表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/207

第23羽 血の力

 

 嘴に含んだ甘露が喉を滑り落ちる。


 吸血鬼とは読んで字の如く、血を吸う鬼です。

 単に血は食料であるだけでなく、力を得るための重要なファクターでもあります。

 今までは吸血なんてしていませんでした。それで地竜と渡り合ってきたのです。


 それが血を口にした場合どうなるのか。


 口内に広がった鮮血が、舌を痺れさせるほどの歓喜をもたらす。目も眩むような高揚感が訪れ、次いで体の奥底から力が噴出する。

 湧き上がる全能感が理性を軋ませる。その力を制御し、冷静さを保つ。これももう慣れたものです。

 

 意識を負傷した体に向ける。すると肉体が急速に再生し、翼の再生も終わった。


 さあ、第2ラウンドの開始ですよ。


 何度目かの驚愕の表情を貼り付けた地竜に一気に肉薄する。

 地を這うような姿勢から一撃。


 ――【血葬(けっそう)昇陽(のぼりび)


 右足に籠めた力が解放される。血が形を持ち、朱殷しゅあんの斬撃が鱗もろとも地竜を深々と切り裂いた。

 先ほどまでは手も足も出なかった鱗が、今や一撃で切り裂ける。

 地竜は苦しみながら悲鳴を上げ、後ろに仰け反った。


 闘気だけでなく、私の血を纏った戦撃。それが今の一撃の正体です。

 

 血葬とはスキルの名前。吸血鬼の血に関する能力を現したもの。

 血を吸うだけではなく、血液を扱う能力であり、自らの血を第三の腕のように扱うことができます。

 自分の血を使うため多用すると貧血に陥るのがネックですが、それも吸血すれば補填が可能です。


 戦撃の発動が終わって着地すると、仰け反った地竜がギロリと睨み前足を叩きつけてくる。

 それを冷静に見据え、襲いかかる巨大な圧力を正面から迎え撃った。


 鉄分を含み魔力を浸透させた血液は凝縮させれば、易々と壊れることのない強固な防具となる。


 ――それを使えばこんなことだってできます。


 ――【血葬(けっそう)打衝(だしょう)


 足から腰、腰から肩、肩から翼へと力を伝播させた突き。

 太くずっしりと力を感じさせる地竜の腕と細く軽い私の翼。激突すれば誰もが前者が勝つと断言する戦いに拮抗する。互いの殺意が乗った視線が交錯する。

 

 力を込めていた地竜が突如としてガパリ大口を開けた。

 ブレスだ。極小の砂の粒子達が渦を巻いて私の全身を呑み込もうと殺到してくる。


 ――それを受けるのはさすがにまずいですね……! 《ブラッディ・スカー》!


『カマイタチ』を『血葬』で血に染めて打ち出された斬撃の嵐。それが地竜のブレスを僅かに押しとどめる。

 身体能力のみに突出した鬼とは違い、吸血鬼は魔法も得意です。

 とはいえあの威力のブレスに打ち勝つことは無理ですが、時間稼ぎくらいならできる威力はある。

 

 ギリギリとせめぎ合っていた腕の力をフッと抜く。

 後ろへと押し返される。だが力に逆らわず、むしろ受ける力の向きを変えて、くるりと上に跳んだ。

 僅かな浮遊感。すぐ後に、地竜の腕に乗っていた。

 地面を叩く衝撃が足元を走り抜ける。翼でバランスを確保し、すぐさま疾駆。

 その背後をブレスが通り過ぎる。それを脇目に頭上へと飛び上がった。


 ――【奈落回し(ならくまわし)】!!


 高速回転した踵落しが地竜の頭のてっぺんに叩きつけられる。

 衝撃が地面へと突き抜ける――――直前にズプリ、地面へと沈んでいく。……衝撃をうまく逃がした様ですね。


 姿は見えないですが、地面下で泳いで隙を伺っています。


 地面が割れ、突如として足下から石柱が襲いかかる。後ろに下がれば、タイミングを合わせて地竜が噛みついてきた。


 ――――挟撃!?


 迫る顎門を受け流し、返しの蹴りを放てば奇妙な手応えが。蹴りの衝撃で、半身は潜ったままの地竜が後ろに流されていく。


 ……どうにも地面に威力が吸収されている様ですね。

 ぬかに釘、といった所でしょうか。これでは、地面に潜っている間は大したダメージは期待できません。どうにかして全身を露出させないと……!!

 

 再び地竜が潜り、石柱と地竜の噛みつきがランダムに襲いかかってくる。その全てを冷静に捌き、躱し、反撃していく。だが手応えはない。厄介ですね……!! こちらの攻撃が決定打に至らない。


 ――攻撃を無効にするとかズルすぎる! 仮にも竜なんですから正面からぶつかってきてください!!


