上げているときに、頬に当たられた柔らかく湿った感触。それを思い出して思わず頬に手を当てていた。
「あ……」
目が合う。まるで捕食者のようなギラギラした目だ。上がっていた体温がスッと下がっていったのがわかった。
「ふうん。じゃあ……しっかり洗い流そっか?」
フレイさんが向かう先はもちろんお風呂。
今の私はフレイさんに抱き上げられています。なんとか脱出を試みるものの腕の中から抜け出すことはできません。
逃 げ ら れ な い !!
「え、えへ?」
笑顔なのに全く目が笑っていないフレイさんに許しを求めて笑顔を返すことしかできません。しかし世は無常。救いはありませんでした。
先にお風呂に入っておくべきだったでしょうか。……いえ、結局同じ結末にたどり着くような気がするのは私だけでしょうか。
「ちょ……、待って!!!? そこは!!? ひぁっ!?」
その後めちゃくちゃ体を洗われた。
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力の入らない体を暖かなお湯の浮力に任せ、光のない瞳で天井を見上げる。
「あー……」
「ふん」
なぜか猛ったフレイさんに、アワアワとあちらこちらを洗いまわされ、体を休めるはずのお風呂なのに疲労困憊になってしまう始末。
結果フレイさんのお胸に頭を乗せて、力なく水面を揺蕩うのみ。うあー……。はしたないですが許して……。
そのまま無言の時間が流れてしばらく。天井から水滴が落ちてくる音を聞いていると、明後日の方を向いていたフレイさんが顔をのぞき込んできた。
「ねえ、メル」
「はい」
「あんたの故郷。わかったんだね」
「はい」
「そっか……」
「はい」
そしてフレイさんは私から視線を切って前を向いた。
「ね、どこだったの?」
「南の大陸です。詳しい場所はわかりませんが……」
「やっぱり、そうだったんだね」
「やっぱり……とは?」
私の故郷が南の大陸だと予想していたということでしょうか。どうやって?
その答えはすぐにわかりました。
「あんた、天帝の子供でしょ?」
「……ええ、そうです」
一体いつ気づいたのでしょうか。
私が天帝の娘であるのを明かしたのは翼竜との念話の時のみ。フレイさん達には聞こえていなかったはず。後は霊峰で龍帝と話した時ですがそれは論外ですし。
「実は一番最初に会った時に少し疑ったんだ。人の言葉がわかる魔物は一定数いるとは言っても珍しい。鳥の魔物で人語を解するから。でも、その時はポケポケしてたし強いとは思ったけど人を助けるし、せいぜい関係があるくらいだろうって。すぐに違うと思った」
ポケポケ……、私そんなに抜けていたでしょうか……。
「でもあんたはとても強かった。グレーターワイバーンの時も、ヒドラの時も、コアイマの時も。強烈で苛烈で頑固。伝え聞く天帝に似ていると思った。一緒に過ごすうちに天帝の子供なんじゃないかって思いは強くなっていった。特に、なにがあっても自分の意志を曲げようとしない所なんかそっくりだし」
「頑固ですか……?」
強さの評価はともかく、そんなに頑固でしょうか?それにお母様の場合は傲岸不遜なだけかと……。
「怪我してるくせにラーゲンに行くって言って聞かないんだもん。ホントに困ったよ」
目が合ったフレイさんはジトッとした目だった。うぐ、ごめんなさい……。フレイさんは正面に視線を戻してそのまま続けた。
「でもあんたが天帝の子供だっていうのはあくまでもしかしたら。可能性の話。もう少しあんたがやることを見ていたい。そう思ってズルズル引き延ばしているうちにあんたは、答えを知っているグレーターワイバーンがいるはずの霊峰に旅立った。そしてあんたは見事山頂にたどり着き、情報とマンドラゴラを両方手に入れて帰ってきた」
「……ええ」
頷けば、フレイさんは「本当にすごい奴だよあんたは」と呟いた。
「あたいね、復讐のために生きていた。普通に過ごしていても笑っていても、脳裏にあの光景がちらついてた。あのコアイマを見つけ出すために冒険者になった。でもそれはあんたのおかげで終わった。終わった後の事なんて考えてもいなかったけど、それはすぐに見つかった」
フレイさんの決意に満ちた視線が私を貫いた。
「いつかあんたの力になる。今は届かないけど強くなってきっと恩を返す。嫌われていても勝手に助けるよ」
……ん?
「ちょっと待ってください。嫌われていても、とは?」
「ごめん……。あんなに探していた故郷のことを可能性とは言え、私欲で黙ってたんだ。嫌われてもしょうがないさ」
儚く微笑むフレイさんはそれでも決意に満ちていた。
いや、責めている訳じゃなくてですね?
