第74羽 環境破壊はやめてください
坑道に配慮すると言っても、大したことは出来ません。精々地面に叩きつけたり、天井に打ち付けたりしないように気をつけるくらいでしょうか。
あとは地竜が飛んだり跳ねたりしたら坑道に負担がいかないように受け止めるとか……? 私への負担が大きそうですね……。
とりあえず【奈落回し】は封印ですね。あれは思いっきり地面に叩きつけるので。
そんなことを考えながら接近している間に、地竜は起き上がっていた。
……あまり時間をかけるのも良くありませんね。
口から溢れ落ちている真っ黒な血を見て翼に込める力を強めた。
地竜が迎え撃つように、血煙が混ざった咆哮を上げる。
同時、地面がうねるように盛り上がり、土砂がまるで粘体のようにその身を包みこんだ。岩と土が地層のように幾重にもかさなり、鎧をまとったような姿に変貌する。
牙のような突起や鋭い岩の刃があちこちに付属しているかなりパンクな鎧ですが。
……また進化かと一瞬ひやりとしましたが、違いましたね。とはいえ、土の装甲も厄介です。
防御力が上がるだけでなく、周りの土砂を集めていたので坑道にダメージが……。
そんな心配をしている間に、次の魔法が発動していた。
地竜の背後の大地が盛り上がり、津波のように押し寄せてくる。地竜は地面に潜る能力を応用しているのか、波に乗るようにして加速し、さらに土をかいて泳ぐように突っ込んできた。面の制圧と、中央の突破力がうかがえる強力な攻撃です。
それはともかく……あまり環境破壊はしないでほしいのですが。坑道へのダメージがさらに……。
――ふーちゃん……は……いないみたいですね。
呼びかけてみたものの返事はない。
あの子は風の精霊。風の通りが悪い場所にはあまり来たがりませんからね。空気は通っているので可能ではあるのですが……。きっと外で楽しく遊んでいるのではないでしょうか。
仕方ありません。自力でなんとかしましょう。
後ろにまだ3人組がいる以上、人の姿に戻るわけには行きません。そして徒手空拳で氣装纏武は出来ません。
この規模の攻撃を素手で対処するのはかなりしんどいですが、やるしかないですね。幸いここは光の届かない坑道。
ここなら吸血鬼の能力が十全に使える。
――追憶解放:吸血鬼。ソウルボードから他の前世を外していないので、無理をすることになりますが、一瞬だけなら……!
鳥の姿のままの私の体に変化が訪れる。瞳が真紅に染まり、背中に熱が集まる。
バサリと、風を叩いて大きく広がったのは――――新たな翼。鳥の羽毛の翼ではなく、コウモリのような被膜を持った黒の翼だ。
4枚となった翼で空叩き、更に加速。
被膜の翼から血が滲み、それを身にまとう。同時に闘気を高め、戦撃の構え。
――【血葬:弧月十文字】
2連続の回し蹴りが、血葬により巨大化した十字の刃となって、土砂の津波に切り込んだ。
『カマイタチ』も併用した斬撃は土砂の津波へ深く切り裂いたが壊すには至らない。衝撃と血の水分で全体を抑えるだけ。
しかし、波が抑えられた分、後ろにいることで守られていた地竜が前に突出する。
地竜はと言えば、身を守ろうとするでもなくむしろ狂ったように私へと襲いかかってきた。
土砂の鎧をまとった地竜が、焦点の合わない血走った目で、狙いもおぼつかないまま乱雑な攻撃を仕掛けてくる。鎧のトゲや刃のせいで、その攻撃範囲は意外にも広い。
巻き込まれれば大ダメージは必至。しかし接近は、こちらの攻撃のチャンスでもある。
――【血葬】……!!
風を巻き込んで襲い来る巨大な腕をするりと躱す。
反撃に、血をまとい巨大な拳の形を取った黒翼を、砂の大波ごと地竜にお見舞いする。闘気に溶け込んだ風の魔力も手助けし、砂塵を拭き散らして鎧の上からその巨体に激突。硬質な音が空洞に反響した。
ただでさえ竜の鱗は強固。その上鎧もある。硬いですが……突破は可能です。
攻撃に翼を使えば飛行は自由に行えない。しかし、今翼は二対。蒼翼がしっかりと空を掴んで、推進力を生み出してくれる。
初撃から流れるように接近、下段の回し蹴り。
さらに掌底、裏拳、膝蹴り、と踊るような連撃が次々と繰り出される。
砂の大波をかき分けながら、その奥にいた地竜の顎、胸、腹を鎧の上から強かに打ち付けた。
――【輪舞曲・開花】
フィナーレに血葬で象った両拳をコークスクリューのように打ち込む、計7連撃。
膠着は一瞬。全身を貫く衝撃に耐えかねた地竜が、土石流を貫いて吹き飛んでいった。
『浸透撃』のスキルがありますので、鎧があろうと無傷とは行きませんよ。さらに、ダメ押しです。
宙を舞う地竜。その鎧の所々に、真紅が突き刺さっていた。
それは連撃と同時に打ち込んだ血の杭。時間を置いて炸裂する徹甲榴弾だ。
――――炸裂。7つの血の造花が鎧の内側から咲き誇る。
その衝撃が無理やり鎧の一部を引き剥がし、その下に隠されていた地竜を引きずり出した。
