第6羽 料理は剣よりも強し
胃袋は掴むものです。ここ、テストに出ます。
あれから体感で更に2週間。弟妹達の遊び相手として、飛びかかってくる度にちぎっては投げの大立ち回りをしたり、女の子の話し相手(基本的に聞き役)をしたりして過ごしていました。
女の子を側に置くことを許して貰ったとは言え、それだけでは心配だったので彼女には自分を守る確固たる盾を与えてみました。
それは料理人。……そこ、私が食べたいだけだろとか言わない。
彼女が所持していた鞄の中に調味料があったのが発端でした。身振り手振りで彼女にして貰いたいことを伝え、お母様が狩ってきていた獲物を調理して貰いました。
結果……大当たりでした。お母様にも大好評。やはりこういうときは胃袋から掴むべきですね。おかげで虫を食べることも激減。
これにて彼女は私たちの中で失うには惜しい人物として認識され、保護対象の中に入りました。
彼女も料理をしていれば害されることはないと理解したのか今では落ち着いて過ごしています。諦めたとも言う。ちなみに一度逃げだそうとしたので優しく転ばせてから、遠くに見える巨大な魔物を翼で指し示したら目が死んでいきました。酷いようですが万が一ここから逃げ出されると他の魔物に襲われて死んでしまいます。
生まれたての私に転かされる程度の人物では、逃げる方が危険ですよ、ここは。せっかく安全を確保したのに逃げ出して食い殺されました、では寝覚めが悪すぎます。
ちなみにあの子はどうするつもりだったのかをお母様に聞いたところ普通に練習台と言われました。
セーフ!もう少しでスプラッターでしたよ。心臓が縮み上がる思いをしました。ええ、まったく。
「あらら、調味料がもうなくなっちゃったか。メル~、この薬草取ってきてくれるー?」
「チチチ(はいはい、わかりましたミル)」
料理の準備をしていた女の子、ミルが薬草学の本を開いて、絵を指し示します。
お察しの通りメルとは私の名前です。本名はメルシュナーダ。現在は調味料回収係。
名前は仲良くなった結果、彼女が私を呼ぶときに不便だからと決まったもの。
ミルは彼女の名前。ミルは昔から妹ができたときに自分にちなんだ名前を付けようと思っていたらしく、良い機会だと思ったのか私の名前を決めるときに「メル」のみにしようとしていたのだが、これにお母様が『これは我が娘だ!!』と猛反発。色々あった結果お母様の名前からも取って今の名前に落ち着いた。
ちなみにお母様は天帝ヴィルゾナーダと呼ばれているらしい。ミルが初めて名前を知ったときに「あの伝説の……」とガクブルしていたので結構名前が知られている模様。その後のお母様の『もっと恐れるが良い』的なドヤ顔(鳥だからわからないけどそんな雰囲気だった)を見て、「あんまり怖くないかも……?」と少し落ち着いていたのが印象的でしたね。慣れてきていたのも幸いしたのでしょう。
今更ですが私たちの巣は、俗に言うご神木なんてものが比べ物にならないくらい、巨大な木の上にあります。
私はこれを地面まで降りて調味料となる植物を回収し、また登らなければなりません。結構しんどいんですよこれ。既に飛べるようになっているのが幸いでした。いえ、災いしたと言うべきでしょうか。弟妹達はまだムリですし。私も飛べなければきっと命じられることもなかったでしょう。
料理を始めて3日目ほどでミルが持っていた調味料がなくなったのです。どうしようかと思っていたのですが、ミルは調味料の本を持っていたので事なきを得ました。しかも絵付き。なんと都合の良い。
長年ここで過ごしていたお母様は本の植物を何度も見たことがあるらしく、最初はお母様が取ってきていました。しかし、如何せんお母様の体は大きいです。対して調味料となる植物はお母様の爪よりも小さい。
2日にして『ええい、まどろっこしい!!お前が取ってこい!我は食材を狩る!!』と剛速球で調味料回収係を投げられました。えぇ……。
この大樹の上り下りは最初の頃こそバテバテのダメダメでしたが今ではなんとか熟しています。おかげで体も少しは鍛えられましたし。
木の周りを探索できるくらいには余裕ができました。この木の根元、片面が少し進むと崖になっているんですよ。結構深かったので落ちたら大変ですね。
下には川らしき物が見えたので死なずに済むかも知れませんが、流されて帰るのは大変でしょう。私は翼があるので関係ないですけど。
ここでステータスどん!