「別に嫌ってませんよ」
「え?」
予想外というように固まったフレイさん。流石美少女。ポカンとしていても絵になります。ずるい。
というかですね、故郷に帰りたいってただ迷子になっているだけですからね。他に目的もなかったから早急に帰ろうとしていただけであって、私が必要だと思った寄り道なら別に構いません。家族に会えないのは寂しく感じますし不安にも思いますが、私はあくまで幾度となく転生を繰り返してきた身。それくらいへっちゃらなのですよ。
……懸念事項はお母様が荒れ狂っていると言うこと。龍帝の言葉によれば実害はまだ出ていないようですが、お母様から漏れ出た強大な魔力が環境に影響を与えているということ。
それほど荒れ狂うと言うことは、何かがあったと言うこと。
例えばあれから――――家族の誰かが死んでしまったとか。
もしそうならそれは私のせいです。あの時蛇を退けられるほど強くなかった私が悪い。すぐに家に帰るだけの実力がなかった私が悪い。
だから私のせいです。だから私の責任です。
例えフレイさんでもこの責任を譲るつもりはありません。
全て――――弱い私が悪い。
そんな内心はおくびにも出さず彼女に言葉を返す。
そもそも恩と言っても最初に会った時に命を助けられていますからね。ご飯くれてなかったら死んでました。
まあそれは一旦置いておきましょう。
「私も騒ぎになるのを恐れて天帝の娘であることを黙っていたのですから、おあいこですよ。こちらこそごめんなさい」
「それは別に良いけど。……許してくれるの?」
「許すもなにも最初から怒ってません」
「そっか……」
何かを噛みしめるようにフレイさんは私を抱きしめてきた。
「明日、私は南の大陸に向けて立ちます。ですがさよならではありませんよ」
背後から抱きしめてくるフレイさんの腕をそっと解いて、正面から見つめる。
「いつになるかはわかりません。ですが必ずまた、会いましょう。約束です」
「……うん」
曇っていた空が晴れ渡り、暖かな日の光を覗かせる。そんな笑顔をフレイさんは浮かべてくれました。
「ね、お願いがあるんだけどさ……」
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「メルもすごい置き土産をしていったね」
「……山頂でジャシン教の襲撃に、世界に散らばる四つのジャシンの封印か。儂にはちと荷が重いのぅ」
翌朝、頭痛をこらえるように頭を押えるギルドマスターの姿があった。それもこれも冒険者カードを受け取りにきたメルから爆弾を受け取っていたためである。
昨日はマンドラゴラの納品と石化の治療を優先したために、メルから直接ギルドマスターに伝える機会がなかったのだ。本人は別に忘れていたわけではないと言っていたが。怪しいものだ。
おかげで昨日は頭痛をこらえる必要もなく迅速に手配が完了したのだが。おかげ……?
「とりあえず白蛇聖教に対応を投げておく。餅は餅屋、宗教は宗教にじゃ。こちらでも色々手は回しておくが大した成果は出らんじゃろう。……お主はどうする?」
「そんなの決まってるよ」
今あの娘が飛んでいるであろう空を窓越しに見上げ、思う。
ジャシン教やジャシンと、不穏な名前は出てきたもののやることは変わらない。何が出てきても何があっても、次会った時にあの娘の力になるために。
「強くなるのさ」
貰ったものを思い浮かべ、手を握りしめた。
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「ミル、昨日メルって人に会ったんだ」
朝、今日も薬を作る必要があるからと早起きすれば既に起きていたリヒトが開口一番言った言葉がそれだった。きっと訓練でもしていたんだろう。
それよりも気になるのはリヒトがあったという人物のこと。
「街で噂になってるあの?」
「そう、その人だ」
メル。
奇しくも妹として名付けたあの子と同じ名前の人。
大蛇に襲われた時飛び出していったきり姿を見ることができず、ずっと心に引っかかっているあの子と同じ名前の人。
街を歩けば帰るまでに一度は噂を耳にするほど今は注目されている。
最初ミルも期待をした。自分が知っているメルなのではないかと。
しかし噂を聞けば聞くほど違うと思った。
曰く槍を使う。その強さは一騎当千、Sランク冒険者すら凌ぐ程。
曰くその見た目は天使のような愛らしい少女である。
曰くあのコアイマとその手下のヒドラを下したと。
ミルの知るメルは徒手空拳、というか足技を使う魔物の姿。槍を使う姿なんて到底想像もできないし、人の姿であるなんてもっと想像できない。
