第56羽 メルの修行2
「次はバランス感覚などを養う修行です」
十字架のような格好で、両腕に1つずつ大岩を乗せる。伸ばした腕の上から落とさないように走る。もちろん残りの2個は地面を引きずったまま。
「……バランス? これが筋力じゃなくて……バランス?? 頭がおかしくなりそうだわ……」
これは無駄な動作を省いて、体を揺らさないことがコツです。そうすれば、岩が揺れないからバランスを維持するだけで済む。
そのためにも、自分の身体の動かし方を把握していなければならない。
この修行は、師匠が私に言った言葉をもとに考案したものです。
――――『作れ』『お前専用の体の動かし方を』『感覚でなく、理論で体を制御しろ』
師匠の言葉を信じて、独自の修行を行い続けた。
私専用の体の動かし方の構築方法。
師匠が提案したそれは槍を持ったときの体捌きを、素手で再現するというもの。
私は運動音痴ですが、槍を持っている時は動きが少しましになる。逆に言えば、素手のときの動きは惨憺たるものだ。
だからこそ槍を持っているときと、素手のとき。両者を比較して、より良い身体の動かし方を記憶し再現を試みる。
その途中で偶然見つけたより良い動きを記憶して、再現できるように何度も繰り返す。
ただ闇雲に体を動かすのではない。毎回、自分の動作を観察し、効率的な動きだけを記憶に残し、再現する。
優れた動きが選ばれ、無駄な動きは淘汰される。
私の体の動かし方は、まるで生命が進化の過程のように、変化を続けてきた。
それをずっと、ずっと。今世まで。
その結果が今の私。
――――最高効率の動作の選別と記憶。
――――それを再現する、自分の身体の完全掌握。
それが到達点です。
現時点でもっとも効率のよい身体の動かし方を瞬時に選別し。
動かす筋肉の選別、選んだ筋肉の動かし方、関節の角度、重心。体の動きに関するありとやらゆる全てを記憶して、寸分たがわぬ精度で再現する。
今の私には、それができる。
私は常日頃からそれを行っています。というか、そうしなければ、運動音痴が出てしまうので……。
とはいえ、転生するたびに調整し直す必要があるのが難点でしょうか。
特に今世は大変でした。
そもそもスタートが今までのセオリーにない鳥の体です。
翼があったときの体の動かし方を参考にしても、基本の骨格が違うので調整は難しいし、結局調整が完了する前に巣から放り出されてサバイバルをする羽目になりました。
まあそれもこの半年でだいぶサビ落としができました。鳥の体の方も、かなり扱えるようになってきた。
このバランスの修行は、自分の身体の掌握と、認識のズレがないかをチェックするための修行でもあります。
これの走行距離は10kmです。
終わった後もう一度ヴィネアさんがいる木陰に入り、水分補給を行う。
「……ふう。次は体の休息がてら、闘気の修行です」
「……トウキってなに?」
「これですよ」
「ああ、その蒼いやつ……」
まあ本当なら透明な光なんですが……、まあそこら辺の説明は不要でしょう。
坐禅を組み、膝の上に手を乗せ、手のひらを上へ向ける。
その姿勢で、人差し指と親指で無明金剛をつまむように保持する。
呼吸に意識を向ける。
安定させ、眠っているときのような呼吸を維持する。注意点は浅い呼吸ではなく深い呼吸で。
そして自身の生命力、魔力、そして空気中の魔素を取り込んで闘気を発生させた。
「……綺麗なものね」
ヴィネアさんが小さく呟く。
体から立ち昇る闘気。それを無明金剛に送る。
息を吸うときに闘気を送り込み、吐き出すと同時に辞める。
そして呼吸はそのまま、闘気を送るテンポを早めていく。やがて、点滅信号のようにチカチカと瞬きはじめた。
これは闘気を素早く送り込むための修行。
次は闘気を移動させる修行。
無明金剛にまんべんなく充満していた闘気を、ぎゅっと圧縮して左端に集める。それを圧縮したまま右に動かす。今度は左、また右。
それをどんどん速度を早めていく。まるで壁に当たったボールがひたすら跳ね返り続けているような光景。
それに変化が訪れる。
ボールの形が崩れ、イカヅチのような形を取った。闘気が跳ね回り、迸る。それが無明金剛から出ていかないように制御する。思わず体に力が入りそうになるが、そこを抑える。闘気の制御に力みは必要ありません。不要な力は消耗につながる。
この闘気の高速移動が氣装流威の基礎になっている技術です。
……なんで雷の形を取るのかは私もわかりません。
そして最後が瞬間的に闘気を生成する修行。
息を吸うのと同時に、全力で生成した闘気を無明金剛の中に押し込める。通常の戦闘では行わないほどの生成。
自分の体力が、ごっそりと削られていくのがわかる。
そして息を吐くのと同時に、押し込めるのを終了。同時に、膨張し巨大な槍の形を取った闘気を、拡散しないように形を保つ。
それを体力がすっからかんになるまで続ける。
「ぷはぁっ……!!! はぁッ……!! はぁッ……!!」
なくなった体力。呼吸を抑えることもできずに、地面に倒れ込む。
闘気の操作は無明金剛と、魔物としての特性が大きく助けてくれています。
いつかはスキルの補助なしでもできるようなるのが目標ですね。
「お疲れ様。これで終わり?」
息を整えていると、目を細めたヴィネアさんが上から覗き込んでいた。
彼女の言葉に首を横に振る。
「いえ、この疲れ果てた状態から、今までのと同じ修行を1周します。まあ、闘気の修行はこれで終わりですけど。その後クールダウンに、槍の型をなぞって終わりです」
「うわ……」
ヴィネアさんはドン引きしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
もう一周同じ修行をなぞって、クルールダウンに、槍の型を終わらせた。
槍の型をなぞっている間、ヴィネアさんは満足げに目を細めていた。
「最後に良いもん見れたわ……」
「そうです?」
「それにこれまでの修行からすれば比較的普通で、心が鎮められたわ……」
「私の修行そんなに異常でしたか?」
ヴィネアさんは組んだ脚の上で頬杖をついて、話の通じない存在を見るような目を向けていた。
なぜに……。
しばらく黙って悩むような顔をしていたヴィネアさんはポツリと呟いた。
「……ミルとは大丈夫だったのよね?」




