第64羽 魔術瓶
「ミルさん。さっきのは助かりました。ですがあれは一体何だったんですか?」
ミルの魔力はすでに枯渇している。
私のように魔素を無理やり吸収して、魔力として使うなどでもない限り、魔術の発動は不可能。ミルの様子は魔力枯渇の脱力感程度で、魔素を吸収した後遺症は見られない。
原因としては瓶の中身ですが……。
「そうだね……、名付けるなら魔法瓶……、魔術だから”魔術瓶”かな?」
「魔術瓶?」
「そうだよ。簡単に言うと、魔術を封じたポーションだね。最近調合してて、実験は成功したから実践投入する機会を伺ってたんだ。これを使えば魔力無しでも魔術が使えるの」
「そんなものをいつの間に……」
「魔法の効果を発揮する道具、魔道具の作り方を少し参考にしたんだ。魔道具って、魔力を溜め込みやすい触媒に魔法を付加して作るんだけど、強力な魔法を保持できる触媒は大抵高価なんだよね。でも今回使ったのは、水と近場で取れるような植物なんだよ」
「それであんな威力の魔術が……?」
「うん。魔力を溜め込むだけなら水でもできるし、今回込めた魔法は、”水で陣を形作る”っていう簡単なものだからね」
「魔力のこもった水で陣さえ作ってしまえば、魔術は発動する……?」
「その通り! メルが粘土で魔術の練習をしたって言ってたでしょう? そこからヒントを得たんだよ」
「すごいですよミルさん。画期的な発明じゃないですか!」
「えヘヘ、そうかな?」
「そうですよ。魔法使いにはない薬師としての視点が生かされたんです」
「あ、ありがとう。でもまだまだ課題が盛り沢山なんだよね。魔力なしでも使えるのはメリットなんだけど……」
「課題……ですか?」
「そうなの。使うのに手間がかかるんだよね。瓶を取り出して、割って、それでようやく発動……っていう手順だから、即応性が弱いの」
「確かに、それだと魔術の持ち味である速攻性は失われてしまいますね……」
「そのせいでヒッポグリフには使う隙を見つけられなかったんだよ」
そういったミルは先程の戦闘の大変さを思い出したのか苦い顔をしていた。
「それと、あんまり種類を持ち歩けないのも困りものだね」
「ああ……、瓶だとかさばりますからね。確かに魔法・魔術に比べると、対応力に差が出てしまいますね」
「そうなの。しかも、準備しておいた魔術瓶が、その場の状況に合わなかったら、ただの荷物になっちゃうっていう」
「事前の見通しと運用判断が求められるわけですね……」
「それとね、触媒の問題もあるの」
「先程は安価なもので済んだと言ってましたがなにか問題が?」
「魔道具に比べると安価なんだけど、今以上の威力を要求するとやっぱり貴重な触媒が必要になるの。魔術の効力が高くなると、陣の形状維持に力がいるからね……」
「なるほど……。強い魔術ほど、強固な陣が必要で、その陣を維持する魔法も強くなる。だから強い触媒がいる……」
陣は魔力の流れを制御する水路のようなものです。魔術の規模が大きくなるほど、その水路にかかる圧力も増す。
普通は術者がそれを抑えますが、魔術瓶だと魔法がその役割を担う。
強い枠のために強い魔法が必要、そのために良い触媒がいるのでしょう。
「そういうこと。それでも魔道具に比べると安価なんだけど、そもそも消耗品だからコスパ自体は悪いんだよね……。魔力は勝手に回復するけど、魔術瓶はそうもいかないし」
「ポーションなどの回復薬も消耗品ですし、あまり気にする必要はないですよ。お守りのようなものだと思っておきましょう。より良い運用方法はこれから考えていけばいいですし」
「……それもそうだね!」
メリットは、魔力がなくても使える。魔道具に比べると安い、ということ。
デメリットは、魔術と比べて使うのに時間がかかる。かさばるから持ち運べる種類が限られ、対応力に乏しい。威力を求めるならもう少し効果な触媒が必要。あと、消耗品であること、くらいですかね。
デメリットも見えますが、これは確かな一歩です。
ミルの発明は間違いなく彼女の力になるでしょう。実際私も助けられましたし。
「メルが褒めるの上手だから自信出てきたよ。ありがとう」
「何を言ってるんですか。ミルさんは才能ありますよ。もっと胸を張ってください」
「……うん。本当にありがとう」
目を丸くしたミルは、照れたようにはにかんだ。
「じゃあこの後は、依頼達成とアシュラマンティスの討伐を冒険者ギルドに報告して終わりですかね?」
「あ、あたしはその後作った回復ポーションを卸してくるよ」
「ああ、今日がモルクさんのお店に持っていく日でしたね。せっかくですし私も着いていきますよ」
……青い鳥効果で、羽振りが良い様子ですし、文句の1つでも言いたい気分です。
まったく、人の名前を勝手に使って……。
まあ、私から文句を言うのは不可能なんですけどね。正体をバラすことになるので。
最近ちょっと忙しくてサボり気味です。
……すみません。