南の大陸にいたはずのミルが北のこの大陸にいる道理もなく、当時の飛行能力では中央の島国を中継したとしても届くはずもない程距離が離れている。更に言えば白蛇聖教は生態系を乱さないため大陸間の航行に細心の注意を払っており、許可のない生き物はおろか魔物を乗せることなどあり得ない。よってここにいるメルがミルの知るメルのはずもないのだ。
まあ実は何の因果か本人なのだけれど。
更に言えばもう一つ理由がある。それがコアイマの強さだ。コアイマの強さはそれこそ異次元。実際に見たからこそミルは思う。
現在情報を規制されているため、知っているのは当事者含め少人数しかいない。リヒトが勇者として認定されたのはコアイマを退けたからだということを。
凄まじかった。それこそ自分の言葉で表現できないほどに。ただ、自分が割り込めば一瞬で形を保つ事もできず消え去ることくらいは理解できた。
激闘の末、ヴィルズ大森林から帰ってきてさらにその強さを増したリヒトが辛勝した。既に自分では手も届かない場所にいる彼でさえギリギリで、その後逃げるコアイマを見送らざるを得ないほどの負傷をしていた。そんなコアイマをあまつさえ討伐したのだ。少なくともミルには自分の知るメルでは無理だと思った。事実その考えは間違っていない。
まあ実は何の因果か本人なのだけれど。
加えてメルが魔物であるとの情報は意図的に伏せられていることも関係していた。これは冒険者なりの気遣いである。そもそも魔物とは人類の生活を脅かす害敵のようなものだ。
自分達の命の恩人が好印象を持たれているのに、彼女が実は魔物だと伝えてわざわざそれを邪魔する必要はないと自発的に情報を伏せた結果だ。
諸々の行き違いがあった結果ミルは、ここにいるメルが自分が知るメルではないと結論を下した。
「それでそのメルって人はどんなだった?」
「会った時は武器を持っていなかったから正確にはわからなかったけどかなり強いね。コアイマを倒したと言うのは嘘じゃなさそうだ。もっとも俺も負けるつもりはないけど」
「なんで戦う前提なの?」
「いやまあそれはね?」
強さを求めるものの性のようなものである。誰かが戦っている所を見ればメルだってやっている。
「それに皆が言っている天使、って言葉もあながち嘘じゃなかったし」
「ふーん」
その言葉にミルも色々と思うところはあったが、まさかその天使、がホントに翼を持っていることを指してるとは思いもよらなかった。普通にかわいらしさの比喩表現だと思ったのだ。
ちなみにミルは、リヒトに天帝の巣であったことは詳しく話していない。悪いようにはされなかった事は伝えてあるが、一家が手作り料理にがっついていたことは伝えていない。
傍若無人な逸話で有名な天帝がご飯で懐柔されるなど誰が信じるであろうか。周りから変な目で見られるのも嫌だったので黙っていた。
この話をリヒトに伝えていたらまた違ったのかも知れないが既に後の祭りだ。
「勇者様~」
そこでリヒトを呼ぶ声が。声の主は白蛇聖教の金髪縦ロール娘だ。
その声にリヒトは困ったような顔に。ミルはうんざりしたような顔に。
それぞれ理由はあるがリヒトの場合はまだ自分で認めていない勇者として呼ばれることが一つ。
そしてミルの場合は。
「勇者さ――――あらここにいたのね芋娘」
「い、芋……」
何を隠そうこの態度のせいだ。ミルの額にピキリと青筋が走る。
リヒトを探していた時は喜色満面だったのにミルと目が合った途端これだ。お前はお邪魔虫だといった態度を崩さず、挑発的な目で見つめてくる。
本当ならミルも言い返してやりたいところなのだがグッと我慢する。なぜなら相手がお偉い人だからだ。
この金髪縦ロール娘、なんと聖女である。もう一度言おう、聖女である。
最初聞いたときミルも耳を疑った。こんな腹黒そうな悪口金髪縦ロール娘が聖女な訳がないと。しかし現実は無情。白蛇聖教が認定した聖女の証を持っていたのだ。この聖女の証、冒険者カードと同じで本人の魔力と紐付けられているので偽装ができないようになっている。ちなみに本人の魔力を流すとチープにペカペカ光る。わかりやすいね。
それと聖女はこの腹黒悪口金髪縦ロール娘だけでなく他にも結構いる。
詳しい方法は不明だが、聖女は白蛇聖教のトップである最高司祭が選別する。そして近場の教会に通達し聖女として迎え入れるのだ。自分の娘が聖女に選ばれれば高度な教育を受けられる上、多額の援助が得られるため家族そろって安泰。家族から離されはするが年に数回は会う機会もある。そのため渋る家族はそうはいない。
それとこの聖女様、リヒトが勇者に選ばれた原因だったりする。
なぜか護衛も付けずにほっつき歩いていた所をコアイマに見つかり襲われていたのだ。
「シャール、一緒に旅する仲間なんだから仲良くね」
「わかりましたわ!ごめんなさいね芋娘。わたくしったらつい口が滑ってしまうのよ芋娘。なかよくしましょう芋娘」
―――こいつ……!!
