第67羽 失伝した古代の技術
椅子にどっかりと腰を下ろし直したラトラさんは、手の中でカチカチと固まった木製ブロックを弄んでいる。まるで手慣れた手品師のように、指先でくるくると回しながら。
「この魔力を持つものは何かを結合させる力が強い。一度この力に目覚めると、こんな風にものをくっつけるようになっちまう」
「結合させる力……」
結合させる力。それを聞いてふと1つの可能性を思い浮かべた。
「それって……たとえば調合とかに役立ったりしますか?」
「察しがいいね、その通りだよ。この魔力を持つものは、知らずとも薬師として才覚を現す。薬に限らず、飛び抜けて腕の良いモノづくりをするやつなんかは、この資質が潜んでいたりするもんさ」
「そんなことが……」
隣で静かに聞いていたミルが、ぽつりと呟いた。
「……じゃあ、あたしが調薬得意なのって、魔力のおかげだったってこと?」
どこか戸惑いをにじませるその声に、私ははっきりと首を振った。
「いえ、それだけではありませんよ。確かに、魔力が調合を助けてくれる面はあるかもしれません。でも、薬を作るのには知識と経験が必要不可欠です。ミルさんの魔力は薬が作りやすくなるだけで、今の実力はあなた自身の努力の賜物ですよ」
「……そっか。そうなんだ……、ありがとう、メル」
ミルがほんの少しだけ、ふわりと表情を緩めた。
「………………」
そのやり取りを、ラトラさんは黙ってじっと見つめていた。
身動きせずこちらを見ていたラトラさんに、ミルが恐る恐る問いかける。
「それであたしここに連れてきたのってどうして?」
「……それはお前に魔力の扱い方を教えるためさ」
ラトラさんが深いため息をついた。
「あんなポーションを見て、黙って返すわけにはいかないだろう」
「確かに人には効かないとはいえ、放っておけば危険ですよね」
私の言葉に、ミルがしぶしぶ頷く。
「……うん、そうだよね」
「そういうわけで、今日からあんたは魔力の制御ができるまでここから出ることは許さないよ」
「ええ!? そんな、困るよ! あたし、メルと冒険者活動をしないと!」
「つべこべ言うんじゃないよ。あたしはもうあんたに教える立場なんだ。文句は一切受け付けない」
「そんな……!!」
困った表情のミル。そこに、私は待ったをかけた。
「――――ラトラさん」
「……なんだい」
ぎろりと睨むような視線が私を射抜く。けれど、そこに悪意は感じなかった。
「ミルの魔力がどうなるか予測ができない今、被害が少ないうちに押し留めておこうということですよね。私もラトラさんのその意見には賛成です」
ピクリと目元を動かした彼女は、深く椅子に座り直した。
「そうかい。なら文句を言わずに――」
「しかし説明くらいしていただいても良いはずです」
「……なに?」
「性急なのはときに大事なことでしょう。しかし、物事には同じくらい手順が重要なはずです。たとえば調合でも、急ぐがあまり必要な手順を抜いてしまえば、失敗してしまうのではありませんか?」
「…………」
「…………」
ラトラさんの睨むような視線と、私の視線が静かにぶつかる。その横でミルははらはらと両者の間に視線を行き来している。
空気がぴりぴりと張り詰めて、時が止まったかのような静寂が部屋を支配した。
やがて、呼吸の音だけが聞こえるようになった空間で先に視線を逸らしたのはラトラさんだった。
「……小娘、あんた名前は」
「メルと、そう呼ばれています」
「……そうかい。あんたの言う通りだよ、メル」
ふっと力の抜けた声で、ラトラさんが首肯した。
「娘っ子。……あたしも昔、今のあんたみたいに資質に目覚めてね」
ラトラさんがふっと視線を窓の外に向けた。その瞳の奥に、懐かしさと少しの苦い思い出が混じり合った複雑な光が宿っている。
「あんたほどやばいものを作りはしなかったが、それでも苦労したものさ。気づいたら扉が動かなくなったり、服が石に変わっちまったり。当時はそれはもう煙たがられたもんだよ」
「それは……なかなか大変そうですね」
服が石って、一体どんな状況だったんでしょう。少なくとも脱出は大変ですよね……。
「面倒なことをしちまえば、面倒な状況を生む」
「それを避けるためにも、その結合させる力をうまく扱える様になるまでは、不用意に外に出ないほうがいいということですよね」
ラトラさんは「……説明する手間が省けて助かるよ」と鼻をならした。
「あの時は、そこに尋ね人がやってきた。それがあたしの師さ。あの人が力の使い方を教えてくれた。そしてこうも言った。『この力を持つものを見つけたら、必ず手を貸せ。今お前がされたように』ってね。それはもう、ずっと昔から続いてる教えなんだってさ」
「じゃあ……あたしがラトラさんに教えてもらったら、次はあたしが、同じ魔力を持つ人を見つけたら教えるってこと?」
それを聞いたラトラさんは「ったく……」と思いっきり顔をしかめた。
「面倒な連鎖だよ、まったく。あんたのポーションなんぞ目にしなけりゃ、あたしは今頃茶でも飲んでたってのにさ……」
「ご、ごめんなさい……」
ミルが身を縮こまらせて謝ると、ラトラさんはふんと鼻を鳴らした。
「ふふ、ラトラさんは責任感が強いんですね」
「あぁ? なぜそうなる。面倒事なんてごめんだって言ってるだろうに」
怪訝そうな表情を向けるラトラさんへ言葉を重ねる。
「それでも投げ出してないからです。モルクさんのお店でミルさんのポーションを見つけても無視することだってできたはずです」
「……若いね。人の一面だけ見て知った気になってちゃ、いつか足元をすくわれるよ」
「ありがとうございます。親切な忠告、ちゃんと受け止めます」
「……ちっ」
私から目を逸らしたラトラさんが、手もとのブロックに視線を下ろす。手慰みに持ったブロックをかちゃかちゃと回し始めた。
「……ともかく、出歩かせない理由は納得がいったかい」
「……うん、納得したよ。あたしも変な被害を出さないためにも、外には出ないほうが良いと思う――――ってあれ? さっきまでくっついていたのに……」
ラトラさんの実感のこもった話を聞いて、納得したミル。しかし直後に目を丸くした。
ラトラさんが持っていたブロックは、ミルの魔力で固着してしまったいたもの。それが再び、元のように動かせるようになっていた。
「……言っただろう。あんたのは、あたしと同じ魔力だって。結合ができるなら、分離もできる。道理さね」
そういったラトラさんの視線がミルを射抜く。
「娘っ子、お前が今から学ぶのは古代に失伝し、しかしひっそりと、そして脈々と受け継がれてきた技術。もの同士を結合し、分離させ、――――その構成をも変えうる術」
ラトラさんの手の中にあった木製のブロックが、突然温かな光を放ち始めた。
「――――錬金術だよ」
そういったラトラさんの手の中には、黄金に輝くブロックが鎮座していた。
そこで起こった変化を、私たちはただ息を呑んで見つめることしかできなかった。
というわけで、ミルは薬師から錬金術師見習いになりました。
メルの話ではないので、ちょっと駆け足ぎみだったかもしれません。
錬金術+魔術=X がどうなるかお楽しみください。




