第70羽 坑道ストーカー
人の姿でついていけば、色々と問題が出てしまう。入山許可や、依頼報酬に関する件ですね。
そこで私は一度鉱山から離れ、鳥の姿に戻ってから3人の後ろをついていくことにしました。
上空から3人が入ったと思しき坑道へと、『急降下』。目にも留まらぬ勢いで、横穴へと滑り込んだ。
トロッコ用の線路が伸びた坑道の先、耳をすませば遠くから反響する声が聞こえる。
――――気づかれないように近づいていきましょう。
爪で音が鳴らないように線路を避け、音を立てないようにそろそろと地面を駆けていく。
カンテラの明かりが揺れる先、姿の見えない3人の背中を追いかけていくと、幸いにも坑道は一本道。分岐もなかったので、迷うこともなく先に行っていた彼らはすぐに見つかった。
オレンジ色の明かりに照らされた中、緑髪の弓使いの少年がしゃがみ込んで地面を調べていた。
『鷹の目[+遠視]』で見てみると、岩に強固な何かがこすれたような痕跡が。おそらくガブリザードのものですね。
「鱗が岩にこすれた跡……やっぱり爬虫類種の魔物の痕跡だよ。ギルドに寄せられた目撃証言に、ほぼ間違いはないだろうね」
「じゃあガブリザードで確定ってことだな!」
「……お前は馬鹿だな。”ほぼ”と言っていたのが聞こえなかったのか。まだ確定はしていない」
「バカとはなんだ、失礼なやつだな!」
坑道内でも彼らは元気に言い合いをしていました。
仲がいいのは良いことですが、もう少し警戒したほうが良いですよ。緑髪くんはそこら辺しっかりしていそうですけど……。
「まったく……。事実なんだからちゃんと受け止めないと。残念なまま成長できないよ?」
「お前も口の悪さを自覚しような!」
加わっちゃった。これはだめかもしれませんね……。
それから坑道の奥へと進むと、薄暗い二股の分かれ道に差し掛かった。
地面には尾を引きずったような太い溝。壁際には鋭い牙で噛み砕かれた岩石の破片が散乱している。
わかりやすいものから、簡単には気付けないものまで、緑髪の弓使いくんが発見して痕跡が向かった方向を確定させた。
「……うん、こっちで間違いないね」
右の通路へと進んでいく彼らを岩陰から見なまもっていると、突然緑髪くんの歩みが遅くなる。
歩幅が小さくなり、重心が後ろへ傾いて……。
――――振り向く!?
体の動きより予測された未来。私は反射的に小さな岩陰に身を押し付けた。み、見られてませんよね……。心臓がどくどくと早鐘を打っている。
「どうした?」
「……見られていたような気がする」
緑髪の少年が弓に手をかけながら、警戒するように後方を見つめる。その視線が私の隠れている岩の近くを見つめているような錯覚を覚える。
「後ろの道からか? ここまで一本道だったから隠れる場所なんてなかったぞ?」
「……う~ん、気のせいかも」
「そうか? まあ――――見てみればいいだろ。一番近いそこの岩の裏とか」
――――!!?!?
剣を抜き放つ音と同時、ジャリ、ジャリと地面を踏みしめる音が近づいてくる。一歩、また一歩。砂利を踏む音が、カウントダウンを刻む。そして逃げ場などない岩陰に、容赦なくカンテラの光が差し込まれ――――
「……なにかいたか?」
「……な~んもいねぇ」
剣を鞘にしまい、おどけた様子で肩を竦める。
「……気のせいだったみたいだね。ごめん……」
気を落とした様子の緑髪の少年。その肩を赤髪の少年が叩いた。
「気にすんな。何もなくて良かった、何かあったらまずかった、だ。むしろ何かあったらすぐに言えよ」
「珍しく気の効くことを言う。……まあお前に伝えてもまともな意見は期待できそうにないがな」
「何だとぅ!?」
ヒュン、と風を切る音がして、今にも言い争いを始めんとする2人の間を矢が貫く。矢じりが岩壁に突き刺さり、振動で小石がパラパラと落ちた。
「……うるさい。これじゃ、聞こえるものも聞こえないよ」
「……お、おっかねぇ……。悪かったよ……」「……すまん。悪ふざけが過ぎた」
「……別にいいよ。次は間違えないから」
「おい……、機嫌直せよ……」
足音が遠ざかっていく。
先ほど光が差し込まれた岩陰。その地面からスルスルと地上へと浮上した。
薄く透けた半透明の体でふうと大きく息をついて胸を撫で下ろした。
ここが日の差さない坑道で良かった。
そうでなければ、幽魂族に追憶解放して地面に潜るなんてこと出来ませんでしたからね。霊体の面目飛躍です。
……それにしても危なかったです。楽しそうに話しているからと油断しました。
緑髪の子はちゃんと警戒を怠っていなかったんですね。まだまだ子供だからと甘く見ました。
……気を引き締めなくては。
追憶解放を解除。半透明になっていた体が実態を取り戻す。
見つからないように更に距離を離して追跡を再開。
痕跡を辿って奥へと進み続ける3人の後ろを、今度はより慎重についていく。
そうしていくつもの分かれ道を経過。
緑髪くんが辿る痕跡がどんどん真新しいものになっていく中。
少し前から聞こえていた何かが削れるようなゴリゴリという音。
来訪者を拒むような、巨大ななにかで硬質なものを削り取っているかのような、耳障りな音。
奥から響いていたそれ。
前を進んでいた3人がその発生源にたどり着いた。
誤字報告ありがとうございます。
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