ミルが限界を迎えるのもそう遠くはないかもしれない。
「そんなことより」
そんなこと……。
「勇者様、ギルドからの情報なのですが霊峰ラーゲンの頂上の頂上でジャシン教が目撃されたと。調査に向かおうと思うのですがいかがでしょうか」
「そうだな、俺も霊峰には用事があったから一度登頂を目指してみようか」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
光の差さない暗い部屋で密かに集まる人影があった。
「ボス、いつも思うんだけど何でこの部屋暗いの?」
「そりゃあメリィ、教祖様も雰囲気を大事にしてんのよ。悪の組織の頭領って言ったら暗がりと怪しげな様相だろ。なあ教祖様?」
「ふむ、少し黙っていろ」
「え……」
哀れ、フォローした相手からバッサリと切られてしまった。
「なかなかにやられたな。龍帝か?」
「違うよボス。面白い鳥さんに負けちゃった」
「なに?」
声に僅かな驚きを滲ませる教祖と呼ばれた男。それもそうだろう。彼女はジャシン教の中でもトップクラスの実力を持つ幹部なのだから。
「どこまでやった?氷か?」
「ううん、雷」
「なんだと?」
メリィ戦闘は三つの段階が存在する。
まずベルでの睡眠誘導。これで大体の敵が片づく。勝負をするまでもない。
次がこれに凍気の放出が追加される。放出された凍気は極寒のフィールドを作り上げる。
眠気に耐えた相手も、メリィの徒手空拳の実力と冷気で体力が削られていきやがてまともに動くこともできずに眠るように崩れ落ちる。睡眠誘導に加え冷気で睡魔を強め、寒さで体の動きが鈍った相手を追い詰める凶悪なコンボだ。メリィは羊の獣人な上にモコモコした服を着ているので冷気は効かない。寒いのは相手だけだ。
そして今のメリィの全力。雷をまとう状態。睡眠誘導も冷気の弱体化も効かない相手に小細工なしの真っ向勝負をしかける段階。今のメリィでは凍気とは併用できないが単純に強い。
タダでさえ強力だったメリィの接近戦がスピードとパワー共に強化されるのだ。弱いわけがない。
それが負けた。
「メリィ、お前本気でやったのか!?」
「うん、でも負けちゃった。でも次は勝つ」
そう言ってメリィは意気揚々と部屋を出て行った。
「あ、おい。報告は!?」
「良い。簡易の報告は受けてあるうえに、封印の破壊は観測できた。宝玉は持ち帰れなかったようだが一応の目標は達成している。問題ない」
「へいへい、ちょっと甘いんじゃないですか教祖様?」
「何のことだかわからんな。それで……あちらの首尾は?」
「弱っちいパシリもちゃんと仕事してますよ。なんでか今あそこにいないみたいだし、丁度良い奴が捕まったんで向かって貰ってます」
「それは重畳」
それにしてもと教祖と呼ばれた男は思案する。
メリィは鳥と言っていた。鳥で思い浮かぶのは天帝だが、メリィは天帝の姿を知っている。ならば鳥さんなどと呼ばずに天帝と伝えるだろう。メリィが戦った鳥は天帝ではない。
次に思い浮かんだのは天帝の所からはぐれた雛鳥。だが南の大陸にいたあれが北の大陸にいるはずもない。それこそ特異な移動手段でもない限り。なによりあの大森林はランクの高い冒険者でも苦戦するほど魔物が強力だ。あの程度の強さの雛鳥が生き残ることなどそれこそ奇跡だろう。
そう考え雛鳥が件の鳥である可能性を切って捨てた。
そして偶然強者が現れたのだろうと結論を出した。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
パルクナットからかなり南下した上空。眼下は青い大海原。高速で飛行する青い鳥の姿があった。メルだ。
メルは朝一で冒険者カードを受け取ると、伝え忘れていた霊峰での出来事をギルドマスターに伝えると簡単に挨拶を済ませすぐさま飛び立ってしまった。
急いでいたのもあるがこれはメルが薄情なのではなく、単に別れが死ぬほど苦手だということにある。しんみりしているといつまでも出発できないのだ。
胸に溢れるさみしさを抑えながらフレイに貰った方位磁針を頼りに十数時間。ひたすら飛び続け遂に陸地が見えた。小休止地点の中央の島国。白蛇聖教の総本山だ。
ちなみに白蛇聖教の船舶だと一週間かかるので驚異的な速度だと言えるだろう。
更新していない間にもブクマと評価が増えてました!皆ありがとう!!