名前 メルシュナーダ 種族:スモールキッズバーディオン
Lv.8 状態:普通
生命力:96/96
総魔力:42/42
攻撃力:36
防御力:19
魔法力:19
魔抗力:15
敏捷力:80
種族スキル
羽ばたく[+飛行]・つつく・鷲づかみ
特殊スキル
魂源輪廻
称号
輪廻から外れた者・魂の封印
こんな感じになっています。
まんま速度特化ですね。攻撃力も高め。
スキルは『羽ばたく』から派生で『飛行』を覚えました。使い続けて良かったです。『羽ばたく』自体に特に効果はありませんが。
スキルに何の表示もないのですが、飛べるようになると同時になんとなく風を操れるようになっていました。多分飛ぶときに風で無意識に補助をしているからだと思われます。本能のようなものでしょうか。意識すると飛ぶ速度が早くなるし楽になるしで結構重宝していますよ。
さらに植物採集で『つつく』と『鷲づかみ』が種族スキルに追加されました。
効果は名前の通り。特に捻りもありません。
っと地面に着きましたね。周辺を見て回ったところ、崖がある方の逆側は緑も豊富でとても美しい場所でした。ミルの本によると貴重とされている調味料に使える植物も豊富で、持ってきた量に目を見開いていましたね。
たくさん生えていたことを教えると我を忘れて「ここは宝の山か……」とこぼしていましたが、お金にするために人の街に戻れるのはいつになることか……。
お母様は今更手放そうとはしないでしょうし。殺されない代わりに気に入られる必要があったので他に手はなかったのですが。
まあ私がミルを抱えて飛べるようになってかつ、ミルを守りながらここらの魔物に余裕で勝てるようになったら街までは送りますよ。旅もしてみたいですし。せっかく転生したんですからね。
……一体いつになるんでしょうか。申し訳ありませんがミルには気長に待って貰う事になるとおもいます。
せめて手が使えれば武器が持てるんですが……。素手はあまり得意ではないのですよ。
しかも足しか使えないという。翼で攻撃しようものなら軽く折れてしまいます。それはもうポッキリと。やっぱりハードすぎませんか?今世。
よし、これで採取は終わりと。
ミルが枝や植物をを編み込んだかごに薬草を入れて空に飛び上がる。適度に窪みや枝に止まることで休みを入れて確実に巣を目指していく。
まだまだ一気には上れないんですよねこの木。本当に高すぎ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ふう、ようやく到着しました。
料理の下ごしらえをしていたミルのそばにかごを置いて、頭の上に降り立った。
ここはお気に入りなんですよ。最近の定位置です。
「おっと、お帰りメル。おつかれさま」
「ピヨ~(本当ですよまったく)」
「あはは、ありがとね」
これだけを見ると会話しているように見えるかもしれないけど、実はミルは私の言葉を理解していません。
これは私の雰囲気と2週間の経験のたまものである。なんとなく意思疎通はできるようにりました。
全くちんぷんかんぷんの時もありますけどね。せっかくの今世初友達なので話してみたいです。
お母様が居れば通訳は頼めるのですが、やっぱりこう……自力で話したい。せめて念話が使えればなぁ。お母様が使えているから私にもできると思うんですけど、未だ発現の兆しはありません。非常に残念です。
手際よく料理の準備をしていくミルを頭の上から見守りながら、彼女の事について思い返してみました。
連れてこられた当初はガクブルだった彼女はこの境遇に慣れて行くにつれ、その明るさと底抜けの純粋さで私たちの懐に容易く入り込んできました。日に照らされて明るく輝く金の髪は腰まで流れ、見るものを癒やす蒼の瞳は見るものを惹きつけて止まない。顔立ちは少々幼げですが整っていて、彼女の性格と相まって多くのものに愛される存在となるでしょう。
ミルはここに連れてこられるまでは幼なじみの男の子と冒険者として活動していたらしいです。
田舎の村から出てきたばかりで常識に疎い彼女たちは、若さから来る無謀さと持ち前の好奇心で、絶対に入ってはいけないと言われている森に薬草採取の依頼で入り込んでしまった。
浅いとこなら大丈夫でしょとばかりにフラグを立てながらやって来て、なかなか見つからない薬草を探して森の奥へ。そして案の定迷子になり帰り道を探してさまよっている内に、自分達では倒せないほど強い魔物に襲われてしまう。
そこにやって来るお母様。あっさり魔物を倒して食料にすると珍しい人間を発見。
良いことを思いついた。子供達のお土産にしよう!
