第3羽 招いちゃったけど来て欲しくなかった客
『助けて!』
誰かが襲われている。
私の大切な……誰かが。
「ッ!? すぐに行きま――!? これは!?」
駆けつけようとしているのに、体は泥がへばりついたように動かない。
『助けて!』
「っく! 待っていてください!!」
それでもと追いすがるように進んで。進んで。――眼の前で誰かは失われてしまった。
『助けてって言ったのに……』
「あ……ぁ……。ごめんなさい……、助けられなくて……ごめんなさい……!!」
すがりついても、泣き叫んでも、その人は戻ってこない。あるのは私を光なく見つめる瞳だけ。
『助けてくれ!』
「っまた……!」
悲しみに浸る間もなく、助けを求めてくる別の大切な……誰か。自分の感情を置き去りにして私はまた走った。
そうしてもがくようにたどり着いた先で、また失われる。
何度も、何度も、繰り返されて。
『助けて!』 『助けてくれ!』 『助けて!』『助けろよ!』『助けてくれるって言ったのに!』
気づけば、私の周りは助けられなかった人で埋め尽くされていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい……!! ごめんなさい……!!!!!」
光ない瞳で見つめるみんなが亡者のように手を伸してくる。群がる手を押しのけ、かき分け、それでも助けを求める声に応えようとする。でも誰も助けられない。私では助けられない。間に合わない。手が届かない。
気づけば、私は死体の山に立っていて。
縋り付く腕はどんどん増えていった。
――体が重い。息が苦しい。前が見えない。
そうしてもがいている間にまた一人、失われていく。
やがて見えたのは白い羽毛の子鳥だった。いや、もう白くはない。自らの血で真っ赤に染め上げられていたのだから。
「あぁ……!? そんな……!! 助けられたと思ったのに……!!」
全身から血の気が引いていく。寒気が押し寄せてくる。抱き上げたこの子はこんなにも冷たい。――よく知っている冷たさだ。
「なんで……!? なんで私は……!! 誰も助けられないんですか!?」
ついには前に進めなくなる。後ろへ後ろへと引きずり込まれる。亡者たちの手に飲み込まれる。視界が黒く閉ざされていく。
「私が――私が、弱いから助けられない。だから。強く。強く……!!」
――――強くなるしかない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――っは。
意識が浮かび上がる。目を見開いても一面は暗闇に囚われたままで。
あたりを見渡しても自分がどこにいるのかもわからない。状況が掴めず、混乱した頭に不安がじわじわと蓄積されていく。
――なにが!?
直前までの記憶もすぐには思い出せない。一瞬パニックになりかけたとき、頭上から落ち着いた思念が届けられた。
『……起きたか』
――っ!? お母様……? じゃあ、ここは……。さっきのは……夢……? みんなも……夢……。
『どうした?』
感じる力強さに安堵を抱き、ジワリと滲んできた寂しさに頭が冷える。少し落ち着いた私はようやく眠る前のことを思い出した。興奮していた体が地面にへたり込む。
夢の中で思い出せなかった誰か。――――大丈夫、みんな覚えています。
――いえ、何でも……ッ!?。
そこまで考えて思い出したのは、血に染まった白い羽毛。
――あの子は!? 無事ですか!?
『落ち着け、忙しないな。あの子は無事だ。お前のお陰で傷1つない』
――良かった……。
『良かったことなどあるものか。我が目を離している間に己の子が死にそうになっていた』
――ご、ゴメンナサイ……。
『良い。むしろ褒めねばならん。だが自分の身も大事にせよ。お前を失っては仕方がない』
ありがたい。でも自分は異物。転生者だから。本来いないはずの存在が、尊い命を守るのは当然でしょう。
大きな翼が優しく体を包みこんだ。
――あ……。
『もう一度言う。よく妹を守り、帰ってきたな。大手柄だ』
――はいっ!
