第63羽 vsアシュラマンティス
黒カマキリから目を離さないようにミルに声をかける。
「ミルさん、戦えそうですか?」
「……無理かも。もう魔力がないよ……」
「わかりました。あれの相手は私がしますので、ミルさんは逃げる準備をしておいてください」
「……このまま戦うつもり? 一旦撤退して様子を見ない? 戦うのはあたしの魔力が回復してからにしようよ」
「それは悪手かもしれません。ここは街道が近いですし、私達がいない間に襲われる人が出る可能性があります。一度当たってみて、無理そうであれば一旦引きましょう」
「……わかった。気をつけてね。アシュラマンティスの危険度はAだよ。あの6つの鎌に体を掴まれたら、なにもできなくなっちゃう。絶対捕まらないようにね」
「わかりました。ありがとうございます」
ぎゅっと眉を寄せた表情から、手伝いたいという思いが痛いほど伝わってくる。けれど魔力を使い果たしてしまったミルは、それが無謀であることを理解して隠れることを選んでくれた。
修業の成果は見せてくれたんですから、今はしっかり休んでください。
ひとまずミルが下がったのを確認して、ゆらゆらと揺れているカマキリに攻撃を仕掛ける。
「まずは様子見から。《赤炎陣:業炎魔槍》」
陣を5つ束ね、弓のように炎の槍を放った。
「あ!」
その直後、ミルの声が跳んだ。
カマキリが槍に反応し、素早く鎌で切り裂いた。炎は霧散し、傷一つ残っていない。
「アシュラマンティスには炎は効かないよ!」
「先に言ってください!」
「ごめ~ん!」
蟲には炎が有効、とは限らないようです。この情報を初手で知ることができてラッキーだったと思いましょう。
炎をまとったカマキリが、羽を使って低空で飛びかかってきた。
「やけどはごめんです!」
6つの鎌から繰り出される無数の斬撃を、後ろに退りながら無明金剛で受け流す。穂先だけでは足りず、柄も使い、槍を振り回すようにして切り返していく。
あまりに途切れない斬撃にギャリギャリと金属同士の削れる音が継続的に響き続ける。鋭い鎌が空気を裂き、槍と擦れあって火花を散らす。熱が肌を刺し、呼吸すら浅くなる。とんでもない熱量です。
しかし……だんだん見切れてきましたよ。
打ち付けられる反作用を利用し、あえて弄ばれる木の葉のように6つの鎌の間で舞い踊る。カマの斬撃を受け流し、ながれるように懐に潜り込んだ。
力任せに、速さ任せ。野生の中で磨き上げられたとはいえ荒削り。積み上げた技術のないそれでは簡単に見切られてしまいますよ?
「【一閃】」
胴体に戦撃の一突き。さすが昆虫型の魔物と言うべきか、硬質な外骨格は強力な一撃を受け止め、ひしゃげるに留めた。
できれば柔らかい腹部を狙いたかったですが、避けられそうだったので妥協しました。魔物の本能は侮れませんね。
『浸透撃』があるので、いくらかのダメージは通っているでしょう。
蟲ゆえか、痛みを感じさせぬ様子でクルリとバレルロールをして地面に着地したカマキリは、小首をかしげて6つのカマわさわさと動かしている。自らの負傷を確認し、致命傷になりうると判断したのでしょう。警戒の色が強まっている。
攻めてこないのなら、こちらが攻める。
新たに使えるようになった前世、人魚族。魔法を得意とし、水中に住まうもの。陸でできることは少ないですが、魔力を、とりわけ水系統のものが扱いやすくなります。
「《青陣:付与》」
青の陣を槍にまとわせる。さらにアイテムストレージから大量の水を取り出して、水をまとった槍で巻き取っていく。
「銃苦!」
振りかぶった槍をオーバースローで投げつける。水の塊から打ち出されたそれは、彗星のように水流を引き連れて襲いかかった。
カマキリはとっさに羽を広げたものの、一度様子見を選択していたためそれを避けられなかった。
飛来した無明金剛に打ち据えられたカマキリは体勢を崩し、次いで滝のような水流を横殴りに叩きつけられた。まとっていた炎が沈下され、もうもうと水蒸気を上げる。
そんな視界不良のなか、私はすでに攻撃の準備に入っていた。
「【貪刻】」