 内心で愚痴を吐きつつ、隙を伺ってひたすら地竜の攻撃を捌いていると決定的な隙を晒してしまうことになる。

 後ろに下がった拍子に、足下にいきなり現れた段差が現れ、踵が引っかかり躓いてしまった。


 ――しまった!!


 地竜がしかけた罠です。咄嗟に翼で立て直したものの間に合わない。

 驚くほどの機敏さで真下から飛び出してきた地竜を避けきることができずに、左足に噛みつかれ捕らえられてしまった。


 ――抜け出せない!! あ……。


 フワリとした浮遊感。鼻先で目が合った地竜は笑っている気がした。


 ――ドゴッ!!!!


 地面が逆さに迫り、勢いよく地面に叩きつけられた。

 視界がチカチカと点滅する。全身を砕かれたような痛みが走っている。


 再びの浮遊感。


 ――待っ!!?


 ドゴッ!!ドゴッ!!と何度も何度も叩きつけられて地面がひび割れ、砕けていく。

 視界が揺れる。骨が軋む。翼が裂ける。

 地竜は手にした玩具のように、私の体を何度も地へ叩きつける。

 十数回ほど受けたでしょうか、ようやく地竜がそれを止めました。

 

 持ち上げられた私は力なくぷらぷらと揺れている。喉の奥から熱が吹き上がり、こぼれた血液が地面を赤く染めた。


 ――ゲホッ……!!ゲホッ……!!はぁ……、はぁ……、玩具みたいにしてくれましたね……!!


 こちらを見つめる地竜は満足げに目を細め、尾で地面を叩いている。悪趣味な……!

 それでもまだ終わらせるつもりはないのか、私の脚を咥えたままさらに持ち上げた。


 叩きつけられる。

 

 その前に――――《ブラッディ・スカー》で自ら足を断ち切った。


 左足に灼熱。喪失感。流血。

 

 喉の奥から突き上がって来ようとする叫び声。それを噛み砕いて、手応えを失った地竜を睨みつける。


 ――私の脚はお気に召しましたか……!!? デザートをどうぞ!! 【血葬(けっそう)貪刻(どんこく)】ッッッ!!


 失った脚の代わりに、血液がハンマーのような姿を形作る。

 強烈なメガトンキックが地竜の横っ面を蹴り砕いた。吹き飛んだ地竜が横転し、横滑り。地面を削っていく。


 ――く……ぅ……!!


 すぐに地竜から距離を取る。

 切れた左足に意識を集めると、断面が盛り上がり再生。ゆっくりと脚の形を作り上げていく。

 ……血を飲んだ当初よりも再生速度が遅い。吸った血の効力もそろそろ切れそうです。

 

 もう一度補給したかったのですが地竜はその隙を晒してはくれませんでした。流石に警戒されているようです。

 補給できないなら、血の効果があるうちに終わらせるしかありません。

 身を起こしていた地竜が前足を地面に押しつけ、沈んでいく。

 ……こちらも再生が終わりました。体は問題なく動くようになりましたが、また潜られてしまいました。


 周囲に警戒を強めていると、天井から上半身を出した地竜がそのままブレスを放った。

 前よりも範囲が広くなったように感じるブレスを全力で飛んで逃げる。そこから一気に地竜に接近していくと、ブレスが終わってすぐに潜ってしまった。

 そして離れた場所から顔を出してブレス。追いつく前にすぐに潜って別の場所へ。すぐブレス。

 潜って、顔を出して、ブレスして潜る。


 ――こ、こいつ!!!


 地面から上半身だけ出してブレス。一定の距離まで近づけば逃げていく。そして離れたところからブレス。


 ――なんですかこのクソゲーは!!? 貴方恥ずかしくないんですか!! 生き物の頂点たる竜でしょう!? 芋引きブッパってプライドとかどこに置いてきたんですか!! こっちは土竜(もぐら)叩きやってるんじゃないんですよ!?


 しかし腹が立つほど合理的な戦い方だ。厄介きわまりない。それ故になおのこと腹が立ってしょうがない。

 

 ブレスもいままでのものより範囲が広がっていて、かなり避けづらい。その分威力は分散しているようですが、あたって無事に済むようなものではありません。

 

 このままでは……負けますね。

 ブレスでじわじわ削られても、時間が経過するだけでも私は負けます。

 吸血の効果が消えて終わりです。一度見せた吸血はかなり警戒されている。もう一度決まると思うのは流石に楽観視しすぎでしょう。


 ……賭けに……でます。


 天井に顔を出した地竜。比較的近い。これなら行けます。

 風を裂いて加速。吸血鬼は飛ぶのも得意です。速度はそれまでの比ではありません。

 そうしている間にも地竜はチャージを完了させ、遂に砂のミキサーを解放した。

 それでも私はまっすぐ進むのを止めない。魔力を解放する。


 ――《ディープ・ライン》


 凝縮された朱殷の一線が砂塵に突き刺さり、中心を穿った。そこへ『血葬』した翼に戦撃の輝きを乗せて大きく振りかぶり、遮二無二飛び込む。

 拡散して弱まったブレスに、魔法で威力をさらに弱め、そこに血葬の防御に戦撃の威力、私の再生力で突っ込めば突破できる……筈。確証はない、故に賭け。


 ――はあぁぁぁッ!!