ただ、感謝されるのはとても嬉しいですね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あれから体感で一週間が経ちました。
お母様に助けて貰った後、目を覚ましたのは落下から一日後だったようです。疲労と怪我のせいで、泥のように眠り続けていたみたいですね。
助けることができた妹はお母様が言っていたように奇跡的に傷1つなく無事。朝日のもとでしっかりと確認しましたので間違いありません。全身くまなく確認する私に妹はくすぐったそうにしていました。お母様は心配しすぎだと呆れた表情でしたが……。
――いいじゃないですか、心配だったんですから。
私は結構な怪我を負っていましたが、魔物の回復力のおかげか、今ではすっかり元通り。痛みに関してもこれくらいの怪我なら慣れたものです。伊達に転生していません。
なにより、妹が無事で良かったです。"戦撃"に助けられましたね。
――――戦撃
自らの生命力と魔力を、呼吸と共に練り上げ、闘気として生成。それを対価に世界システムの力を借りて放つ、強力な一撃――――それが【戦撃】です。
攻撃パターンを「型」に落とし込むことで、自由度を犠牲にしつつも威力と速度を極限まで引き出すことがコンセプトになっています。
しかし、その力は万能ではありません。いくつかの明確なデメリットも存在しています。
まず、発動には大量の闘気を必要とし、体力の消耗が非常に激しい点。
特に、まともな修行すらできていない今の私では、何度も使えるものではないです。
強力な戦撃ほど消耗も大きく、中には今の私には到底使いこなせない技もある。
――この問題は、私自身が強くなればいずれ解決できるでしょう。
次に、隙が大きく、何度も使えない点。
戦撃の発動には構えが必要です。そして構えを取ったとき、発動までにわずかな「溜め」が必要となります。
さらに、戦撃にはそれぞれ独自の構えがあり、何度も見られればどんな攻撃が来るか悟られてしまう。構えを見破られれば、型も読まれる。型が読まれれば、どんな攻撃が続くかも察知され、容易に対処されてしまうのです。
加えて、技を使い終えた後には必ず硬直が生じます。タイミングを誤れば、硬直を狙われ逆転される危険すらある。相手に何度も同じ技を見せるのは、極めて危険です。
また、一度発動すると、技を途中で止めることが難しい点にも気をつけなければいけません。
戦撃はよほどの衝撃を受けない限り、中断させられることがありません。しかし、自分の意思で技を中断するのも困難です。
もしも相手に避けられれば、空振りしながら無様に空を裂くしかありません。さらに無理に技を止めた場合、発動していた時間よりわずかに長く、その場に縫い止められたように動けなくなる――ペナルティを背負うことになります。
使い所を慎重に見極め、必要なときにだけ放つ。それが、戦撃を扱う者の最低限の心得なのです。
――――ん? おわっ!?
そんなふうにここ数日のことを振り返っていると、あの日自由落下から救い出した妹が突撃して来た。あなたも懲りませんね!?