横蹴りが胴体の細い外骨格にヒビを入れる。
私は水流の中から襲いかかった。予想だにしていなかった場所からの奇襲にカマキリは泡を食って倒れ伏した。その隙に無明金剛を回収する。
「畳み掛けますよ!」
起き上がろうともがいているカマキリの元へ一息に近づく。
「【炸乱莫】!」
初撃の突きがクリーンヒット。次いで左右の薙ぎ払いが命中。さらに力強く叩きつけ、そこから槍を引いて低空から突き上げる。
そこからトドメのフルスイング――――といったところで、カマキリの体から炎が再燃した。
「!?」
体のあちこちから吹き出した炎がスラスターのようにふかされ、カマキリの体が瞬時に起き上がる。
すぐさま私の6連撃目めがけて、6つの鎌を叩きつけてきた。
「それは聞いてませんよ!?」
明らかに先程までよりも押し返してくる力が強い。力と力の押し合いに、両者後ろに押し出される形となった。
……ここからが本領発揮と言ったところでしょうか。
距離の空いたカマキリが鎌を横薙ぎに振るった。
空が裂ける。鋭利な炎の斬撃が放たれ、こちらへ殺到してきた。
「みんな簡単に斬撃を飛ばす……!」
そんなに簡単じゃないですからね!? 無数に襲い来る炎の斬撃を、『飄風友誼』で強化されたカマイタチを放って応戦する。
ならばと羽まで広げたカマキリは、羽ばたかせたそこからも斬撃を飛ばしてきた。
「多いんですよ! ふーちゃん! 手伝ってください!」
「――――♪」
空に呼びかけると、どこからともなく現れるふーちゃん。風の魔術の構築を手伝ってもらい、槍にまとわりつかせる。
「《緑嵐陣:呼応》。【回連舞】!」
3連続の風の斬撃が、襲い来る炎を残らずなぎ払っていく。そこから立ち昇る黒煙。
それを引き裂いて、カマキリが飛来した。
6つの鎌を前方に伸ばし、炎を後方に噴出しながら回転しつつ弾丸のように襲いかかってきたのだ。
「まるで鉄砲玉じゃないですか!? アシュラ要素は腕だけですか!?」
冗談を言っている場合ではありません。下手に受ければ体を削り飛ばされる。
氣装流威を使って瞬時に速度をあげ、瞬動で横に飛び退いた。直ぐ側を巨大な弾丸が通り抜ける。
「……危うく細切れになるところでした」
木を巻き込んで止まったカマキリ。ここから見える、抉り、焼き切られた断面図が恐ろしい。あれに巻き込まれていたらと思うとゾッとしますね。
「メル!」
「ミルさん?」
いつの間にか、ミルがかなり近くまで寄ってきていた。
「どうしました?」
「これ! きっと役に立てると思うの!」
そういって頭上で振り回しているのは……ポーションの瓶?
「えい!」
振り向いたばかりのカマキリめがけて、瓶が投擲される。
放物線を描いて迫った瓶は、小首をかしげたカマキリに切り裂かれる。中から青色の液体がこぼれ落ちた。
と思ったらそれが急速に蠢き、陣を形作る。
あれは……!
陣が輝き、魔術が発動した。大きな水の塊が発生、それが発射された。
《青流陣:落涙砲》だ。
「やった! 成功だよ!」
魔力がもうないはずのミルがどうやって魔術を?
なんにせよ……。
「ナイスです、ミルさん!」
多量の水を浴びたカマキリは再び炎を消化され、弱体化した。
今のうちに決める……!
氣装流威を発動。さらに無明金剛に闘気を流し込み、氣装纏武を施す。
槍を振りかぶり、全力で踏み込む。
「【魔喰牙】!!」
彼我の距離を一気に食いつぶす突きがカマキリに喰らいつく。たたらを踏んだところに、肥大化した闘気の槍で戦撃を打ち込んだ。
「これで終わりです! 【告死矛槍】!!」
即座に3度の突きに体が穿たれる。薙ぎ払い、逆薙ぎ、1回転と3度の薙ぎ払いが脚を刈り取った。
すくい上げから、横殴りに叩きつける2連撃。全霊を込めた両手突きが体を大きく揺らす。
ダメ押しの片手突きでアシュラマンティスは地に伏し、動かなくなった。
「メル、お疲れ様!」
ミルが息を切らしながら走ってくる。魔力がないせいか、少しつらそうだ。
「ミルさん。さっきのは助かりました。ですがあれは一体何だったんですか?」