同時に砂の津波は力の主を失って崩れ去った。衝撃で維持が出来なかったのでしょう。もはやうず高く堆積するのみ。
両者の間を遮るものはない。追憶解放を解いて、2枚の翼で追いかける。
理性を失った地竜はそれでもすぐに復帰して、攻撃の手を緩めようとはしない。
地面を転がりながら、尾を使って岩石を次々と弾き飛ばしてきた。行く手を阻むように、眼前に大小さまざまな岩石が雨のように迫る。
それは効きませんよ。
翼で空気を叩き、さらに前に出る。瓦礫が体にぶつかる刹那。
――追憶解放:幽魂族。
肉体が一瞬だけ半透明の霊体へと変化。
瓦礫は風を切りながら私の体を素通りし、何事もなかったかのように後ろへ通り抜けていった。魔力が通っていない物理攻撃なら幽魂族になればまるで意味がない。当たりませんよ。
反撃を躱した奥には猛り狂う地竜。
もう一度大地を操り、先と同じく波に乗る要領で進行を開始した。
今度は大波での面制圧ではなく、土砂を前方に集中。鎧すら作らず、攻撃のみを考えた一手に突破の攻撃。地面をまくりあげ、槍のようになった土砂と共にただひたすらに私へ迫る。
横に移動しても私を付け狙って進路を変えてきた。……一応、全力で飛び回れば、避けることはできるでしょう。
ただ――――坑道は崩壊する。
地竜の使っている槍となった土砂の津波。暴走気味なのか、のたうつヘビのように余波が漏れ、周囲へと破壊を振りまいている。
この進撃が止まるまで避け続ければ地面や壁は穴だらけになり、仮に壁にぶつかれば崩落の危険性はとんでもないものになるでしょう。
止めるしかない……!
鋭く踏み込む。『瞬動』も発動し、爆発的な加速を得る。
地竜の頭上をめがけて背面跳びの要領で跳躍。そして脚に血を集め、血葬を施した。
地竜のあの攻撃を打ち破るには、瞬間的な火力が必要です。
闘心炉を全力で稼働して闘気を生成。闘気燃焼を発動して、さらに闘気を噴出させる。
力を抜き、頭から地面へと落下していく。逆さまになった世界の中で、耳元を風が流れる音が聞こえる。
その落下地点めがけて地竜が疾駆する。
地をかき分け、抉り、貫こうとしている地竜と目線が、揃った。
――【牙沈衝耽】
都度、8度の蹴りが瞬時に牙を剥く。上から4回、下から4回。獲物に深々とアギトを沈めるような蹴りが、地竜と激突する。
――ッ!!
結果は相殺。両者、激突の衝撃に押されて後退。
再び僅かな距離があく。
私が戦撃の反動から復帰する僅かな間に、地竜は大地を巻き上げていた。
だから環境破壊はやめてください……!!
あまりの空腹に私を喰らおうとでも言うのか、大地から次々と地竜のアギトを象った魔法が生み出され、連なって襲いかかる。
2匹の噛みつきを避け、もう1匹を受け流す。さらに追加の1匹を【側刀】で破壊。
そして最後に、本体の地竜が大顎を開いて噛みついてくる。
――虚歩。
幽魂族に追憶解放。攻撃が当たるタイミングで一瞬だけ霊体化する。
ユラユラとした蜃気楼のようなステップで体を動かす。すり抜けたのではなく、避けられたと錯覚を引き起こす足運び。
魔力で作られた大地の鎧がない今は、霊体になっていれば攻撃は当たらない。
こうして顎下へ通り抜ければ、もう私を見ることは出来ない。
私を噛み砕いたと錯覚している地竜の無防備な喉元へ狙いを定める。
闘気燃焼でエネルギーを大量の闘気へ変換する。
額から小さな角が生えてくる。選んだのはもっとも力の強い、鬼への追憶解放。
蒼の闘気が、赤の鬼気へと変貌する。漲る鬼気がさらなる膂力を引き出した。
左足で大地を踏みしめ、右足を引く。
――この一撃で……! 【血葬:鬼伐】……!!
地面を踏み砕く威力でもって、右足を蹴り上げた。
膨大な鬼気、『カマイタチ』、血葬、それらが合わさった一撃が地竜の首を一閃する。
一瞬の静寂の後、地響きを立てて地竜の巨体が地に伏した。もう2度と起き上がる事はない。
坑道内に、静寂が戻る。土煙がゆっくりと晴れていく中、私は静かに地竜の亡骸の前に降り立った。
すごい執念でした。あなたはとても強かったです。
……ゆっくり休んでください。あなたの天国での安寧と、来世の幸せを祈っています。
静かに頭を下げる。
数秒の後、空洞の入口へ目を向けるとこちらを覗いている3つの影が見えた。
逃げもせずに何をやってるんですか……。
まあ、無事なら別に良いですかね。
素材を回収したらここを出ましょう。
魔物も倒し、一件落着と言う事で、鉱石系の素材を採掘させてもらいます。魔物を倒せたら手数料なしで採掘しても良いと言われていたので。
彼らが坑道から出るのを待ってここに戻ってくるのも馬鹿らしいですからね。
もうここに用は無いですけど、掘り終わったら一応出てくるのを待っておきましょうか。
せっかく助けたのに途中でなにかあって、帰って来れなかったなんて、嫌ですからね。




