第２１羽 上げて落とされると人は怒ります。まあ私には関係ない話ですが
戦撃でまともなダメージにならない以上ここは積極的に逃げに徹するべきでしょう。
一応他の威力の高い戦撃ならダメージ自体は与えられる可能性もあります。『側刀』は使い勝手こそ良いですが、威力は戦撃の中で下から数えた方が早いですからね。
ともかく出られるかどうか扉を確認しましょう。まともにやって勝ち目はないです。
地竜が次の動きを見せる前に飛び上がり、わずかでも安全圏を目指す。
頭上を舞う私に地竜は視線を向けたまま離さない。慎重に距離を取りつつ、円を描くようにして扉を目指す。
その時だった。
こちらを睨み付けていた地竜が、前足を力強く振り上げて――――地面を踏み砕いた。
――なにを？
土煙と共に地竜の姿が見えなくなった。暗闇も相まって、何が起きているのかまるでわからない。
――土煙の中から遠距離攻撃でもするつもりでしょうか。 ……いえ、これは。
ゴゴゴゴゴ、と突如として洞窟全体が揺れ始める。
パラパラと頭上から砂粒が降りかかるのを感じ――――弾かれるようにその場から飛び退く。
直後、天井が弾け、砂を撒き散らしながら地竜が降ってきた。
――上から！？ 地面を掘って？ 最初に上から降ってきたのはこれですか！
反応はできたものの、完全には避けきれない。
弾き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
――う……、く……。
痛みに呻きながらなんとか立ち上がる。
右足が痺れて感覚が鈍い……下手をすれば折れているかもしれない。
とっさに足で蹴ったて防いだけれど、そうでなければ全身の骨が折れていたでしょう。
被害状況の確認もそこそこに移動を再開した。
一方の地竜は天井から飛び出したまま重力に身を任せ―――するりと地面に潜り込んだ。まるで入水するように。
潜る、と言うより土が避けている。そう表現する方が的確でしょうか。
ともかく天井も、地面も、壁も、すべて地竜の領域――――洞窟全部が危険域です。
――場所があまりにも不利。
頭が痛くなる。この場所そのものが格上である地竜に味方している。
地面を泳ぐ能力をもったこの地竜には、全面が土でできたこの場所はホームグラウンドでしかない。
再び地竜が地面から浮かび上がってきた。
前足から地面を踏みしめて体を持ち上げると、悠然と体を揺すって砂を払い落とす。
徐ろに息を吸い込んだ。
ああ、それはわかります。――――ブレスだ。
兆候が見えた瞬間から地面を蹴って飛び出していた。
砂漠の砂嵐を込めたのような強烈なブレスが後ろを通り抜けて行く。
まるでミキサーだ。あれに巻き込まれたらただの肉片どころか、骨すら残らず煙となって消え去るだろう。それも一瞬で。
勝てるビジョンなんで欠片も浮かばない。
――早く扉へ……！！
なりふり構わず扉へと急ぐ。
しかし地面を泳いで距離を詰めてきた地竜は、私の必死さをあざ笑うように悠々と扉との間に陣取った。
――この！！どいてください！【崩鬼星】！！！
鬼気が膨れあがり、顔面に直撃した戦撃はしかし、効かない。硬質な音を周囲に響かせただけで、地竜は微動だにしなかった。
羽虫が止まったかのごとく、自分の顔に止まった私を邪魔そうに見ている。
――そんな……。
強すぎると思った。硬すぎると思った。
それでも鬼気を纏った戦撃でさえ、まともに通じないとは思いもしなかった。
――しまッ！？
呆然としているからと言って、地竜は待ってくれない。鬱陶しそうに頭を振って私を弾き飛ばした。間髪入れず、体を回転させてなぎ払うように尾を叩きつけてくる。
【側刀】をなんとか合わせ、相殺を試みたけれどほとんど意味をなさなかった。吹き飛ばされて、地面を転がった。
体のあちこちが痛くて、バラバラになってしまいそう。
追い打ちを掛けるように突進が来る。
急いで進路から逃れようとするが地面が盛り上がって壁が生み出されてしまった。魔法ですか……！！
ならばと反対を見ればそこには既に壁が。上と後ろも同様。遅かった。
――囲まれた！！
皮肉な事に前だけは空いていて、地竜が迫ってくるのがしっかりとわかるようになっている。もちろん前から逃げるのはもう間に合いません。壊して逃げるのは……当然間に合わない。無理です。
こうなったら全力であがくしかない。
迫る大質量に本能が警鐘を鳴らし冷や汗を垂らす中、半身になり全力で地面を踏みしめる。
――【鬼伐】！！！！
爆発する鬼気。地面を蹴り砕いて右足を振り上げる。
拮抗は一瞬もなく。競り負けたのは――――私。
止めきれない威力で後ろの壁ごとぶち抜かれ、意識が細切れにされる。
転がって、転がって、最後に辿り着いたのは――――扉。
嫌な音が全身からする中、背中の壁を伝ってズルズルと体を起こす。
右足は折れてますね……。全身の骨も罅だらけ。翼もまともに動かせない。
痛い。死にそう。それでもなんとか生きてます。
最後の希望を込めて縋るように扉を押した。
でも――――動かない。開かない。
触れた瞬間わかった。この扉は開かない。単純な押し引きの問題ではなく、何かしらの封印が施されている。
少なくとも今の私では、絶対に開けられない。
絶望で、心が折れる音が聞こえた。
……扉が開かない可能性は高いと思っていた。
それなのに、気づけば扉にたどり着けば逃げられると思い込んでいた。
地竜が強すぎたから、それ以外に生き残る道が見えなかったから。
人間は単純なもので、目に見える希望があればそれにすがってしまう。そして今回は、的はずれな希望だった。それだけ。
振り返れば、地竜が突進を始めていた。……泣きっ面に蜂ですね。
全身の骨は罅だらけ。足は折れて走れない。翼は動かず飛べない。
もう……何もできない。
これで……終わり。
この扉の小さな赤いシミになって。
もう、お母様にも、弟妹達にも、ミルにも、会えない。
『死んだら殺しに行くからな！！』
……お母様は来てくれるでしょうか？
朧気な意識の中で、そう思考が追いついたとき胸に溢れたのは大きな悲しみと――――怒りに似た感情だった。
ただ、生きたかっただけで。
ただ、みんなと笑っていたかっただけで。
ただ、幸せになりたかっただけで。
――でも、それは許されない。世界は思い通りにはならない。
千々になりそうな意識でも思考はぐるぐると回り続ける。
――理不尽はいつだって、直ぐ側にある。
――ただ、弱いと言うだけで。理不尽に踏みつぶしていく。
そんなこと世界では当然で、当たり前で。そうされないために、今まで力を着けてきた。それを今更。
――こんな……ところで……！！
霞む目で迫るそれを捕らえる。
――結局のところ、生き残るのはいつも強いほうだ。
――弱い方は喰われるだけ。嫌なら……喰らう側に回るしかない。
動かないはずの体を起こす。立ち上がる。歯を食いしばる。
――貴方が私を喰らおうとするのなら――――私が貴方を喰らいましょう。……せめて。
ズンッ！！と強烈な衝撃音。だれが見ていても終わったと思う状況。
地竜の目が、驚愕に染まる。
なぜなら今まで押し負けていた相手が突進を足で受け止めていたから。
地竜の瞳に映った私の目は深紅に染まっていた。
――後悔はなさらないように。