抗議するように送ったジト目も、地面に押し倒された私の上で楽しそうにはしゃぐ妹を見れば、緩くほどけていくと言うもの。かわいいからしょうがない。かわいいは正義、偉い人もいってました。
最近、弟妹達も育ち盛りなのか、頻繁にじゃれついてきます。この子ほどではありませんが。
落下事件の影響で止めるかと思いましたがそんなことありませんでした。じゃれついてくる弟妹達に対抗するようにこの子がさらに突撃して、それに対抗するように他の子も突進してきます。なんて負のスパイラル……。
かわいいのは良いのですが、正直お姉ちゃんは体力の限界です。……子供ってどうしてあんなに元気なんでしょうね。
……そういえば、虫を食べることにも慣れてしまいました。ここ最近はそんなもの食べる必要はなかったのに……。
人間慣れるものですね。その代わりに色々と失ってしまいましたが。……乙女の尊厳とか。……そういえば私もう人間でもありませんでしたね。転生者ジョーク。……誰に言ってるんでしょう。
お願いしてみたら、虫だけで無く動物や木の実も持ってきてくれるようになったんですけどね。
おかげでなんとか生きて行けています。
それでも虫は、定期的に差し入れられる。……お母様、楽しんでますよね? 私が嫌がるのを見て。貴女はこどもですか……。
まあ私の事を大切に思ってくれていることも確かなので、憎めないのですけれど。
それとどうも強い魔物が巣の近くに寄ってこないようなんですよね。お母様、どうやらかなり強い存在らしく、他の魔物たちは本能的に巣を危険地帯と認識しているみたいです。
一度だけワイバーンのような翼竜が襲ってきたのですが、お母様が瞬殺してしまいました。
翼を一振りしただけでおしまい。哀れな翼竜は無数の羽が剣山のように突き刺さって撃墜されてしまいました。あ、もちろん遺骸は私たちで美味しく頂きました。火が使えなかったので生でしたが……。
美味しいものが食べたい……。
兎にも角にも強くならないことにはなんにもなりません。魂源輪廻が元に戻ってくれれば話は早いのですが、うんともすんとも言いません。徒手空拳は苦手なので武器くらい持てれば良いのですが、あるのは手でなく翼。体も慣れた人型ではなく鳥型で、動かし方も試行錯誤の段階。あるのは記憶と経験、切り札の戦撃くらい。かなり前の転生を始めた最初期くらい弱いまであります。
とはいえ、これまでも地道に自分を鍛えてきたのです。今回も同じです。
巣から不用意に出ることも出来ないので今は『羽ばたく』を使って体を動かすか、弟妹達の相手をする事で自らを鍛えることしかできません。無茶するわけにもいきませんし。……なんですか? 私だって好き好んで怪我したいわけではありませんよ?
……おっと。そうこうしているうちにお母様が帰ってきたようです。
今日は果物があると良いなぁ……。
『お前達、帰ってきたぞ』
バサリと降り立ったお母様が捕獲してきた獲物を地面に下ろしました。ふむ、今日は動物と木の実が少々ですか。当たりですね、良かったです。
『それと面白い土産があるぞ』
ほうほう、なんだかかなり上機嫌ですし余程良いものを見つけてきたのでしょう。
一体何なんで……しょう……か?
「ひゃう!?」
腕が二つに足が二つ。仕立てられた布を身につけ、肌には毛も無く羽毛も無く鱗も無い。まさに肌色。
お母様が放り投げたそれは巣に落ちるとかわいらしい悲鳴を上げました。
『人間だ』
はい、人間ですありがとうございました。
えぇ……、ホントこれもうどうしよう……。
「えっ……、えっ!?」
状況が飲み込めず、周囲を見渡して慌てる少女を見つめながら、私は頭を抱えました。
現状で考えられる、お母様がこの子を連れてきた理由は大まかに3つ。
1:単純に見つけたから。理由は特になし。
これが一番平和な理由。でも恐らくあり得ません。いやでもお母様ならある……?
2:ご飯として連れてきた。
絶対に嫌です。無理です。困ります。
3:狩りの練習用
これが本命。そして一番むごい結末。別名パワーレベリング。
要は、未熟な弟妹たちに狩りを覚えさせるため、簡単な獲物を与えるということです。
もしそうなら、この子は弟妹たちに何度も痛めつけられ、苦しみながら死ぬ運命……。
元人間として流石にそれは許容できない。しかし私はまだ子供。お母様にお許しいただけるかどうか……。
『ほら、しばらく好きにして良いぞ』
ッ!!なら!
お母様の言葉で不穏な空気を感じたのか、女の子は慌てて逃げだそうとした。私はすかさず飛び込み、彼女の足を引っ掛け、羽でそっと地面に転がした。おまけに逃げ出さないように踏みつけて。
「むぎゅ……!」
……ごめん。許してください。
さて……
「チチチチチ?(お母様、この子、私にくれませんか?)」