しかし今日は獲物が大量で、人間を落とさずに安全に運べるのは一人だけ。そこで独断と偏見でミルの方を拉致。その代わり男の子の方には目的の方角がわかる探知系の魔法を掛けてあげることに。使い終わると消えるバフのような魔法。これで街の方角もわかるし自力で帰れと言うことなのでしょう。
まあお母様の魔力がくっついてるなら多分魔物に襲われることはないでしょうし、安全に帰り着けるでしょう。結果として両方助かったわけですし恨みっこなしということで。
ミルにはお母様が事情を説明しているので男の子のことはあまり心配していません。
それどころか安全に帰ることができて良かったと言っていました。ミルちゃん天使。
これに懲りたら無謀な真似はやめるんですよ、と羽を使って彼女の髪を優しくなでつけた。
「んふふ、どうしたのメル?くすぐったいよ」
「ジジッ!! ジジジジジジジッ!!!!」
「わあっ!?」
突如として行われた下方からの急な襲撃にミルが目を白黒させる。襲撃者は件の落下事件のときの妹ちゃん。翼を大きく広げ、羽を逆立ててものすごい形相でミルを睨みつけています。最初の方は仲良くしていたんですけど、しばらく経ってから急に襲いかかるようになってしまったんですよね……。
今回はどうしたんでしょう?
「あぁ、またあんたか……」
ミルの方は勝手知ったるといった様子。呆れたように妹ちゃんを見つめています。私が姉なのに……。
「メル、……この子の頭を撫でてあげて。それで収まるはずだから」
はぁ……、それで収まるんですか? 毎回対処法が違うのもよくわからないんですよね。
言われた通り抱きしめて撫でてあげれば、妹ちゃんはむふーとばかりにご満悦。先程までの形相が嘘のように笑顔を浮かべ、それをミルに向けるほど。
「ハッ」
「いやあたしの指示だけど」
「ギエェェェッ!!!!」
わあ怒った!? 翼を荒ぶらせてミルに襲いかかろうとする妹ちゃんを急いで引き止める。
ほら、落ち着いてくださいね~。
離してしまうと大変なので、先程よりも強く抱きしめて撫で続けていると風船が萎むように落ち着きを取り戻していった。ふう……、よかった。それにしても今の言葉にそんなに荒ぶる要素はなかったと思うのですが……。
「こっちはこっちで首傾げてるし……もう……」
そんなことをしている間に、料理はそろそろ火を使う工程に。妹ちゃんから離れ、「ピッ!?」待ちきれないとばかりにミルの足下に集っていた弟妹達を離れるように散らしていく。
「ん、ありがとメル。ほら、火を使うから危ないよ。お姉ちゃんのいうこと聞いて離れててね~」
ぞろぞろと移動を始める弟妹たち。その1羽だけ不服そうに離れていく。
「チッ」
「し、舌打ち……!? 誰の影響!?」
お母様でしょうか……?
着火していたミルが目を見開いて振り返る。その間にも着火作業は淀みない。手元から発生した炎がちょど良い大きさに育っていく。彼女の魔法だ。
ミルは小さな頃から魔法が使えたらしく火加減もお手の物。
木の上で普通に火を使っていますがこの木は結構頑丈なようで、料理に使う程度の生半可な炎では焦げ目すら付きません。
やがて漂ってくる肉の焼ける良いにおいと調味料の香り。そして待ちきれないとばかりに目を輝かせる弟妹達。
ああ、今日も平和ですね。