第61羽 お泊り会!
「じゃあ、お風呂に入ろうか」
部屋に戻った私にそう言ったのは、ホッとした様子のミル。やはり一人は怖かったのでしょう。先程までこわばって見えた表情は、いくぶんかほぐれたように見える。
どうにも脅かしすぎてしまったようですね。申し訳ない気持ちがじわじわとぶり返してきた。
「お風呂洗うついでに、どんな感じなのか説明もするからついてきてね」
「わかりました。よろしくお願いします」
風呂場までついていき、使い方のレクチャーを受けて設備を確認する。とはいえ、使い方がわからなそうなところはありませんでした。
その後、「お風呂洗うからそこで待ってて」と必死で言うミルに苦笑して、少し手伝ったりした。
時間が経過して、お風呂にお湯が張り終わった。
「じゃあメル。お風呂入って」
「家主のミルさんが先に入るべきなんじゃないですか?」
「メルはお客さん何だから良いんだよ。ご飯も作ってくれたし」
「……わかりました。それではお先にお風呂いただいちゃいますね」
「どうぞどうぞ。いただいちゃって」
ミルの言葉に甘えて浴室に脚を踏み入れた。木造でできた大きめのお風呂の中で、お湯が誘うように揺れている。白蛇聖教が用意してくれた住居らしいので、ちょっとお高い感じがしますね。
木造なので、自然の香りが気持ちいいです。この香りは……ヒノキが一番近いでしょうか。
お湯で体を軽く流し、浴槽に脚を踏み入れる。
足先から熱が伝わり、身を沈めれば全身を包みこんだ。
「……ふぅ」
じんわりと染み入ってくる心地よさを全身で堪能した――そのとき。
ガラッ、と。
「ぴッ!?」
突然浴室の扉が開いた。
「ミ、ミルさん!? どうして!?」
「メル……」
湯けむりの向こうから、生まれたままの姿のミルがこちらに詰め寄ってくる。
その表情は深刻そうで。
「思ったんだけど、今一人でお風呂に入ると……髪を洗えない」
…………。
………………。
…………それは目を瞑った後、怖くて目が開けられなくなることを言っているのでしょうか?
「……もー」
「メル、これは冗談じゃないんだよ!」
「確かに冗談で言ってるふうには見えませんけど……」
「だからあたしも一緒に入る!」
「……えぇ」
迷いなく断言したミルは体を流すと、浴槽に突撃してきた。
……全く。
脅かしすぎてしまった私も悪いですが、だからって、ここまで無防備にならなくても……。
ぽかぽかのお湯に浸かりながら、ため息をひとつ。
でも直ぐ側には、気持ちよさそうにほわんとした顔のミルがいて――
まあ、これはこれで……悪くはないかもしれませんね。
「メル、体洗っこしよ!」
「そうですね。せっかくですし」
「やった! 1回やってみたかったんだよね。……村の外で友だちになった女の子とお風呂に入ったら、やってみたいと思ってたけど、まともに話したのは腹黒聖女くらいだし……」
「どっちから洗います?」
「あたしがメルを洗うよ」
「それではお任せします」
「よしきた! 泡立たせて……」
「……あの……なんでそんなに手をわきわきさせてるんですか???」
「それはね……こうするためだよ!」
「ちょ!? 待っ!? くすぐった……んぅ!? そこは!?」
「ほらほら~、ここが良いんでしょう?」
「ひゃぅっ!? この……お返し……ですっ!」
「わひゃぁ!?」
2人で泡まみれになって笑い合いながら、くたくたになるまで洗いあった後、お風呂を上がった私達は、ミルの寝室に入った。
薬学や薬草の本が沢山ある中に、所々にかわいらしい小物が散りばめられている。
理知的で、けれどどこか可憐なミルの個性がそのまま現れたような、いかにも女の子のといった感じの部屋だった。
そしてそこにいる私の格好は――――ネコミミフードの寝間着。
「これは……また、なんというか……」
「うんうん。かわいいよ。よく似合ってる!」
なぜかミルが用意してくれていました。自分で着たことはないそうなのですが、なぜ持っていたのでしょう……?
「こんなこともあろうかと」
「普通ないですよ」
「でもあったじゃん」
「確かにそうですけども……」
それに……。
「こんなの無くても耳くらい生やせますよ」
「へ?」
追憶解放:チーター、っと。
生えた耳がシュルリとフードを押し上げる。後ろに流れたフードの下から、ちょっと丸みを帯びた猫耳がピコリ。体の前で拳を握ってネコのポーズ。
「にゃあ」
ミルは瞬時にフリーズ。固まったまま沈黙し――数秒後、わなわなと震えはじめた。
その口元から漏れたのは、抑えきれない笑い声と――
「かわい~~っ!」
次の瞬間、勢いよく抱きついてきた。
そのまま勢いでベッドへ倒れ込み、2人して布団の上で目を合わせる。
「ふふっ……」
「くすっ……」
ふと、夜の静寂が耳に戻ってきた。
窓の外では、風に揺れる葉の音がかすかに聞こえるだけ。
部屋の灯りを落とせば、ほんのりと漂うミルの香り。
インクと紙の匂いも混ざり合って、どこか安心する空間がそこにあった。
「ミルさん、新しい布団は何処にありますか? 私はそっちで寝ます」
「ないよ」
「……え?」
「布団なんて、このベッドしかないよ」
「……じゃあ、私はリビングのソファーで寝てきますね」
「そんなことさせられないよ。メルはお客様なんだから、あたしと一緒にベッドで寝るべきだよ」
「なんだか面倒くさくなって、色々段階をすっ飛ばしてませんか?」
普通はどっちが床で寝るかって話をして、行き着く先ですよそれ。
「ソ、ソンナコトナイヨ」
すごいカタコトですね……。
「細かいことは気にしないで一緒に寝るの。ほら、そっち、ちょっと詰めて」
「はいはい。わかりました」
ミルの誘導に従って、布団の片側に身を沈める。
距離は近い。けれど、不思議と居心地が悪くなかった。
「……ねえメル」
「はい?」
「ありがとうね。2度もあたしのこと、パーティーに誘ってくれて」
「気にしないでください。あれは私の意思によるものです」
「うん……、でもきっと恩返しするからね……」
そう言ったミルのまぶたが、ゆっくりと閉じていく。
そして、彼女は私の肩にそっと頭を預けた。
「……あたし、……がんばるから」
「……ミルさんは、もう十分がんばっていますよ」
返事はない。代わりに聞こえてきたのは、静かで、整った寝息だった。
「……ねむってしまったんですか?」
静けさが、部屋を満たしていく。
「……本当は言おうか迷ったんです。貴女が、解散しようって言った時」
私が……メルだって。あなたに名付けてもらった、魔物だって。
「でも……怖かった。人として友だちになった今の関係を壊すのが。私は……強くない。弱いですよ、ミル」
でも、そうも言ってもいられない。
でもあなたは、こんなにも前に進んでいる。
「だから……私も、きちんと応えないと……」
いつか、きちんと私も……伝えよう。
そんな決意を胸に抱きながら、私はそっと目を閉じた。
まどろみは、そっと、優しく降りてくる。