 突きだした右の翼にブレスが激突する。こちらの進む勢いだけでなく、防御に回した血葬も削られていく。

 

 ダメージは右の翼に集中しますが、庇いきれない部分は砂塵に晒されます。それを血葬でカバーしても次々に削られていく。徐々に翼と体の外側から削られていくのを、無理矢理再生し、血葬で時間を稼ぐ。これは死神とのいたちごっこ。

 突破できるか中で死ぬか。2つに1つ!

 

 視界は砂で遮られ終わりが見えない。このまま永遠に光を見ることなく終わるのではないか。

 そんな叫びだしそうになる恐怖を押し殺して、ひたすら前を見る。永遠なんて……慣れっこです!

 

 もう止まれない。戦撃は発動してから止めることはできません。この戦撃が止まるのは私が死んだときか、――あいつをぶっ飛ばしたとき。


 かくして――――賭けに勝った。十分以上にも感じられた、2秒にも満たない僅かな瞬間のこと。


 広すぎるブレスで視界が狭まっていた地竜の目の前に、ブレスを突き破って私が現れる。


 全身血葬によるものなのか負傷によるものなのかわからない赤に染まっている。事実、満身創痍。それでも地竜を見失うことはない。

 

 そんな私を見て驚愕し、急いで天井に潜り直そうとする。


 ――【血葬けっそう剛巌腑損ごうがふそん


 一撃目の右突きはブレスに殴り抜いたもの。

 次いで勢いそのまま回転し二撃目の左回し蹴り。ヒット位置をずらして寸止め。

 血葬けっそうで形作った脚で、地竜を蹴るのではなく『鷲づかみ』にする。左足を引く、次撃の予備動作で天井から引きずり出した。砂塵とともに地竜の全身がまろびでる。


 ――逃がしませんよ。


 左足を引いた勢いのまま回転。

 左の裏拳を落下し始めたばかりの地竜の腹にねじ込み、カチ上げる。轟音と共に背中から天井に激突した。


 地面に潜る気配は、――――ない。


 第2の賭けに勝ちました。

 

 何度も地竜が地面に潜る姿を見るうち、とある法則に気づいた。


 それは地面に潜るとき、必ず前足からというもの。

 

 体の一部が既に潜っていれば潜り直すことはできるようですが、全身が出てきた後は再度前足を沈めないと潜行はできていなかった。

 確証はありませんでしたが、正解だったようです。


 逃げ場のなくなった地竜に右膝の追撃。衝撃が臓腑を貫いて背後の天井を割り砕いていく。


 ――まだまだ!!


 膝を伸ばして突き刺さるようなヤクザキック。

 痛みに呻く地竜。目から光が失われることなく、むしろ強く私を睨みつけている。


 天井から石柱が鋭く迫る。


 ――――反撃!!?

 

 戦撃は、まだ終わっていない。大した回避動作は取れない。

 僅かに体をずらして致命傷だけは免れた。それでも脇腹を大きく貫通。抉られてしまった。

 

 熱い物が喉元をせり上がる。顎を引き、無理矢理飲み下した。


 ここで引いたら――――死ぬ!!


 攻撃の手を止めない。地竜から目を離さない。もう、逃さない……!!

 

 更に一撃、二撃、三撃と打ち据えていく。天井から背中が離れる隙は与えない。

 目が、合う。未だ獰猛に牙を剥きだして生きることを止めない。

 頭上から尾がしなり、私を叩き落とそう唸りを上げる。それを――――頭で受け止めた。


 ――ぐうぅッ!! 負けるかッ!!!!


 尾を気力だけで押し返す。


 ――これでッ! 終わりッ!!!!


 終撃。

 

 正面に遮るものなし。懐に潜り込み、全身全霊のソバット。衝撃が天井まで貫き、臓腑をズタズタにかき回した。


「オオォォォ……」


 今一度天井へと叩きつけられた地竜の体が力なく落下していく。

 今度は潜ることなく地面に激突して地響きを届かせた。動くことはない。

 一拍の後、先ほどの激突で崩れていた天井の一部が地竜の体の上に降り注ぎ、押しつぶし、覆い隠してしまった。


 ――お、終わった。


 安堵と疲労感から膝から崩れ落ちる。もうまともに動けない。休ませてください……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
血を飲んだ後どうして逃げる選択肢が出てこなかったのでしょうか? 地竜を倒し切るのは急に強くなりすぎというか、ちょっとやりすぎな気もします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